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行き倒れの少女

「ブーブー! クロムの薄情者」


 冒険者ギルド、フェンリルの咆哮を出て初めて言葉を発したのは聖剣のエクスだった。


 彼女は僕がフェンリルの咆哮を見捨てたことをなじっているようだった。

 抗弁する。


「仕方ないじゃないか、僕は一流の冒険者になって、お家を再興しないといけないんだから」


「でも、それでも紅茶を入れてくれたあのお姉さんが可哀想だとは思わない?」


「そりゃ思うけど」


「ならば戻ってあのギルドに入ろうよ。きっといいことあるよ」


「どうしてエクスはあのギルドを推すの? 最初はカレンに敵意を持っていたくせに」


「理由は簡単、なんかあのギルドが落ち着くんだ。ちょっと埃っぽいんだけど、静かで穏やかな時間が流れる素敵なところ。時折、メイドさんが入れてくれる紅茶の匂いもかぐわしい」


「そんな理由で僕をあのギルドに入れようとしているの?」


「そんな理由であのギルドに入ってもらいたいんだよ」


「人の人生だと思って」


「大切なご主人様の人生だからだよ。ボクは聖剣。神にも等しい存在だけど、一度、ご主人様と定めた相手には礼節を尽くすよ。だから本気であのギルドを勧めているの。いいじゃん、Fランク。つまりこれ以上下はないギルドってことだよ。あとは活躍すればランクが上がる一方だ」


「カレンさんはへたをすればお取りつぶしの危機っていってたけど」


「そんなこといってたっけ?」


 と、しらばくれるエクス。

 相変わらずとぼけた聖剣である。


「でも、がんばればいいじゃん。がんばってあのギルドで手柄を立ててさ。あのギルドを盛り立てて、いつかあのギルドをAランクにすればいい。そうしたらいやが応でも君の名声は上がるよ」


「……たしかにそうかもしれないけど」


 でも、と続ける僕に聖剣は叱咤する。


「デモもストライキもないの! クロム、ここが人生のターニングポイントだよ。ここで彼女を見放したら、君に一生彼女なんてできないよ」


「どうして彼女の話になるの?」


「カレンさん、可愛かったじゃん。見とれていたし」


「たしかに可愛いけどさ」


「けどさ?」


「エクス、君は僕の姉さんを知らないから平気でそんなことが言えるんだ。もしも僕がFランクギルドに就職したと知ったら、あの人は本気で僕を殺しにくるよ。そして見事僕を討ち取ったあとに自害して果てるよ。姉さんはそういう人なんだ」


 重ねて強調すると、もうこの件は却下、と締めくくった。


 さすがにエクスもそれ以上はなにも言わなかったが、最後にこんな不吉な予言をする。


「ちなみにボクの占星術によると、君は今日、犬に好かれる。道で偶然犬と出くわし、運命を変えられる。それだけは覚えておいて」


 と言った。


 なかなか不吉な予言であるが、それを成就させないため、僕は先日まで泊まっていた安宿に急いだ。




 安宿にたどり着く。

 無論、犬になど出会わなかった。

 宿に入ると掃除をしていた女将さんが話しかけてきた。

 

「あら、クロム、田舎に帰ったんじゃないの?」


 女将さんは笑顔でそう尋ねてくるが、事情を説明し、もう何日か泊めてもらえないか交渉した。


 女将さんは終始にこやかだったが、結論から言えば宿を取ることはできなかった。


 僕が宿を出たあと、丁度、長期の団体客が入ってしまい、満杯になってしまったのだ。


 この安宿が満杯になるなど、初めて見る光景だが、繁盛しているようでなによりであった。


 仕方ないので、礼儀正しく頭を下げると、他を当たってみますと、そのまま宿をあとにした。


 宿を出てしばらくすると、エクスが話しかけてくる。


「ねえねえ、知っている? フェンリルの咆哮はガラガラでメンバーになれば部屋を一室与えてくれるんだって」


「それはカレンさんに聞いた」


「フェンリルの咆哮では、メンバーになると朝食と夕食が振る舞われるんだって。やったね、これで飢えない」


「それもカレンさんに聞いた。彼女が作るみたいだね。きっと美味しいんだろうな」


「あとね、立派な刀掛けがあって、聖剣を飾っておくのにはもってこいのスペースがあるみたい」


「その話は聞かなかったけど、どこで仕入れたの?」


 エクスは、楽しそうな鼻歌を交えながら、


「秘密だよ、ふふん♪」


 と言った。 

 まったく女の子みたいな聖剣だな、女の子だけどさ。


「さてと、実は僕が知っている限りで一番安い宿があそこだったんだ。あそこに泊まれないとなると今夜は野宿だけどいい?」


「え? まさか、クロムは大切な聖剣であり、か弱い女の子であるボクを野宿させる気?」


「仕方ないだろ。お金がないんだから。就職活動にもお金はいるし、冒険者ギルドに入るまでの間は節約しないと」


「だからフェンリルの咆哮に入ればいいのに。なにそんなに意固地になっているんだか」


 エクスはそう言い切ったが、その皮肉はボクには届かなかった。

 彼女が小声で話したからではない。


 むしろ彼女は嫌みなほど大声で話していた。それでも僕の耳をすり抜ける。代わりに前方に倒れている人物に注目が行ってしまう。


 大通りから一本はずれた道、そこに妙齢の女性が倒れていた。

 いや、小柄だからもしかしたら僕より年下の少女かもしれない。

 慌てながら少女のもとに駆け寄る。

 そこに倒れていたのは13~14歳の少女であった。あくまで見た目ではあるが。


 月をそのまま溶かしたかのような銀髪を持った少女で、その肌も驚くほど白く、美しかった。


 ただし、彼女には獣のような耳があった。獣のような尻尾があった。

 一目で人ならざるものだと分かったが、それでも彼女を見捨てることはできない。

 おそるおそる彼女の上半身を持ち上げ、容態を確認する。

 そのささやかな胸に視線をやると、わずかだが上下していた。

 どうやらまだ生きているらしい。

 いったいなにがあったのだろうか。

 彼女に尋ねたかったが、気絶していた。

 いや、眠っているだけか。

 彼女は傷ついた様子もなく、また病気で倒れた様子もない。

 ただ、ぐるるぅ~、と、ヒキガエルの鳴き声のような音をお腹から間断なく漏らしていた。


「もしかしてこの子、お腹すいているんじゃない?」


 とはエクスの意見だったが、その意見はおおむね正しいようだ。

 少女は寝言のように言う。


「お腹が減った……、もう一歩も動けない」


 うわごとのように言い続ける。


「今時、行き倒れ?」


 と、突っ込みたくなるが、彼女を目覚めさせ、元気にさせるには、なにか食べ物を与える必要があるのかもしれない。


 そう思った僕は、彼女の耳元でささやく。

 ハンバーグ、エビフライ、クリームシチューと。


 その単語の効果はてきめんで、彼女は一瞬で目を覚ますと、それらを食べたい、と所望した。


 所望されてしまっては仕方ない。


 彼女の空腹を満たすため、行き倒れを回避するため、僕はなけなしの路銀から彼女の食事代を出すことにした。


 僕は彼女を連れて行きつけの食堂へと向かった。

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