カチュアの見解 †
己の肩に掛かっている髪に手をやる。
エルフ族の特徴である直毛に少しウェーブがかかっていた。
先ほどのクロム君の《火球》の魔法が、カチュアの髪を焦がしたのだ。
「防御魔法で完全に防いだと思ったのだけど……」
タイミング的にはどんぴしゃりだったはずだけど、ほんのわずか間に合わなかったのだろうか。
あるいはクロムの火球の魔法があまりにも強烈すぎた、という可能性もある。
いや、まさかね。
と、いった表情でクロムを見つめる。
彼はたき火の前に座り、カチュアが持っていた魔導書を眺めていた。
彼はレベル9の冒険者、それも戦士である。
そのようなものがそんな強力な魔法を使えるわけがない。
マナはほぼすべての人々に備わっているが、それを使いこなすには知識と努力がいる。
剣や格闘のように一朝一夕では身につかないのが魔法なのだ。
だからカチュアも師匠を見つけ、長年、その人物のもとで魔法を学び、ようやく免状を得て旅立つことができたのだ。
魔法石を貸しただけの素人に【火魔法F】の初心者に長年修業した自分と同じような真似をされたら、立つ瀬がなかった。
しかし――、
仮に先ほどの一撃が偶然だったとしても、たまたまなにかの拍子で会心の一撃が放てたのだとしても、クロムという少年の才能は非凡だった。
とても魔力Dのステータスとは思えない。
あるいは彼は純粋な戦士ではなく、魔法剣士としての才能を備えているのかもしれない。
そう思った。
まずは魔法の使い方がいい。
最初に《氷の槍》の魔法を放ち、それが通用しないとみるや、土魔法を利用し、相手を釘付けにする。さらに至近距離からの《電撃》の魔法。
純粋な魔術師には真似はできないし、脳筋な戦士には思いつかない戦い方だ。
まさしく魔法と体術を融和した戦い。魔法剣士の才能を秘めているのかもしれない。
そう思うとわくわくしてくる。
この国には魔法戦士は少ない。
もちろん、魔法を使える冒険者はたくさんいるが、それでもカチュアが『魔法剣士』と認めることができるのはほんのわずかだ。
格闘戦を極め、魔法のポテンシャルを最大限に引き出す戦いができる戦士。
それが魔法剣士の定義だと思っている。
具体的にいえば、能力値がすべてB以上、格闘戦向けのスキルと魔法のスキルもB以上は欲しかった。
無論、クロムはまだその水準にない。
ステータスは未熟で、スキルもしょぼい。
ただ、この少年をみていると、可能性という言葉の意味を考えさせられる。
まるで世界樹の苗木をみているような気分にさせてくれる。
この少年の足下に肥料をまき、地面を固め、水を注ぎ続ければ、やがて見上げんばかりの巨木に育ってくれるような気がするのだ。
それは持ち上げすぎだろうか?
そう思わなくもないが、少なくともカチュアは、この冒険中、付きっきりで彼に魔法を教えるつもりだった。
カチュアが長年かけて積み上げた知識や技術を出し惜しみなく彼に教えるつもりだった。
少年はどれくらい自分の期待に応えてくれるだろうか。
少年はやがて大樹となることができるだろうか。
それはカチュアにはもちろん、少年自身も分からないだろう。
しかし、カチュアには予感めいたものがあった。
目の前で魔術書を必死で読んでいる少年。
彼はやがて英雄と呼ばれる存在になることを。
願わくは、その瞬間、そのときに立ち会えることができれば、ひとりの魔術師として僥倖であった。
エルフの森を捨て、魔術を選んだ女として、これ以上ない幸せなのかもしれない。
そんなことを思いながら、まだあどけなさの残るクロム少年の顔を見つめた。




