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荒野の大賢者

 その人物とはこの国のお姫様である。

 ユーフォニア・エルンベルク、その人に助けを求めようと思った。

 お姫様ならばこの都市の評議会にも冒険者協会にも顔がきくと思ったのだ。

 ただ、心配なのはこんなことにお姫様を巻き込んでいいのか、ということだった。

 それについては聖剣のエクスがこんな助言をくれる。


「クロムはニアの命の恩人だよ? 要はニアはクロムに借りがあるわけ。ここで返してもらわないでどうするのさ」


「……でも」


 と、続ける僕に彼女は叱咤する。


「それともクロムは彼女に借りを押しつけたままにしておいて、将来、それを盾に結婚でも迫るつもり? あるいは肉体関係を求めるとか」


「……あのね、僕はそんな鬼畜じゃないよ」


「なら、今、ここで貸し借りなしにしてすっきり清算しなよ。これでニアとクロムは対等の関係になれるよ。友情っていうのはね、対等の関係のときにしかはぐくまれないんだよ」


「……対等の関係か」


 そういえば姉さんは言っていた。


「真の友人とは毎日のように馴れ合うものをさすのではない。十年間、まったく音沙汰がなくても昨日会ったかのように自然と話せ、困ったときに駆けつけてくれるのが真の友人」


 あるいは困っているときに自然と助けを求めることができるのが友人の定義といってもいいのかもしれない。


 ニアとはこの前会ったばかりだから、自然と話すことができるだろう。

 また正義感に燃え、情にも厚い彼女ならば、絶対に力を貸してくれるはずだった。


「てゆうか、もしもこのことを黙ってクロムひとりで抱え込んでしまったら、後日、お姫様に怒られると思うね。クロムはわたくしのことを信用してくれていなかったのですね……、って」


「たしかに言われそうだ」


 ニアの沈む表情が想像できた。

 ならばここは素直に彼女に助力を頼むべきだろう。

 それが一番だ。

 そう思った僕は迷いを捨て去るとニアのもとへ向かった。

 しかし、その足は途中でとまる。


「もしかしてまだ躊躇してるの? クロム」


 エクスはため息を漏らすが、そうではなかった。

 端的に事実のみを話す。


「そういえば僕はまだ彼女の住所を知らないんだ」


「…………」


 エクスはしばし沈黙したあとに、

「それは盲点だったね」

 と、つぶやいた。



 記憶を総動員させ、彼女の言葉を思い出す。


 正確な居場所は聞いていないが、どこかに滞在しているという話は聞いたことがあるはず。


 なにかヒントのようなものがあれば思い出せるのだが。

 エクスは気をきかせて矢継ぎ早にヒントをくれる。


「王女さまなんだから王宮!」


「この迷宮都市に王宮も離宮もないよ」


「なら高級ホテル!」


「ありそう。でもこの迷宮都市に何軒あるかな? それに高級ホテルではなかった気がする」


「じゃあ、野宿!」


「なんでそこで一気にランクが下がるの?」


「いや、安宿だったらそれこそ星の数ほどあるから」


「野宿するスペースはもっとあるよ」


 もっとも、この迷宮都市で野宿は犯罪だ。無宿人は投獄される。


 ただ、公園に寝泊まりし、噴水で顔を洗うニアを想像すると、あまりのギャップにおかしくなってしまう。


「なに、にやにやしてるの?」


 と、尋ねてくるエクス。

 なんでもない、と答えると、とあることを思い出す。


「そういえば」


 と、あごに手をやる。

 その瞬間、ニアの柔らかな物腰の台詞が脳で再生される。



「今、わたくしはとある貴族の別邸に滞在しております。そこを定宿とし、この迷宮都市で活動しています」



 そうだ!


 彼女はこの迷宮都市にある貴族の屋敷にいるのだ。

 思い出した。


 それを聞いたエクスは、

「やったね! クロム! これでお姫様と会えるね」

 と、はしゃぐ。


 僕も彼女に釣られて小躍りしそうになったが、そうはいかなかった。


「てゆうか、あんまり状況が改善していない」


 この迷宮都市には無数の高級ホテルがあるが、同様に貴族の屋敷も多い。


 迷宮都市は自治区で所有者はいないが、その代わりに商業が発達しており、めざとい貴族が蔵屋敷を設置していることが多い。


 そこを拠点に珍しい品を仕入れ、他の都市や国外に売っているのだ。


 あるいはリルさんの尻尾の毛を買った貴族のように個人的な趣味で屋敷をかまえているものも多い。


 迷宮から産出される珍しいものを集めている蒐集家(コレクター)にはこの都市は魅惑的なのだ。


また風光明媚なこの迷宮都市に貴族が別荘を持つのは、ひとつのステータスとなっていた。


 要はこの迷宮都市には何百もの貴族の屋敷がある。

 それを一軒一軒捜索するというのは非現実的すぎる。


「どうして?」


 と、無邪気にエクスは話してくるが、考えて見て欲しい。

 貴族の家を一軒一軒訪ね、城門を叩く怪しげな少年。

 その少年の身なりはみすぼらしく、尋ねる内容も怪しさいっぱい。


「この屋敷にこの国の第三王女が滞在していませんか?」


 そんな質問をした日には、怪しさ満点で、評議会に通報され、護民官がなだれ込んでくるだろう。


 そうなれば逮捕はまぬがれない。


 無論、無実なのでそのうち解放されるだろうが、僕は投獄されたいのではなく、投獄されているカチュアを助けたいのだ。


 そのためには余計なトラブルに巻き込まれたくない。

 そんなふうに考えていると、僕の中に妙案が浮かんだ。

 ――というか、今までなんでそのことに気がつかなかったのだろうか。

 思わず笑ってしまう。


「どうしたの? クロム」


「いや、あまりにも単純というか、簡単な方法に気がつかなくてね。思わず笑ってしまった」


「なんか妙案が浮かんだんだね」


「妙案と言うほどのものでもないよ。単純な方法だ。確実にニアの居場所を知っている人に聞きに行く」


「なるほど、それはいい手だね。でも、その人の居場所は知っているの?」


「知っている」


「留守という可能性は?」


「それはないね。その人はこの街はおろか、自分の住んでいる区画からもでない」


「ああ、あの人ね」


 エクスはようやく気がついたようだ。

 これから尋ねようとしている人物の名に。

 彼の名は賢者エイブラム。

 別名、荒野の大賢者。

 ニアの侍女、ルミナスの師にして、この迷宮都市一番の知恵もの。

 彼ならばニアの居場所くらい知っているだろう。

 そんな予測のもと、彼が住んでいる大梟ギルドへ向かった。

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