転移の間
こうして僕たちは迷宮に旅立つ。
リルさんとルミナス、それにエイブラムさんはお留守番だ。
リルさんは神獣であるが、ゆえに冒険に参加できない。
法律で人間界に武力干渉してはいけないことになっているのだ。
だからどんなに強くても彼女の力に頼ることはできない。
リルさんは残念そうに歯ぎしりする。
「大梟ギルドの大梟のように、神殿に行って己の神威を封じれば、冒険者として参加できるのだが」
悔しそうに言う。
だが、それは最後の手段。
神威を封じたリルさんはそこらの冒険者と変わらなくなる。
ならば大人しく地上でお留守番してもらった方がいい。
そう伝えると、彼女は、
「地上でできることはすべてやっておく、少年、あとは任せたぞ」
と、握手を求めてきた。
その手を握り返す。
彼女の握手はおざなりではなく、それどころか馬鹿力でとても痛かったが、それでも気持ちがこもっていたので、こちらも精いっぱいの力で返す。
ついでルミナスとエイブラムが見送ってくれる。
彼女たちが残留するのは戦力外だからだ。
ルミナスはもともと、冒険をするように訓練されていない。
エイブラムは荒野の大賢者であるが、老齢であるため、長旅させるのは無謀であろう。
そう判断した。
それに彼らも地上にいていろいろ動いてもらったり、地上から作戦を指揮してもらった方が役に立つはずであった。
そんな理由で残留が決まったのだが、ルミナスは不満顔である。
「おひいさまと離れ離れになるなど、迷子になったとき以来なので不安です」
軽くニアを見る。彼女は戦士の顔をしていた。
「ルミナスさん、安心してください。僕がついています、と言いたいところですが――、ニアの実力は僕よりも上。自分の身は自分で守れるでしょう」
僕の言葉にクライドが追随する。
「そうだぞ、ルミナス、それに俺がついている。万が一のこともありえまい」
クライドは、がっはっは、と豪快に笑い続ける。
「問題なのは姫様の安否よりも、また一段とたくましくなられる姫様のステータスだな。これ以上、強くなられたら、さすがに嫁の貰い手がなくなるかもしれない」
クライドがそう言うと、ニアは赤面し、抗議する。可愛らしい。
「クライド、それは余計なお世話です。あまり口が過ぎるようですと、クライドにも留守役を命じますよ」
それはたまらない、とクライドは口を縫うようなジェスチャーをすると、最後に一言言った。
僕の方を見つめながら、
「まあ、どんなに強くなっても、尻に敷かれても、嫁にもらってくれそうな少年がひとりいるから、その心配はないか」
無論、ニアに聞こえないように言っているが、ルミナスには届いているようで、彼女ともどもニヤニヤしている。
まったく、大人はどうしてこうすぐカップリングを成立させたがるのだろうか。
大人になると少年期の繊細な気持ちを忘れてしまうのか、それとも彼らにはもとからそれらがないのか、判断しかねるが、ともかく、今は成すことがあった。
僕はカレンが用意してくれた迷宮探索セットを背中にかつぐと、そのまま地下迷宮に潜った。
僕をリーダーとするカチュア救出部隊は五人、僕にニア、クライド、それとユニコーン・ギルドとセイレーン・ギルドから魔術師と僧侶に同行してもらっている。
剣士、兵士、弓使い、魔術師、僧侶、バランスの良いパーティーだ。
これならば第八階層までたやすく到達できるだろう。
第一階層の一角兎など、近寄ってもこないな。
そう思っていると、ニアはいつもの道ではなく、別の道を通る。
いつもとは違う迷宮の入口に向かう。
口の悪い聖剣は、
「お花畑かな?」
と、揶揄する。
「…………」
沈黙していると、エクスは僕がその言葉の意味を知らないと思い説明をする。
「あのね、お花畑に行くというのは、女の子が外で用を足すことの隠喩で――」
「いや、それは知っているから」
「じゃあ、気を利かせて離れないと」
「そんな気遣いは無用だよ。だぶん、ニアは転移の間を使おうとしているんだ」
「転移の間?」
なにそれ? 食べられるの? 的な声で聞いてくる。
「転移の間というのは転移装置がある場所だよ」
「転移装置?」
「その名の通りの装置だ。迷宮の主要な場所に設置されていて、転移の間を使えば一気にそこにいける」
「ごいすー!! それじゃ、一気に第八階層に行けるのかな」
「それは無理だね」
「どうして?」
「主要な場所といったろ。転移の間を維持するにはお金がかかるんだ。転移の間を作る建設コスト、転移の間に常駐させる魔術師の人件費、転移の間を魔物から守る費用」
「そのお金はどこからでてるの?」
「冒険者協会」
「へえ、じゃあ、ただで使えるの?」
「まさか。基本的に受益者負担だよ。つまり、一回使用するごとに、かなりのお金を取られる」
ごにょごにょ、と、その金額を話すと、エクスは、
「まじで!」
と驚いた。
「まじだよ」
「だからクロムはいつもせこせこと第一階層から挑戦していたんだね……」
「まあね、でも、それは僕だけじゃなく、ほとんどの新米冒険者は一緒だよ」
冒険者の格言にこういうものがある。
最初から転移の間を使うような新米冒険者は、偉大な冒険者になることはできない。
なぜならば冒険の基本はすべて上層階層にそろっているからだ。
ちなみにこの格言を残したユーロ・マイクスという冒険者は、僕の祖父の知り合いで、冒険者を志すものならば誰でも知っている英雄だった。
僕はその言葉を胸に、上層階層を何度も往復していた。
そしてその言葉の通り、自分のレベルアップを肌に感じている。
「本当ならば第一階層から攻略したいところなんだけど……」
しかし、前述の通り、今回は急ぐ旅でもある。
一刻も早く第八階層に到着し、カチュアを探したかった。
彼女は悪魔の弱点を知る眼鏡を持っている。
彼女はその悪魔に狙われている。
お金が余っているのであれば、転移の間を使うべきであった。
僕たちはニアの後ろに続き、彼女のお金で転移する。
ちなみに浅い階層の転移の間は、それぞれの階に設置されているが、第八階層の転移の間は現在工事中であった。
第七階層からの転移の間を利用するしかない。
それでも7段越しで目的地にたどり着けるのは、ありがたいことだった。
同行の冒険者は喜ぶ。
「転移の間を使えるなんて、スポンサー様様だぜ」
「俺、転移の間を使うのって初めてなんだよな、酔わないかな」
と、不安がるものもいる。
実際、僕も初めてなのでそれが心配だ。
ニアはその表情に気が付いたらしく、口元を押さえながら説明してくれる。
「クロムさん、火竜退治したときよりも緊張した表情をしていますよ」
ニアは僕らを和ませるため、
「転移の間は火竜のように人を食べたりしません」
と、冗談を言う。
「…………」
それはたしかにそうなのだけど、子供のころ、散々、姉から転移の間の怪談を聞かされてびびっている。
姉いわく、
「転移事故によって無人島に飛ばされ、20年間無人島で過ごした男」
「転移事故によってニホンなる異世界に飛ばされ、シャチクと呼ばれる奴隷階級になった貴族の男」
「転移事故によって性別まで変わってしまった男」
そのほか、嘘か本当か知らないが、姉は各種様々な怪談を披露してくれた。
そのときのトラウマが抜けきらないのかもしれない。
僕はニアに向かってまじめな表情を作ると、
「シャチクって知ってる?」
と、尋ねた。
彼女は可愛らしく首を横に振る。
どうやらシャチクに関してはデマらしい。
あとは無人島と性別チェンジだけ気を付ければいいか。
そんなことを考えながら僕はニアとともに転移の間に入った。
転移の間に入り、転移を行うと視界がぼやける。
時空にひずみが入り、この世界ではない別の場所にいざなわれる。
その光景を見て思う。
もしも転送事故にあうならせめて無人島にしてくれ、と。
そして彼女、ニアと一緒の場所に送ってくれと。
それならばもしも性別が女になっても一向にかまわなかった。
僕はクロムの女性名がなにになるか考えた。
「クロアなのかな」
ありきたりでひねりがないが、まあまあ可愛くなりそうな名前でよかった。
僕は名付け親に感謝しながら、転送されていった。




