クロムの魔法適性
第二階層にある森。
一部開けた場所にある切り株を見つけると、僕たちはそれに腰を掛ける。
そこでカチュア、改め、師匠は口を開いた。
「さて、クロム君、あなたの魔法に関する知識はどれくらいなの?」
「魔法はマナと呼ばれる己の内にある魔力を燃やして発動する、ということは知っています」
「よろしい、まずはそこから説明しないといけないかと思った」
「でも、知っているのはそれくらいです。幼き頃、手習いで姉から教わりましたが、姉も生粋の魔術師ではないので、結局、習得できたのは【火魔法F】までです」
「要はずぶの素人、ってことね」
「それに毛が生えた程度と思ってもらえれば」
「なるほどね、教え甲斐があるわ。その様子だと、適性テストも受けていないのでしょう?」
「適性テスト?」
「言葉すら知らないの?」
「すみません。田舎育ちなもので」
火魔法を習得したのも、実家の倉庫に転がっていたのが火魔法の魔術書だった、というもので、積極的に火魔法を選んで習得したわけではない。
そのことを伝えると、カチュアは案の定という顔をした。
「人間、もちろん、エルフもなのだけど、それぞれ得意な魔法というのがあるの。体内にどんなマナを宿しているか、それぞれ違うのよね。だから魔術師を目指す子はまず自分の体内にあるマナの特色を調べるのよ」
「なるほど、つまり僕には火魔法の素養がなかったのか」
「一年以上励んでスキルランクFならばその可能性が高いわね」
「さすがはカチュアさ……」
と言葉を飲み込んだのは彼女が右手を差し出してきたからだ。
危うくというか、半分、『さん』付けで呼んでしまったことを怒っているのだろう。
銀貨1枚の罰金を要求される。
「なんとか銅貨1枚にまかりませんか?」
と尋ねたが駄目だった。
なので素直に罰金を払うが、これから教えを請おうとしている相手を呼び捨てにするのは気が引ける。
そこで折衷案として、授業を受けている間だけ『先生』と呼ばせてもらうことにした。
「カチュア先生」
と呼ぶと、彼女は上機嫌になる。
「先生、悪くない言葉ね。校舎裏に美少年を連れ込んで、悪戯したくなるわ」
美少年とは僕のことだろうか。
そこまで自分の容姿にうぬぼれはないので尋ねないが。
「ところでカチュア先生、僕にどの魔法の適性があるか、調べることはできるんですか?」
「できるわよ」
「この場でも?」
「そうね。可能。欲を言えば迷宮都市の魔術師ギルドにある実験施設を借りるのが一番なんでしょうけど、簡易的なテストならばすぐにできるわ」
「それは助かるかも。ならばこの場でやってもらえますか?」
「OK」
と朝食のメニューを決めるよりもあっさり許可を出すと、彼女は唐突に言った。
「じゃあ、脱いで」
「え?」
思わず聞き返してしまう。今、脱いで、と言ったような。
聞き間違いだろうけど。
「今、なんて言いました?」
「脱いで、と言ったの」
「…………」
聞き間違えではないようだ。
「あ、あの、どうして脱がないといけないんですか?」
「魔法というのはね。自然の摂理をその体内に取り込む儀式なのよ。服を着ていたら、自然と調和できないでしょう」
道理であるが、それでもいきなり裸になるというのはどうかと思う。
「安心なさい。とって食べたりとかはしないから」
「そんな心配はしていません」
「じゃあ、逆にクロム君がむらむらきてお姉さんを襲う可能性はあるのかね」
「あ、ありませんよ、そんな」
「なら脱ぐ脱ぐ。これから行うのは魔術の儀式。そういうえちぃなのはないから」
そう言われてしまえば脱ぐしかない。
僕はシャツを脱ぎ、ズボンを脱ごうとしたが、それはカチュアにとめられる。
「こらこら、誰が『全裸』になれと言ったかね。脱ぐのは上半身だけよ」
くすくす笑いながら言うカチュア。
この人は絶対に確信犯だ。僕が戸惑うのを見て楽しんでいる。
そう思ったが、不平は漏らさず彼女の指示に従った。
上半身だけ衣服を取り去ると、彼女に背を向ける。
彼女は自分の鞄から、なにか道具を取り出す。
ヤモリや昆虫の死骸などが見えたような気がするが、「材料は尋ねない方が精神衛生上いいわよ」という彼女の忠告に従い、中身は尋ねなかった。
彼女はそれをスリコギで潰すと、ポーションと混ぜ合わせる。
嫌な匂いが漂ってくる。
その匂いの発生源の物質ができあがると、彼女は鞄からひときわ立派な毛筆を取り出す。
どうやら作っていた薬品は、インクらしい。
無論、ただのインクではなく、魔法のインクなのだろうが。
そのインクは黒を基調としていたが、怪しいオーラで発光している。
なにか魔力の波動のようなものを感じる。
それくらいは魔力Dの僕でも分かった。
おそらくであるが、あのインクと毛筆で僕の背中になにかを書くつもりなのだろう。
カチュアは僕の背中に手を当てると、こう言った。
「いい身体をしているね。筋肉質だけど、マッチョではない。猫科の肉食獣みたい」
ほれぼれするわ、と僕の背中をさする。
カチュアの手は絹のようになめらかだった。
「戦士としては理想的な肉付き。でも、魔術師としてはどうかしら?」
彼女は確かめるようにインクにひたした毛筆で僕の背中になにかを書く。
「この毛筆は、白獅子と呼ばれる草原の王のたてがみから作った特別な筆。これに魔法のインクをひたして魔法陣を背中に書くと、君の適性がある程度判断できるわ」
「僕がどの系統の魔法が得意か分かる、というわけですね」
「そうね」
「どきどきです」
「もしかしたら魔法適性がないかもしれないけど」
「そんな人いるんですか?」
通常、どんな人間も魔法の素養があり、訓練をすれば最低限の魔法は使えると聞いていたが。
「希にいるわ。でも、安心して、そうはならなかったから」
彼女がそう言うと、僕の身体が光に包まれる。
その光の色によって僕の魔法適性が分かるわけだけど、残念ながら僕の目には見えない。
背中側に目がないからである。
僕の背中はいったい、何色に輝いているのだろうか。
気になって仕方ないが、その答えはカチュアが、
「こ、これは!?」
という言葉を発したあとに判明した。




