工房にうごめくマミー
予想通り、トラップのたぐいはすべてカチュアが解除してくれた。
ここは古代人の工房、魔法で作られたトラップが多く、魔術師である彼女にとってそれを解除するのは難しいことではないらしい。
「盗賊やレンジャーを雇う必要はなかったわね」
と軽口を漏らす。
次々とトラップを解除するが、すべてを回避できるわけではない。
中には絶対解除できないものもある。
それが対侵入者用の守護者の存在だ。
守護者はこの工房に入った瞬間、活動を再開させたようで、先ほどから地下からうめき声が聞こえる。
彼らを無視し、お宝を手に入れることはできない。
戦闘の発生である。
地下にいた守護者たちは、僕たちのいるフロアに上がってきた。
その足取りが遅々としていたのは、守護者たちがアンデッドだったからである。
マミー。
いわゆるミイラ男と呼ばれる怪物だ。
彼らは奇っ怪なうめき声を上げ、たどたどしい足取りでこちらに近づいてくる。
その姿を見て聖剣のエクスは、「きんもー」と率直な感想を漏らすが、僕も似たような感想を持った。
アンデッドに美点を見いだすほど、変わった性癖はない。
ただ、きもいからといって逃げる理由も、剣を抜かない理由もない。
腰から聖剣を抜き放つ。
「あのぉ、クロム、まじで接近戦を行なうの? ここはぱぱっと魔法でやっつけない? ゾンビの弱点って炎でしょ。あいつら包帯してるし、よく燃えるよ」
「だろうね」
だけど、と続ける。
「この工房はそれほど大きくない。ここであいつらを燃やしたら有害なガスが発生しそうだ。だから火魔法はお預け」
「むむぅ」
「残念なのは僕だよ。カチュアのおかげで【火魔法E+】までスキルアップしたのに」
カチュアに魔法適性を診断してもらったあと、結局、僕は【火魔法】のスキルを上げていくことにした。他の魔法も並行して習っているが、現在のところ、一番、ランクが高いのは火魔法となる。
さっそく実戦に投入したいが、前述の理由で燃え上がる系魔法は使えない。
「さすが、クロム君、魔法の才能だけでなく、冒険者としての判断力も一流ね。そのとおり、この場で一番役に立ちそうな火魔法だけど、ここで使えば私たちは窒息するでしょうね」
横で僕とエクスの会話を聞いていたカチュアが割り込んでくる。(もっともエクスの会話は聞き取れなかったはずだから僕の独り言を聞いたのだろうけど)
意識をカチュアに切り替える。
「僕が前衛で戦いますから、カチュアさんは魔法で援護してください」
「はい、罰金銀貨一枚ね」
こんなときに、と思わなくもなかったが、僕は言い直す。
「カチュアは後方で援護して」
「OK、素直で可愛いから、ランチ一食で負けてあげる」
と、微笑む彼女。
ランチを奢った方が銀貨一枚よりも高くつく、と嘆くと彼女は悪戯じみた笑顔で、
「こんな美人と一緒にご飯を食べるなんてプライスレスよ」
と言い切る。
確かにその通りなのだが、僕は釈然としないまま、マミーに斬りかかった。
マミーの懐に入り込むと、そのまま袈裟斬りを放つ。
マミーはうめき声を上げるが、一撃では倒れなかった。
「マミーというアンデッドは動きは遅いけど、タフで怪力なの」
なるほどね、聖剣の一撃を喰らっても前進をとめないわけだ。
もっともエクスに言わせれば「ボクのポテンシャルを発揮できれば、一刀両断できるはずなんだけどね」だそうだ。
低レベルで申し訳ない。
ただ、それでも僕の剣技は十分通用した。
一撃で倒せなくても、二撃目三撃目で倒せばいい。
前進をやめないのならば、足を破壊して物理的に歩けなくすればよかった。
それはカチュアも感じたらしく、彼女は氷魔法でマミーの足を氷結させ、マミーを無力化させていった。
中には凍結させた足を無理矢理引っこ抜こうとして足が引きちぎれているものもいる。
哀れではあったが、足がないマミーは戦力にならない。
カチュアは《武器創造》の魔法で、大金槌を出すと、這い寄ってくるマミーの頭部を潰すように指示をした。
ほっと胸をなで下ろすエクス。
「マミーの脳漿まみれになるのはごめんだからね」
だそうだ。
僕も聖剣で頭部を破壊するよりも効率がいいと大金槌を受け取る。
そしてそれを装備すると、動きをとめたマミーの頭部を一体一体破壊する。
動くことのできないマミーを倒すのに良心が痛まないわけではなかったが、ひとつ間違えば僕らが彼らに切り裂かれていたのだ。慈悲は不要だろう。
ここで放置すればあとでまた襲われるかもしれないし、偶然、通りがかった他の冒険者に危害を及ぼすかもしれない。
それにこのマミーは人の形をしているが、人ならざるもの。
なんでも古代魔法王国で罪を犯した罪人が、死後、死霊魔術によって強制的に蘇らされたのがマミーというモンスターだそうだ。
罪人とて人間、彼らも魔術の呪縛から解き放たれ、大地に戻ることを願っているに違いない。
そう思いながら、彼らを倒していく。
その間数分、なれぬ大金槌でふらふらしたが、すべてのマミーを倒すと、カチュアはこう言った。
「さすがはクロム君ね。やっぱり【なんでも装備可能】はチートスキルだ」
「まあ、今のところ役には立っていますね」
「今後もきっと役に立つわよ」
「そう願いたいです」
そう締めくくると、僕たちはマミーたちがやってきた地下へ向かった。
カチュアいわく。
「守護者がいるということは、そこにお宝がある。簡単な推理ね」
「僕もそう思います」
彼女の意見に賛同すると、僕は持っていたたいまつに火をつけた。
地下はまっくらであった。
カチュアの《照明》の魔法で明るくすることはできたが、その場合、彼女が先頭を歩まなければならない。
地下にはまだ守護者がいる可能性がある。
魔術師である彼女が不意打ちを避けるのは難しいだろうと判断した僕は、率先して先陣を切ることにした。
その姿を見てカチュアは茶化してくる。
「クロムは勇者にして紳士だね。お姉さん惚れちゃいそう」
無論、冗談だとは分かっているが、美人におだてられるのは悪い気分はしなかった。
ただ、腰の聖剣が焼き餅を焼く。
「クロムは絶対、将来、女の子に騙されて貢ぐタイプだよね」
貢ぐお金もないのでその心配はないが、エクスの忠告通り、浮かれることなく、地下に潜っていった。
マミーを倒したとはいえ、この工房に危険がないという保証はどこにもない。
浮かれるのは依頼を達成し、無事、地上に戻ってからにしたかった。




