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元Aランクギルド

 Aランクギルド、フェンリルの咆哮は思った以上に閑散としていた。


 冒険者があふれているはずの受付には誰もおらず、カウンターの上に置かれた台帳は妙にくたびれている。


 気になると言えば気になるが、それもメイド服の少女が紅茶を持ってくるまでだった。


 彼女は銀のワゴンに、紅茶を入れたポットを持ってくると、それをゆっくりとそそいだ。


 途中、ミルクを入れるか、レモンを入れるか、ジャムを入れるか、尋ねてくる。


 聖剣であるエクスは、


「薔薇の花のジャムを入れて」


 とのことだったが、無論、彼女の言葉は届かない。

 それにエクスは剣なので紅茶は飲めない。


 なのでエクスを無視すると、無難にレモンティーを所望し、砂糖を三杯入れた。

 それに口を付ける。


 とても旨かった。ティーカップ自体温めてあり、最後の一滴まで美味しく飲めるように調整してある。


 まさしく紅茶を入れるために生まれてきたかのようなメイドさんであるが、彼女は誰なのであろうか。


 まさかギルドマスターではあるまい。


 このような可憐なメイドさんがギルドマスターならば、このように閑散としているわけがない。


 僕ならば用がなくても毎日通ってしまうかもしれない。

 そんなことを思っていると、腰にぶら下げたエクスが皮肉を言ってくる。


「クロム、鼻の下伸びてるよ」


 思わず確認してしまうが、人間の身体はそんなに伸び縮みしない。

 エクスはメイド服の少女に見とれている僕に釘を刺したのだろう。

 剣でも焼き餅を焼くのかな、そう思ったが、口にはしなかった。

 代わりにメイドさんに声を掛ける。

 このギルドのギルドマスターに取り次いでもらうために。


「あの、ええと、メイドさん……」


「わたしの名前はカレンと申します。どうかカレンとお呼び下さい」


 可憐な彼女にぴったりの名前だった。


「それじゃあ、カレン、僕はこのギルドに入りたくて、面接にきたんだけど、このギルドはギルドメンバーを募集していますか?」


 その発言を聞いた瞬間、カレンは目を輝かせる。

 切り込みを入れた椎茸のように目を潤ませる。


「まあ、素敵。まさかこのフェンリルの咆哮に新人冒険者がやってきてくれるだなんて」


 諸手を挙げての歓迎だった。こんなことは初めてである。

 少し薄気味悪くなったのであらかじめ真実を伝える。


「最初に言っておきますが、僕はどこのギルドにも所属したことがない未経験者です。レベルもさっき3になったばかりですし、能力値はほぼオールD、固有スキルも【なんでも装備可能】というあまり使えないものです」


 それを聞いたカレンは、まあ、と口を小さくあけ、そこに手を添える。


「クロムさまはとても正直なお方ですね、普通、面接にくる方は自分を大きく見せようとマイナス点は隠すものなのですが」


「隠すもなにも調べればすぐに分かってしまうことですから」


 でも、と続ける。


「冒険者になるという意思だけはそこらの新米には負けないつもりです。僕はいつかじいちゃんみたいな立派な冒険者になって、メルビル家、僕の実家を再興するつもりです」


 そう言い放つと、興奮した僕は少し立ち上がる。


 カレンはそんな僕を馬鹿にするでもなく、素晴しいですわ、と軽く拍手をしてくれる。


「もしもわたしがギルドマスターならば即座に採用してしまいそうなほどのやる気です」


 カレンはそう言ったが、ですが、と続ける。


「残念ながらわたしはこのギルドのギルドマスターではありません。ただのしがない受付嬢兼メイド。わたしに人事権などないのです」


「……それは遠回りの不採用ということですか?」


「まさか、わたしにそのような権限も意思もありませんよ。むしろ、クロムさまにはこのギルドに入っていただきたいくらいです」


「ならばギルドマスターに合わせてください。直談判したいです」


「もちろん、それはかまいませんが、もう一度確認しますが、このようなギルドで本当にいいんですか?」


「このようなギルド?」


 カレンは軽く周囲を見渡す。

 僕もそれにならう。


「たしかにあまり立派なギルドじゃありませんね。しかし、それでもAランクギルド、僕のような若輩をメンバーに加えてくださるなら、馬車馬のように働きます」


「Aランクギルド?」


 その言葉を聞いたカレンは軽く首をかしげる。


「ここはAランクギルドではありませんが?」


 そんな返答をする。


「ここってAランクギルドじゃないんですか?」


「まさか、誰にそのような話を吹き込まれたんですか?」


「いえ、看板にはAランクと書いてあったから」


 その言葉を聞いたカレンは「まさか!」という表情をし、スカートの裾を持ち上げながら、いそいそと玄関へ向かう。


 十数秒後に看板を持ってやってくる。

 彼女は看板を見るなりこう言った。


「やっぱりです。これはうちのギルドマスターの悪戯です。もう、勝手にランクを偽ったらまた格下げされるかもしれないのに」


「悪戯なんですか?」


 僕がそう言うと、彼女は言葉ではなく、看板を指さし、こう言った。


「ここです。ここを見てください」


 そこには大きくAランクギルドと書かれていた。


 ただ、彼女が指さしたのはAの文字ではなく、その横に小さく書かれた一文字だった。


 Aの横には、注意深く観察しなければ分からないほど小さな文字で、



『元』



 と書かれていた。


 なんとこのギルドはAランクギルドではなく、『元』Aランクギルドなのだ。


 これでこのギルドが寂れているわけが分かったが、ひとつだけ分からないことがある。


 それはこのギルドはいったい、なにランクなのだろうか、という疑問だ。


 12年前はたしかBランクだったはずだが、今もそのランクを維持しているのだろうか。


 周囲を見渡して観察する。

 大きさこそそこそこであるが、建物自体、古くさく、活気がない。


 先日回ったBランクの建物と比べると明らかに数ランク落ちるたたずまいであった。


 ただ、小汚い印象はない。それは目の前のメイドさんが毎日掃除しているからだろうが、だからといってこの寂れ具合はとてもBランクには見えない。


 下手をするとC、もしかしたらDということもあり得る。

 そう思ったが、その想像は外れた。

 それも悪い方向に。

 彼女は軽く咳払いをすると、正直に現在のギルドランクを教えてくれた。


「このギルドのランクはFランクです。要は廃業一歩手前の零細ギルドなんです」


 彼女はそう断言すると、先ほどと同じ質問をしてきた。


「クロムさま、クロムさまはそれでもこのギルドに就職を望まれますか?」


 彼女は最初の笑顔とは打って変わって、申し訳なさそうな、ばつの悪そうな顔をしていた。


 ここでそんなのは関係ありません!


 と彼女の手を握りしめるのが、男なのだろうが、僕にそんな甲斐性があるわけもなく、日和ってしまった。


「あ、あの、ええと、一回、宿に戻ってから考えてもいいでしょうか?」


 もちろんかまいませんわ、とはカレンの言葉であったが、僕はぼそっと発した彼女の言葉を聞き逃さなかった。


「……ああ、これで今月の新人冒険者の数もゼロ。このままでは王都のギルド管理局によってこのギルドもお取りつぶし。わたしはともかく、ギルドマスターのフェンリルさんはどうするつもりなのでしょう」


 そんな言葉がため息とともに耳に入った。

ただ、それでもすぐにこのギルドに入ります。

 と言えないのが、僕の置かれている微妙な立場であった。

 以前も言ったが、僕の背中には一族の期待が一身に集まっている。

 故郷の姉にFランクギルドに入りましたなどと手紙に書くことはできなかった。


 僕は故郷の姉と、美味しい紅茶を御馳走してくれたメイドさんを天秤に掛け、故郷の姉さんを取った。


 シスコンと後ろ指さされるかもしれないが、僕は紅茶のお礼を言うと、そのままギルドをあとにした。



††



 せっかく、将来有望な冒険者がきてくれたのに。

 と、カレンはため息を漏らす。

 先ほどまで少年が座っていた椅子を眺める。


「数ヶ月ぶりにやってきた冒険者にふられてしまいました」


 カレンは紅茶のカップを片付けながら、先ほどの少年クロムのことを考える。

 年の頃は16だろうか。

 成人しているようだが、まだあどけなさが残っている。

 ちょっとハンサムで好みかもしれない。

 しかも、カレンの見立てでは彼はただの少年ではない。

 とても将来性のある冒険者に見えた。


 瞳の奥に宿るものからして凡人とは違った。とてもすんでおり、人を引きつけるなにかを持っている。


 それにその燃え上がるような心。

 それこそが冒険者に必要なものだとカレンは思っていた。

 そんな逸材が立ち去ってしまったのだから、カレンとしてはしょんぼりである。


「……でも、なんだか彼とはまた会えそうな気がする」


 ぼそりとつぶやくカレン。

 それは願望なのだけど、カレンの願望はよく叶うのだ。

 カレンはその願望を叶えるためにおまじないをすることにした。

 自分のために入れた紅茶に花びらを落とす。

 もしもその花びらが紅茶の中に沈んだら彼は戻ってこない。

 紅茶に浮かび続けたのならば戻ってくる。

 カレンはじっと花びらの行方を見守る。

 5分後、その花びらは――

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