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つかの間のひととき

 僕は迷宮にもぐる準備をするため、ギルドへ帰る。


 準備といってもカレンがほとんどやり終えてくれており、冒険に必要な道具や着替えを受け取るだけなのだが。


 案の定、カレンは完璧に準備をこなしていてくれた。

 たいまつ、ランタン、燃料、ポーション、食料、すべて揃っていた。

 破れかけていた下着も綺麗に縫い繕ってくれており、新品同様だった。


 リルさんは、

「こんな新妻のような真似をさせるなど、もはやカレンを嫁にもらうしかないな」

 と茶化す。


 カレンもカレンで頬を染めている。

 器用な人だ。自在に頬を染められるなんて。

 しかし、カレンはとあることに気がつくとすぐに演技をやめる。


「あの、クロムさま、その後ろにいる女性の方は?」


 カレンはやっとカチュアの存在に気がついたようだ。


 リルさんはその鼻でかぎ分けていたようだが、あえて黙っていたようで、カレンがいつ気がつくか観察していた節がある。


 相変わらず茶目っ気たっぷりの神獣さまだ。


「おそらく彼女が件の依頼者なのだろう。ここに連れてきたということは依頼を受ける、ということでいいんだな?」


 リルさんは僕に尋ねる。

 僕は首を縦に振る。


「よろしい、ならばなにも言うまい。少年が人物鑑定をしたのならば、その娘に間違いはないということだからな」


「お褒めにあずかり恐縮です」


 と、カチュアはぺこりと頭を下げる。

 ただし、帽子は取らない。

 その尖り気味の耳も帽子の中に押し込んでいる。


 彼女は自分がエルフであることを隠すつもりのようだ。


 もっともリルさんにはばればれのようだが。


「しかし、エルフの娘か。まさか森から出てきたばかりの田舎者ではあるまいな。キノコで依頼料を支払われても困るぞ」


 失礼な物言いであるが悪意はない。

 カチュアもそれは分かっているので怒らないが、こんな質問を返す。


「どうしてあたしがエルフだと分かったのです?」


「匂いじゃな」


「そんなに臭うかしら?」


 くんくん、と魔術師のローブの袖の匂いをかぐ。


「フェンリルをなめるでない。数百メートル先に落ちているカレーパンの匂いもかぎ分ける。店の名前から作った職人の名前も当てるぞ」


 ちなみにカレーパンは彼女の大好物である。


「おまえさんからはエルフ独特の匂いがする。森の匂いだな」


「エルフの森にはここ数年帰ってないけど」


「それでもそうそう取れるものじゃない。そもそも森を離れていても食生活は、キノコや野草が中心なのだろう? それで分かる」


「なるほど、エルフだと悟られたくないときは香水でも付けてきます」


「それがいい」


 と、答えるリルさん。


 どうしてエルフであることを隠すのか、僕には理解できなかったけど、耳を隠したり、香水を付けたとしても、そのうちばれると思う。


 エルフの特徴はなんといってもその尖った耳であるが、それ以外にも特徴は多い。

 金色に輝く絹の糸のような髪。

 風精霊の彫像のようなスレンダーで中性的な体型。

 見る人が見ればすぐに気がついてしまう。


 彼女のようにとんがり帽子を深くかぶり、耳を隠しても、魔術師のローブでその体型を隠しても、森の妖精独特の美しい顔立ちは隠せない。


 実際、カチュアという女性は僕が見た女性の中でも五指に入る美女であった。


「ちなみにその五指って誰?」


 と聞いてくる聖剣のエクス。

 一応答える。


「姉さん、リルさん、カレン、カチュア、それにニアだよ」


 その答えを聞いて、

「全員、身近な知り合いじゃん」

 という突っ込みをもらうが、彼女は納得しているようだ。


「まあ、実際、クロムの回りには美人ばっかり集まるからね。クロムの隠しスキルに【ハーレムS】というスキルがあっても驚かないよ」


 と茶化してくる。


「そんなスキルよりも戦闘関連のスキルを充実させたいよ」


 と、返す。

 そんなやりとりをしていると、カレンが手招きをしている。

 にこにこと穏やかな笑顔をたずさえている。

 僕は彼女の側に行こうとするが、エクスが不吉な言葉を漏らす。


「外面菩薩内心夜叉」


 エクスにしては難しい言葉を知っているな、そう思った。その意味は外面は女神のような穏やかな笑顔を浮かべていても内心は悪鬼のように怒り狂う女性、という意味である。


「クロムは次々と『女』を連れ込むからね。カレンさんの堪忍袋の緒も切れかかっているんじゃないかな」


 そう論評するが、さすがにそれはないと思う。


 そもそも僕とカレンはただの冒険者とギルド嬢という関係であって、それ以下でもそれ以上の関係でもない。


 僕が誰を連れてこようが焼きもちなど焼くはずがないのだ。

 ――だと思うけど、一応、怖いのでおそるおそる彼女のもとへ向かう。


「あ、あの、なにか御用ですか?」


 思わず敬語で話しかけてしまうが、カレンは怒った様子はない。

 彼女はカチュアの好みを尋ねてきた。


「クロムさま、カチュアさまのお好みなどを知っていますでしょうか?」


 取りあえず知っている情報を話す。


 彼女はコーヒーを泥水のように嫌っており、香草のお茶を愛飲している旨を伝えると、カレンはほっと胸をなでおろした。


「事前に聞いてよかった。ちょうど、いいお豆が手に入ったので、コーヒーをお出しするところでした」


 それは不幸中の幸いだ。

  

「よかった。コーヒーの方もそそられるけど、それは冒険から帰ってきてのお楽しみにします」


「その前にリルさまが全部飲まれてしまうかもしれませんが」


「その可能性は高いかも」


 と言うと僕とカレンは笑った。

 カレンはそのまま台所に向かうと、香草茶を人数分用意する。


 カチュアはその香気に大満足で、リルさんもまんざらではない顔でお茶に口をつけていた。


 その間、軽くかわされる談話。

 カレンはそのまま台所に向かうと、夕飯の準備を始めた。

 彼女は最後に言う。


「このまま迷宮に旅立たれるのは結構ですが、最後にわたしの料理を食べて行ってください」


 と――。


 もちろん、その提案を断る理由はなかったが、彼女は最後に冗談めかして言った。


「クロムさま、どんどん女性を連れてくるのは結構ですが、お酒は2合、女性も2号までですからね。それ以上望むと、破滅的な結末が待っています」


 と、無表情で言った。

 表情がないだけになんだか少し怖かったが、僕はこう言うしかない。


「……肝に銘じておきます」


 その言葉を聞いたカレンはいつもの笑顔を取り戻すと、いつものようにおいしい夕ご飯を作ってくれた。


 心なしか、僕の分だけ多めに作ってくれたのには意味があるのだろうか。


 そんなことを考えながら、ポトフに入っていたソーセージを持て余すようにフォークで突いた。

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