隠し部屋
幸いなことに工房の地下には守護者はいなかった。
マミーが入っていたかと思われる棺が等間隔に並べられた不気味な部屋はあったが、そこを抜けると魔術師の工房が広がっていた。
金槌や打ち台、加工前の金属の板などが所狭しと置かれており、現代の刀鍛冶の工房のようにも見えた。
その点についてカチュアは補足してくれる。
「ここは古代の魔工技師たちが、魔法の眼鏡を作っていたの。魔術師のアトリエというよりも鍛冶屋に近いのでしょうね」
ただ、と続ける。
「壁の棚に置かれたフラスコや魔物の素材、本棚にある魔術書はちょっとだけ魔法の工房ぽいかな」
と、論評する。
勝手にペラペラと魔術書をめくっている。
古代魔法言語で書かれているので僕にはちんぷんかんぷんだが、彼女には内容が分かるのだろう。
「カチュア、その本は価値があるものなの?」
「どういう意味?」
「価値があるのならば地上に持って帰って売り払いたいな、と」
「君は結構ちゃっかりしているね」
「うちのギルドは財政難なもので」
「価値がないわけじゃないけど、ここにある本はすべてすでに発見されているものよ。写本が出回っている。もしも原典ならばとんでもない価値がつくだろうけど、これも当時の写本みたいね」
それも、と続ける。
「状態は最悪ね。ちょっと読んだだけで紙が破損していく。地上に持ち帰りたいのなら、特殊な処理をして状態を保たないと」
「状態を保ったまま運べばいくらくらいに?」
「金貨30枚というところかしら。骨董的な価値で」
「それはすごい」
「状態を保つ薬が金貨30枚くらいするけどね」
くすくすと笑うカチュア。
本を諦めると、さらに奥に進んだ。
工房の奥、宝物庫と思わしき場所、そこには大量の眼鏡が陳列されていた。
カチュアいわく、すべてが魔法の眼鏡ではないらしい。
その中から魔法の眼鏡を探そうとするが、見つからなかった。
当然か、僕に魔法アイテムを見抜く力はない。
なので黙ってカチュアが目当ての眼鏡を探すのを見守っていた。
彼女は宝箱を開けた海賊のように楽しげな表情で眼鏡を物色していた。
あれでもない、これでもない、と眼鏡を投げ捨てている。
ときには、
「お、これは!」
というものを見つけ、自分の耳にかけるが、違うと分かると残念そうな顔をする。
でも時折、こちらの方に振り返り、
「似合う?」
という言葉をはく。
目鼻立ちがよい彼女は、眼鏡をかけても美人だ。
清楚さと知的さが三割増しに見える。
ただ、そのことを素直に伝える気にはならない。
彼女は次々と眼鏡を変えては同様の質問をする。
赤いフレームの眼鏡。
フレームレスの眼鏡。
片眼鏡なども試す。
まるで百貨店のバーゲンで試着する女性のようだ。
付き合わされる男は辟易するしかない。
「…………」
僕は沈黙によって彼女に本来の仕事に戻るようにうながす。
カチュアは詰まらないの、と漏らすと眼鏡探しを始めた。
十数分、真剣に探し始めると、彼女はこんな台詞を言う。
「これだけ探してないなんておかしいわね」
「必ずここにあるの?」
と尋ねる。
彼女はこちらの目を見ず、探しながら答える。
「必ずここの工房にあるはず」
ならば二手に別れて探した方がいいだろう。
そう思った僕は、この場所をあとにする。
彼女は黙って右手を挙げることでそれを許可してくれた。
ひとり、別の部屋へ行く。
この工房はさして大きくはないが、それでもすべてを捜索するには時間が掛かる。
「地下は見て回ったから、一階を見て回る?」
エクスがそんな提案をしてきた。
エクスにしてはましな提案だったので受け入れようかと思ったけど、その前に気になることを試した。
僕は本棚を調べる。
「エロ本を探してるの?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、なにを探してるのさ」
「いや、こういう本棚の後ろに隠し部屋がないかなって」
「隠し部屋?」
「そう。隠し部屋。男の夢だね。僕も自分の家が買えるようになったら、本棚の後ろに隠し部屋を作りたい」
「そこにエロ本を隠すの?」
「隠さないよ」
「じゃあ、堂々と晒すんだね」
「いい加減、そっち方面から離れてくれないかな」
そう言い切ると、僕は本棚の後ろが空洞になっていることを発見した。
ビンゴだ。
「もしかしたら隠し部屋があるかも」
そう思った僕は、本をすべてどかし、スイッチがないか確認した。
あった。
本棚の三列目の奥にレバーのようなものが設置されている。
それを下げると、
ゴゴゴ!
と、本棚が動き出した。
「ごいすー! よく見つけたね、クロム」
「まあ、当てずっぽうだけど」
でも当たりは当たりだ。
そのまま本棚の後ろにある隠し部屋に入る。
「カチュアは呼ばないでいいの?」
「呼びたいところだけど。とりあえずひとりで」
「エロ本があるかもしれないから?」
「しつこい聖剣だなぁ」
聖剣を鞘の上から小突くと、そのまま部屋に入った。
部屋は想像したよりも小さかった。
フェンリル・ギルドの僕の私室と同じくらいだろうか。
いや、中央に鉄格子のようなものがある分、僕の部屋よりも小さく感じる。
その鉄格子は開け放たれているので、鍵がなくても中に入れそうだ。
中には安楽椅子がひとつだけ置かれていた。
注意深く室内を見渡すが、それ以外なにもない。
これははずれかな、そう思ったが、一応、椅子を調べることにした。
もしかしたらそこに眼鏡が隠されているかもしれない、そう思ったからだ。
僕は歩みを一歩進める。
するとぐらり、と視界が揺らいだ。
ついで僕の足はなにかに捕まれたかのように地面に固定される。
そして幻覚のようなものを目にすることになる。
先ほどまで誰も座っていなかったはずの安楽椅子に、真っ白なドレスを着た少女が座っていた。
彼女はもの悲しそうな目で、こちらを見つめていた。




