魔術を習う
カレンに冒険許可証を発行してもらうと、それを握りしめ、迷宮の入口へ向かう。
いつものように迷宮の入口は冒険者でごった返していた。
「まるで遊園地の遊具乗り場に並ぶ子供みたいね」
とはカチュアの言葉だが、言いえて妙なたとえである。
冒険者は皆、目を輝かせていた。
皆、確たる目的がありダンジョンに潜っているためだろう。
あるものは金銭、あるものは名誉、あるものは充足感を求めダンジョンに潜る。
得られるものは少なく、ときにはすべてを失うこともある危険な行為であったが、だからこそ冒険者たちは子供のような人たちが多いのかもしれない。
もっと目端が利く人間ならば、冒険者など目指さず、商人にでもなるか、兵士にでもなる。
その方が安定した生活を得られるからだ。
「要は冒険者って馬鹿の集まりなのね」
とカチュアは要約してくれるが、間違っていないだけに反論できない。
そしてこの僕も間違いなく馬鹿だ。
この入宮管理室にやってくるのは4回目であるが、いまだに心臓をたからならせドキドキする。何度やってきてもこの先に迷宮が広がっていると思うとその気持ちがはやってしまうのだ。
あるいはこの場にいる冒険者で一番救いがたいのは僕なのかもしれないが、カチュアもそれに気が付いたのか、冒険者の悪口は言わなくなった。
代わりにぼそりとこんなことを口にする。
「まあ、冒険者任せにしないで自分もダンジョンに潜るのだから、あたしも馬鹿のひとりなのだけど。ああ、これってやっぱり血筋なのかしら」
血筋? ということは彼女の血縁に冒険者がいるのだろうか。
尋ねたかったが、尋ねようとしたタイミングで、管理官の審査が始まる。
管理官はいつものように迷宮の危険を口頭で説明し、もしも命を落としても冒険者協会も評議会も責任は取らない旨を伝える。
その後、こまごまとした注意、それと最近起こった事故などの説明を受けると、僕とカチュアは迷宮第一階層に足を踏み入れた。
第一階層に広がる平原は、まるで本物の草原のように爽やかな涼風を運んでいた。
第一階層に用はないので、僕たちは速足で駆け抜ける。
僕たちが目指すのは第四階層にある古代魔法文明の眼鏡工房を探すことだ。
第一階層に用はない。
「本当ならば転移装置を使って第三階層辺りから攻略を始めたかったのだけど」
だけど? とカチュアが訪ねてくる。
「転移装置を使うには多額のお金がかかるんです。カチュアさんからもらう依頼料の利益が吹き飛んでしまうくらいに」
「それは大変ね。なら地道に第一階層から攻略しないと」
と、クスクスと笑う。
「でも、こうして第一階層を歩くのも悪くはないわ。あたしはエルフだから自然が好きなの。この第一階層は風精霊の息吹であふれている。
そう言うと一陣の風が舞い、彼女の美しい髪をなびかせる。
その姿はとても美しく、絵画に納めたいほどであった。
思わず見とれていると、彼女は悪戯好きの妖精のように僕の顔を覗き込んできた。
「んー? んー? どうしちゃったかな。お姉さんの顔に見とれちゃって。さては惚れた?」
「そ、そんなことないですよ。僕はカチュアさんを一依頼人としてしかみていません」
「あららー、それはそれで傷つくわね」
女は女として見られないととても傷つくのよ、たとえエルフでもね。
と悲しそうな顔をした。
僕は慌ててフォローするが、彼女は途端、にかりと笑う。
「なーんてね、クロム君、本気にした? カチュアお姉さんは少年に手を出すほどモテない女じゃないのだよ」
はっはっは、と冗談めかしながら笑う。
「まあ、それでもクロム君もあと10年くらい研鑽を重ねて、男としての色気を醸し出せれば、恋人候補にしてあげてもいいわね」
と言う。
反応に困るが、一応、「精進します」と言うと、彼女はこう言った。
「ところでさっきからクロム君はあたしに敬語を使うけど、それはよくない。よくないよー。感心しないな」
「え? でもカチュアさんは依頼人だし、かなりの年上だし」
「でも、見た目はぴちぴちでしょ? その内面も。だから気にせずため口で話してよ」
「そ、そうですか?」
と言うと彼女は軽く睨んでくるので、意識して言葉を選ぶ。
「そ、そうだね、カ、カチュア」
「ちょっとぎこちないけど、よろしい。これからカチュアさんとか呼んだら、銀貨1枚の罰金だからね」
それは困るので絶対に『さん』付けはやめよう。そう思った。
そんなふうに会話をしながら第一階層を進んでいくと、第二階層への階段が見えてくる。
思ったよりも早く着いた。
道中、モンスターに出くわさなかったのが奏功したのだろう。
これは運がいいな、と思っていると、最後にこんなオチが待っていた。
第一階層へ続く階段が見えた瞬間、近くにあった穴から一角兎が飛び出てくる。
それも一匹や二匹でなく四匹も。
さらに彼らは繁殖期の雄のようで荒ぶっていた。
戦闘は避けられない、そう思った瞬間、一角兎たちは燃え上がる。
見れば後衛に控えていたカチュアがいつの間にか呪文を詠唱し、《炎柱》の魔法を唱えていた。
彼女の作り出した炎の柱は、瞬く間に一角兎たちを丸焼きにしていた。
どうやらカチュアという女性は見目麗しいだけでなく、魔術師としても一流のようだ。
ただ、ちょっとだけ手加減ができないのが玉に瑕、と自分を評する。
確かにその通りかもしれない。
彼女の倒した一角兎は皆、丸焦げであった。
一角兎はその名の通り兎で、冒険者の間で貴重なたんぱく源として重宝されていた。
だから倒す際はなるべくその肉を損壊しないように注意するのが冒険者の間で常識となっている。
そのことを話すと、彼女は「確かにそのとおりね」と納得してくれたようで、次からはちゃんと食べられるように倒す、と約束してくれた。
まあ、それでも彼女の魔術師としての実力の一端を見れたのは良いことであった。
最初、僕は彼女を足手まといになるのではないかと、危惧していたのだが、それはとても失礼な感想だったようだ。
あるいは召喚獣や使い魔などを使われたら、僕などでは勝てない相手なのかもしれない。
そう思た僕はとある決意をした。
前々から考えていたことを実行するいい機会だと思ったのだ。
その夜、カレンに作ってもらったお弁当を食べながら、焚火で暖をとっているエルフの女性に尋ねる。
いや、お願いする。
「僕に魔法を教えてくれませんか?」
図らずも敬語になってしまったが、人にものを教わるのだから当然の口調であった。
彼女は咎めることはない。
ただ、少し驚いているようで、
「……本気?」
と尋ねてきた。
本気も本気なので、力強くうなずく。
彼女は僕の瞳を覗き込むと、その決意のほどを感じ取ってくれたのだろう。
おどけながらであるが、弟子入りの許可をくれた。
「この大魔術師カチュアさんの弟子になるのだから、生半可な気持ちではいないことね。目指すなら迷宮都市一、いいえ、この国一番の魔術師を目指しなさい」
「それはいいのだけど、それは師匠であるカチュアを超えるということでは?」
彼女は悪童のような表情でこう質問に答えた。
「残念、あたしはこの大陸一の魔術師なのよ」
なるほど、その言葉を聞いた僕は、彼女とともに笑顔を漏らした。
こうして僕はカチュアに魔法を教わることになる。




