ダンジョンらしいダンジョン
迷宮第三階層にやってきた。
僕が踏み入れたことがあるのは第二階層まで。
第三階層に立ち入ったことはない。
第二階層は森エリア。まるでエルフの森のような樹木が広がっているが、第三階層は打って変わって荒野のような場所が広がっていた。
荒涼とした風が吹きすさむ。
このエリアには樹木や水源がなく、素材集めに訪れる冒険者は少ない。
エリクサーやポーションの材料となるキノコや植物が少ないのだ。
代わりに第二階層よりも強力なモンスターがおり、もっぱらそれらの素材を狩る冒険者がたむろしているのがこの階層の特徴か。
腕試しにはぴったりの階層なのだけど、今の僕には不要な階層であった。
僕の目的は第四回階層、そこにある古代魔法文明の工房を探すのが今回の依頼だった。
手早く抜けたいのだが、この階層にやってくるのは初めて。第四階層へ続く階段の場所は把握していなかった。
さて、どうしたものか。
すれ違ったパーティーに尋ねてもいいのだが、あまり早く第四階層に到着したくない。
せっかく、魔術師に魔法を教えてもらっているのだ、できればゆっくりと歩を進め、ひとつでも多くの魔法を習得しておきたいところである。
だが、無情にもそんな計算は崩れ去る。
運良くというか、運悪くというか、第四階層へ続く階段を発見してしまったのだ。
聖剣のエクスは、
「無欲の勝利だね」
と言うが、こちらとしては損をした気分である。
まったくこんなときに限って運がいい。
そう嘆くが、嘆いても仕方ないので僕たちは第四階層へと向かった。
第四階層は今までとは毛色が違う階層だった。
第一階層は草原エリア。
第二階層は森エリア。
第三階層は荒地エリア。
どれもがまるで地上のようなエリアだったが、第四階層は地下迷宮らしくなる。
まずこの階層には天がない。
空がないのだ。ゆえに雨も降らなければ、風も吹かない。
辺りは真っ暗で、等間隔で設置されているかがり火だけが頼りだった。
「じめっとしてるねー」
とはエクスの言葉だった。
ただ、迷宮都市の常識になれてしまったが、こちらの方が正統派のダンジョンで、これまでの階層の方が異端だった、というものの見方もできる。
事実、僕が田舎で姉さんと潜ったダンジョンもこちらのタイプだった。
ある意味ほっとするというか、懐かしいダンジョンである。
僕たちはその正統派ダンジョンの奥深くへ潜っていく。
正規ルート、つまり第五階層へと続く道へはかがり火が用意されているが、ひとつルートをずれると真っ暗になる。
「正規以外の道にもかがり火があればいいのにね」
とエクスは愚痴るが、すべてのルートにかがり火を置けば冒険者協会も破綻するだろう。
もしくは協会費が跳ね上がるに違いない。
そうなればエクスの手入れに必要な砥石などもケチらないといけない。
そう茶化すと、彼女は、
「かがり火なんて無駄無駄。ボクたちには魔法があるしね」
と宗旨変えをする。
変わり身の早い剣である。
ただ、彼女の言葉に偽りはない。
今回、同行しているのは魔術師であるカチュア。
彼女は一言、呪文を唱えるだけでその杖をたいまつのように煌々と照らせる。
いや、たいまつなど比べものにならない。
小さな太陽をその杖先に宿し、辺りを照らしてくれた。
「すごいでしょう? クロム君」
と、ドヤ顔のカチュア。
確かに凄い。もしも彼女がいなければこの真っ暗な中、たいまつ一本で進まなければならなかったかもしれない。
そうなれば必然的に左手はたいまつに占領され、盾はかまえることができない。
防御力ダウンは必須だったし、いきなり襲ってくるオオコウモリなどに対応できなかっただろう。
僕は遠くからオオコウモリがこちらにやってきたのを視認すると、左手に持った円形盾で体当たりを受けとめ、右手で持ったエクスカリバーで斬りかかる。
キキィ!
オオコウモリは断末魔の声を上げる。
その死体をみてカチュアは一言。
「すごいね、さすがは前衛職」
「カチュアが照らしていてくれているおかげだよ」
「一家に一台、一パーティーにひとり、魔術師は必須でしょう」
「そうだね」
本当にそう思う。
できれば今後もたまに一緒に冒険、いや、我がフェンリル・ギルドに入団して欲しいくらいだった。
僕は冗談めかして尋ねてみる。
「カチュア、よかったらこの依頼が成功したら、冒険者になってみる気はない?」
そう誘うと彼女は、白い指を唇に添えながら考え出す。
「……うーん、そうね。それも悪くないかもね。実は私が魔術師になったのは、魔法を習得し、この地下迷宮にあると言われるとある場所にたどり着くためなの。その事前準備として霊視の眼鏡が必要なのだけど」
「なのだけど?」
「その場所にたどり着いてしまえば、あとはもうやることないのよね。師匠のように魔術の真理を探究するほど熱心ではないし」
「カチュアの魔術は目標ではなく、手段なんだね」
「そういうこと。だから目的さえ達せれば、いまさら師匠のもとに戻る意義もないし、魔術師ギルドに入る意味もない」
「故郷に帰るというのは?」
「それは一番ないわね」
と断言するカチュア。
とんがり帽子を取ると彼女は耳を器用に動かす。
「あの神獣様は気がついていたようだけど、実は私、ハーフエルフなんだよね」
「ハーフエルフ……」
気がつかなかった。彼女の美しさはエルフの純度を完全に保っており、人間の血の存在を感じさせない。
「あなたも知っているでしょうけど、ハーフエルフはどこの世界でも嫌われものなの。特に保守的なうちの森では、蛇蝎のごとく嫌われているわ」
彼女は淡々と続ける。
「子供の頃は石を投げられたり、魔法で悪戯されたくらいだけど、大人になった今、そんなことをされたらこっちも反撃しちゃうでしょうね。今さら森で暮らせないかな」
彼女は意識して笑うとこんな冗談も添える。
「それにカチュアお姉さんは街になれすぎた。蛇口をひねれば水が出てきたり、日曜でもお店が開いている街の便利さに染まり切っちゃってるのよね。要は俗世にまみれてしまった。今さらエルフの森とかないない」
手を振り、「ないない」を強調する。
「だからクロム君のお誘いを受けて冒険者になるのもいいわね。冒険者って楽しい?」
楽しい? そう問われたらこう答えるしかない。
「楽しいよ。とても」
「どこが楽しいの?」
「未知の場所に足を踏み入れるとき、心臓の鼓動が早まる。細胞全体が震えるような充実感を覚える」
「ほうほう」
「強大なモンスターを倒したときの達成感も凄いよ。血が逆流するような興奮を味わう」
「へえ」
「それに冒険を通して色々な人に出会える。僕は冒険者になってまだ数週間だけど、それなのにそれまでの人生の何倍もの濃密な時間を過ごしているよ。色々な人たちと出逢った」
「それはいいね。でも、最初のふたつは女の子がときめくような誘い文句じゃないね」
「そうかもしれない」
鼻の頭を掻きながら反省する。
「でもクロム君ぽいと思った。冒険者になるときは参考にするよ」
彼女はそう言うと、ところで最後の質問なのだけど。
と続ける。
彼女の最後の質問はとても意地が悪いものだった。
「色々な出逢いに恵まれた、というけど、その中でとんがり帽子をかぶったエルフの魔術師との出逢いは、クロム君の中ではどういうふうに位置づけられているの?」
彼女は選択肢をよっつ与えてくれる。
A 一瞬の出逢い
B 一晩の恋人
C 永遠の絆
D 不変の愛
Aはあり得ないが、BからDも恋人に使うような言葉であった。
カチュアはにやにやと僕の表情を楽しんでいる。
僕はしばし逡巡したが、答えは口にしなかった。
臆したわけではない。
遠くになにかを発見したのだ。
それは魔術師の工房のような建物だった。
もしかしたらあれが目当ての眼鏡工房かもしれない。
そう思った僕は彼女にそれを伝える。
その言葉を聞いたカチュアは、本日一番の笑顔を浮かべた。




