やがて英雄となる少年 †
カチュア捜索作戦、あるいはディアブロ討伐作戦はこのようにして概略が決められたわけであるが、その様子をはたから眺めていたリルはうなった。
「それにしても奇妙なことになったものよ」
――と。
それはカチュアが厄介な依頼を持ってきて悪魔を復活させたことがではない。
それはもはや気にしていなかった。
依頼を受けてしまったことはどうしようもないし、悪魔が復活してしまったことも仕方がないこと。
そもそも悪魔を復活させたのは彼女自身でなく、彼女の兄弟子たちだ。
その後の行動は褒められたものではないが、くやんでもなにが変わるわけではない。
リルは過去にこだわるよりも常に未来を見据えていたかった。
リルがうなったのは悪魔のことではなく、クロムのことだった。
あの頼りなかったクロムがここまで成長したことが、嬉しくもありおもはゆくもあるのだ。
「あのレベル1だった少年が。頼りなかった少年が、よくぞここまで成長したものだ」
たくましくなったクロムの顔を見る。
見る角度によっては少年というよりも少女に見える線の細い少年だったが、それでも先ほどの会議を見る限り、クロムを軟弱だと揶揄することはできない。
その逆だ。
クロムのような立派な少年は、この迷宮都市中を探しても見つかることはないだろう。
罪人かもしれないカチュアをかばう優しさ。
太古の悪魔に勇敢に挑む勇気。
若輩だというのに会議を引っ張るリーダーシップも、16歳の少年のそれではなかった。
そしてなによりも驚かされるのは、その人望であろうか。
一国のお姫様を動かすことは今さらではないので驚かないが、隠遁している荒野の賢者をここまで引っ張ってこれるのは少年の人徳以外のなにものでもなかった。
「あの気むずかしい老人まで手なずけてしまう少年は、天性の人たらしなのかもしれない」
長年生きてきたリルであるが、英雄と呼ばれる存在は、例外なく人たらしだ。
その魅力によって多くの人間を引きつけ、人々の運命を良い方向に導いていく。
それが英雄の条件だと思っていた。
少年は今のところ、その条件を満たしている。
ニアやエイブラムだけでなく、この神獣リルやメイドのカレンにも気に入られている。
それだけではない。
ユニコーンやセイレーンにも気に入られている節がある。
神獣の会合に出れば、話題の中心はフェンリル・ギルドに入った若者、クロムが中心となる。
今回、助っ人を買ってくれた他のギルドの冒険者とて、前回、クロムがドラゴンを倒したときの仲間が中心だ。
クロムはたったの一戦で多くの冒険者を惹き付け、困難な悪魔討伐に参加させてしまうほどのカリスマを秘めている。
この少年のためならば命も惜しくない。
この少年とともに戦えば悪魔を倒せる。
この少年と一緒にいたい。
そう信じ込ませてしまうなにかをクロムは持っているのだろう。
「――まったく、やるじゃないか、少年」
急に尻尾の先端に悪寒を覚える。
以前、少年のために切った部分、その箇所を見つめる。
換毛期を経たがまだまだ生えそろっていない尻尾。
物理的に寒かったが、その尻尾の中心に宿る心はちっとも寒くなかった。
それどころか燃え上がるような猛りを感じる。
「少年のような英雄の卵が自分のギルドにいてくれて幸いだ。――いや、楽しくて仕方ない」
神獣の勤めは、人間界に過干渉することなく、人間たちを良い方向に導くことであった。
今まで何百年と人間たちと接してきたが、クロムほど可能性を感じさせる少年と、いや、人間と出会ったことはない。
クロムほど夢を見させてくれる人間は他にいない。
もう一度、クロムを見つめる。
碧い目をした少年の目は燃え上がるように熱かった。
その瞳の色をリルは己の目に焼き付ける。
後に英雄と呼ばれるようになる少年の目はやはり凡人のそれとは明らかに違った。




