表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/131

太古の悪魔ディアブロ

 幻覚……?

 なのだろうか。

 先ほどまで誰もいなかった安楽椅子に少女が座っていた。

 真っ白なドレスをまとった人形のような少女。

 彼女は半透明に透けており、およそ現実感を感じさせない。

 まぼろし、

 あるいは、

 幽霊、

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 どちらかは分からないが、不思議と恐ろしいとは思わなかった。

 それを証拠に腰にある剣に手が伸びない。


 もしも彼女が幽霊、それも悪鬼や悪霊のたぐいならば、呪い殺される可能性もあったが、彼女はそんな存在ではないような気がするのだ。


 おそるおそるコンタクトを取る。


「あ、あの、お嬢さん」


 で、いいのだろうか。


 少なくとも彼女は年下で、いいところの令嬢に見えた。お嬢ちゃんよりはお嬢さんの方が適切だろう。


 そう思ったのだが、彼女は一向に気にすることなく、言葉を返してきた。


「そこに誰かいるの?」


 彼女は周囲を見渡すようにささやく。

 僕には彼女が見えているが、彼女には僕が見えていないらしい。

 まるで視線が交わらないし、彼女の気配も感じることはない。


 目の前にいるというのに、互いの息吹を感じるくらい側に近寄っても、彼女は僕を知覚することはなかった。


 彼女は一方的にしゃべる。


「……そこに誰かいるのね。わたしには分かるわ。なにか聖なる力を感じる」


 聖なる力とは聖剣のことだろうか。


「とても温かい力を感じます。とても穏やかな心も。きっと、あなた様はお優しい勇者さまなのね」


 彼女はにこりと微笑む。

 しかし、すぐに真剣な表情になるとこう言った。



「わたしの名はカロア。この工房の主の娘。偉大なる魔術師シンシナークの娘。

 わたしには幼きころより、自分ではない誰かと交信する力があった。

 異世界の人間、

 すでに死んだ人間、

 過去の人間、

 未来の人間、

 この世界の人間ではない人と話すことができた。

 あなたがどの種類の人間に分類されるかは分からない。

 でも、あなたはきっとこの工房にいる。

 この場所にいる。

 そんな気がするの」



 正解、と言いたいところだが、口にしても彼女の耳には届かないだろう。

 だから黙って彼女の次の言葉を待った。


「この工房にいるということは、異次元に隠したこの工房が現世に現れているということ。

 つまり、それはこの工房に封印した悪魔が目を覚ました、ということでもあるわ。

 お願い。

 この工房に封印されている悪魔を世界に解き放たないで。

 もしもやつが解き放たれてしまったら、この世界に厄災が訪れるでしょう」


 厄災? 悪魔?

 この小さな工房にいったい、なにが隠されているのだろうか。

 そう思い、彼女の言葉に耳を傾ける。



「その悪魔の名前はディアブロ。古代に封印された悪魔。

 やつは人を殺すためだけに存在する化け物。

 良心を持たない生き物。

 やつを倒すには――を使い、やつの弱点に槍を突き立てるしか――」



 彼女の声がぼやける。

 ノイズのようなものが混じる。

 元々薄かった輪郭が失われていく。

 どうやらこれ以上、彼女とコンタクトを取ることはできないらしい。

 そう直感したが、その勘は当たった。

 彼女もそれに感づいたのだろう。

 言葉が早口になり、緊迫を帯びる。



「ともかく、この工房に隠してある――を探して。

 そしてそれでディアブロを殺して。

 復活したばかりならばまだ付けいる隙がある。

 もしもやつがその力を取り戻したとき、この世界は――」



 そこまで言い終えると、彼女は完全に消え去った。

 僕は誰もいなくなった安楽椅子を見つめる。

 


 しばし、安楽椅子を見つめていると、後方から声がした。


「やった! やったわ! ついに霊視の眼鏡を見つけたわ!!」


 その声はカチュアのものだった。

 どうやら目当ての眼鏡はあの部屋にあったらしい。

 彼女と合流すべく、先ほどの部屋へ戻る。

 彼女は僕を見つけると、その場で軽く飛び跳ね、僕の胸に飛び込んでくる。


「やったわ! やったわクロム君、これで私の願いが果たせる! 私の思いが成就する。やっとあの人に会える!!」


 彼女は力一杯僕を抱きしめてくる。

 その喜びようはまるで宝くじが当たったかのようだった。

 いや、僕でさえこんなにも喜ばなかった。

 彼女は全身で喜びを表現していた。


「もしも、ここに知らない男の人がいたらキスしたいくらい嬉しい!」


 そんな言葉を連呼している。


 そして、僕の顔を見つめると、

「失礼ですが、あなたはあたしの知り合いですか?」

 と聞いてくる。


「いいえ」


 と答えれば情熱的なキスをされそうなので、

「カチュア、気をしっかりして」

 と言うしかなかった。


 彼女は、そうね、そうよね、と、うなずくと、深呼吸をする。


「はー、ふー、喜びのあまり取り乱していたわ。あたしはまだ霊視の眼鏡を手に入れただけ。問題なのはその眼鏡をどうやって使うか、だもの」


 多少冷静になったカチュアに僕は言う。


「そうだよ。それを地上に持ち帰るまでが目的のはず。油断し、帰りでなくしたり、命を失うことも多々ある」


 僕はフェンリル・ギルドに掲げられている標語を口にする。


「遠足は家に帰るまでが遠足。クエストは地上に帰るまでがクエスト」


 そのありきたりな標語は彼女の心を捕らえたようで、こくんとうなずくと、手に入れた眼鏡を後生大事にしまい、こう言った。


「それではあらためまして、冒険者クロム君、このカチュアお姉さんを無事、地上まで連れ帰って貰えますか?」


「もちろん」


 僕も彼女と同じように笑顔で答えると、撤収準備を始めた。

 その間、彼女は幸せそうに眼鏡の入った鞄を抱きしめていた。

 本当に幸せそうなのでこちらまで嬉しくなってしまう。

 そうなると、先ほど本棚の裏で起こった出来事を話しづらくなってしまう。



 この工房で出逢った不思議な少女のこと。

 彼女が予言したディアブロなる悪魔の復活。 



 そのふたつのことは彼女の依頼はもちろん、その人生にも関係のないことであった。


 ならば話さない方が賢明かな。


 彼女の魔術師としての知識や腕は借りたいところであるが、このことを相談するのはリルさんだけでいいかもしれない。


 そう思った僕はだんまりを決め込む。

 やはり彼女に事情は話さない方がいい。

 そう決断した僕は、笑顔を作り直すと、そのまま一階へと戻った。

 しかし、数十分後、僕は彼女に事情を話すことになる。 

 そうならざるを得なかったのだ。


 なぜならば帰り道、第三階層へ続く道に、血にまみれた冒険者の死体が転がっていた。


 身体を切り刻まれたもの。

 五体不満足なもの。

 頭部を潰されたものもいる。

 まるで悪魔に殺されたかのようなむごい死体が転がっていた。


 その中のひとり、唯一の生き残りが、最後の力を振り絞り、僕たちにメッセージを残した。


「あ、悪魔だ。悪魔が現れて俺たちを襲っていった……」


 その言葉を聞いてカチュアもなにかを感じ取ったようだ。


 彼女に詳細な事情を話すことを誓った僕は、生き残った冒険者を抱え、足早に第四階層をあとにした。


 一応、効果があるかは分からないが、第四階層の入り口にある掲示板にこんな伝言を残した。


「この階層には悪魔がいる。気をつけて」


 これ以上、悪魔の被害者を出さぬよう、足早に地上を目指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ