仲間たち
話し合いはそのままエイブラムの書斎で行なわれることとなった。
彼に隠すようなことではなかったし、彼のような知恵あるものに同席してもらった方が、解決への最短距離を歩めるかもしれない。
そんな気持ちもあり、同席してもらった。
エイブラムも、僕が慌てて助けを求めてきたことに興味を抱いているようだ。
フェンリル・ギルドで起こった一連の騒動について耳を貸してくれた。
僕はニア、それと彼女の共にも話を聞いてもらった。
ルミナスはもちろん、クライドにも話を聞いてもらって損はないと思ったのだ。
カチュアとの出会い、それに一連の騒動の元凶である悪魔の存在について話した。
ディアブロの詳細を聞いた彼らは、一様に真剣な面持ちになった。
ニアはつぶやくように言う。
「迷宮の第四階層、そんな浅い場所に悪魔が現れるなんて……」
言葉を失っているようだ。
二の句がない。
代わりに口を開いたのはルミナスであった。
「『また』浅い階層でトラブルですね。前回の火竜騒動に似ています」
「火竜は第二階層、悪魔は第四階層か……」
うなるようにつぶやく兵士のクライド、彼は「偶数は不吉だな」と詰まらない冗談を言う。
「偶数なのは偶然でしょうが、こうも浅い階層で不幸なことが連続するとは偶然とは思えません。なにか因果が巡っているのでしょうか?」
ニアは言うが、エイブラムは首を横に振る。
「なんでもかんでも事象を結びつけるものではない。因果関係はあるかもしれないし、もしかしたらないかもしれん。それはじっくり調べなければ分からない」
それよりも、と続ける。
「問題なのは今、そこにある危機に対処すること。その悪魔ディアブロをどうやって倒すかが問題なのではないか」
その通りだった。それに一言加えるなら、
「それと、リルさん捕縛されたカチュアの解放もお願いしたいです」
と僕は言った。
エイブラムはうなずく。
「――だそうだ。お姫様よ。恋のライバルを増やすことになるが、少年の願いを叶えてやってくれないかね?」
と、加えた。
「恋のライバル?」
きょとんとするニア。
エイブラムはカチュアが僕の恋人候補だと勘違いしているようだ。
なんとしてでも僕とお姫様をくっつけたいらしいが、そういうのはすべてが解決してからにして欲しかった。
僕は老人のお節介を無視すると、ニアに言った。
「ニア、評議会、もしくは冒険者協会に手を回してカチュアを解放するように言ってもらえないかな?」
「それは可能だと思います。元々、ギルドマスターには逮捕権はありますが、裁判権はありません。カチュアさんは法の平等のもと裁かれるはずです」
「となるとカチュアが無実の必要があるんだね」
「それは当然です」
「…………」
それは難しいな。僕の見たところ、カチュアは真っ黒である。有罪である。
彼女はあの工房に悪魔がいることを知っていて、あえてあそこに踏み込んだ節がある。
それに彼女は自分が有罪だと認めていた。
そんな人物が裁判所に立てば、どうなるか、火を見るより明らかであった。
ただ、それでも僕はカチュアが裁かれるところを見たくなかった。
彼女を助けたかった。
なぜ、犯罪者をかばう?
リルさんも言っていたし、ここにいる人たちも同じような感想を抱いているだろうが、それでも僕はカチュアを助けたかった。
腰の聖剣は?
「恋?」
と、茶化すが、それは違うと思う。
カチュアは綺麗な人だが、そういう不純な気持ちで彼女を助けたいわけではない。
ただ、あの陽気で悪戯好きのエルフが、意味もなく悪魔を復活させるとは思えないのだ。
危険を知りつつ間違えて復活させてしまった。
あるいはやむにやまれぬ事情があった。
そのどちらかのような気がするのだ。
リルさんは、
「それで罪が軽くなるか。死人が出ているのだぞ」
と言いそうであるが、たしかにその通りだ。
ただ、罪は軽くならないが、罰は軽くなってもいいはずだ。
罪をそそぐ機会を彼女は与えられてもいいはずだ。
それを依怙贔屓、あるいは自分勝手というのならば、たしかにその通りなのだが、それでも僕はカチュアを救いたかった。
そのことを素直に彼女たちに話すと、彼女たちは納得してくれた。
エイブラムは言う。
「この少年がかばうのであれば、そのエルフは良い娘なのだろう。弁護を引き受けても良い」
ルミナスは言う。
「クロムさんは悪漢に襲われている私を助けてくれました。私の大切なおひいさまも救ってくれた。今度は私が力を貸す番です」
ニアは言う。
「クロムさんに救ってもらったご恩を今返すときがきましたわ」
クライドも同様のことを言いうなずく。
「みんな……」
有り難い上に嬉しかった。
この迷宮都市にきて以来、こんなにも人の温かさを感じたことはない。
僕は彼らと握手を交わす。
各人の両手を握りしめ、
「この恩は一生忘れないよ」
と言い放った。
その言葉を聞いて彼らは、
「それは、
わたくしの
私の、
俺の、
台詞だ」
と笑ってくれた。
エイブラムはその光景を見ながら目を細めていた。




