創造魔術
スケルトン・ドッグとの戦いは思いの外苦戦を強いられた。
犬科の生き物はもともとはしこく、剣でとらえにくい。
その上、肉がそげ落ちているものだから、余計に命中する箇所がなくなる。
「当たった!」
と思っても、あばらの一本だったり、頭部の一部だったり、骨犬の動きを封じる致命的な一撃は与えられなかった。
「厄介だな、アンデッドってやつは」
アンデッドと戦うのは初めてである。
アンデッドとはすでに死んでいる生物のことを指す。すでに死んでいるので異様に耐久力が高い。
普通の生物ならば急所を破壊すれば殺せるのだが、アンデッドの場合は動きをとめるほどの致命傷を与えなければならない。
例えば目の前の犬の場合は、大腿骨をへし折るか、背骨をへし折れば動けなくなるだろう。
たぶん、頭部を破壊しても効果はない。
なのでそのように立ち回る。
「まったく、アンデッドって、きんもい上に、面倒だよね。今は一匹だからいいけど、これと迷宮で遭遇したらと思うと鬱だ」
エクスはアンデッドが嫌いなようだ。
なんでもゾンビ系が特に嫌いなようで、ゾンビを斬ったときの独特の感触と、刀身に付着する脂が苦手とのこと。
「もしもゾンビと戦う場合は素手で戦ってくれない?」
とのことだったが、なんとやる気のない聖剣なのだろうか。
そう思ったが、口にはせず、犬の動きを注視した。
こいつはアンデッドだが、元々は犬。
その動きは犬そのものであった。
両足を大地につけ、こちらののど笛をかききろうと虎視眈々とこちらを狙っている。
わずかでも隙を見せれば、僕も死体になりかねなかった。
僕は厭がるエクスをかまえると、剣を上段から振り落とした。
大ぶりではない。
スケルトン系のモンスターならば当たりさえすれば、倒せるはずである。
そう思って小技主体でせめたのだが、その発想は悪くなかった。
僕の剣は見事に骨犬の大腿骨に命中、骨犬はバランスを崩した。
地面に崩れ落ち、歩けなくなった。
これで僕の勝ち!
そう思った瞬間、骨犬はその期待を打ち砕く。
ぷるぷると震えると、砕けた骨が再生する。
「く、このスケルトン、自動修復機能付きか」
そう漏らした瞬間、創造主であるカチュアは、
「正解♪」
と微笑む。
「戦闘力自体はたいしたことないけど、厄介な相手よ。全身を粉々に砕くか、骨犬の魔力が尽きるまで、行進をやめない」
さあ、どうする? 的な顔をしてくる。
創造主本人にそんな顔をされると多少、いらっとするが、そんな顔をするということは、なにか対応策を教えてくれるのではないか、そんな期待を込めて尋ねた。
「どうすればいいと思います?」
そうね、と彼女は形の良いあごに白い指をおいて考える振りをする。
「いくつかあるけど、まずは一番オススメなのから聞く?」
「聞きたいですね」
と言うと僕は彼女の言葉に耳を傾ける。
その間、骨犬は攻撃を仕掛ける様子はなかったが、それでも戦闘態勢は解かない。
「一番のオススメはあなたよりも頼りになる冒険者を紹介してくれることかしら。骨犬ごときに手こずるような子はちょっとね」
「もうしわけないけどそれはできない」
「どうして? プライドの問題?」
「それはないよ。たしかに僕は頼りないからね。問題なのはフェンリル・ギルドには冒険者は僕しかしないからチェンジはできないんだ」
「なるほど、聞きしに勝る零細ギルドね」
「その分、依頼料が安かったですよね?」
「そうだけどね。じゃあ、おすすめふたつ目、あなたでいいから、依頼料をちょっとだけディスカウントしてくれない?」
「値引きですか……、それはリルさんが怒るからなあ。第三の選択肢はないんですか?」
「あることはあるけど、難易度は高いわよ」
「一応、聞いておきます」
そう、と言うと、彼女はこほんと咳払いをする。
「実はあたし、創造魔術が得意なのよね」
「クリエイト・マジック?」
「なにかを作り出す魔術のことよ」
「へえ」
と、視線を骨犬に向ける。
「こらこら、あっちは見ないの。あれは死霊魔術で作り出したものよ。ほんの余技にしか過ぎないわ。あたしはもっと凄いものを作れるの」
「例えば?」
「そうね、簡単な物質ならすぐに。例えば剣とか槍とかね」
「それは付与魔法とは違うのですか?」
「付与魔法はあらかじめ存在する武器に魔法を付与するの。創造魔法は文字通りゼロから創造するのよ」
「それはすごい」
彼女は誇らしげに言う。
「すごいのよ。この魔法があれば、迷宮奥深くで剣を失っても、その場で作れる。迷宮で刺突武器しか聞かないモンスターに出くわしてもそれに対応できる。とても役立つ魔法」
「みっつ目はその魔法の実験台になれということですか」
「正解。そんな嫌な顔しないの。あなたにもメリットはあるでしょう」
「たしかにそうだ。じゃあ、ここで大金槌を創造できますか?」
「できるけど、あたしにメリットがあるの?」
「カチュアさんの護衛がなかなか頼りになるところを見せられる」
「それは興味深いわね」
でも……、と続ける。
「あたしの作る大金槌はとんでもないわよ。オーガの頭蓋骨も粉砕できるけど、その代わり、重く、扱うのが困難。筋力と体力のステータスがBはないと装備できないの」
「それは大変だ」
「クロム君はそんなにマッチョじゃないしね」
「でも装備はできます。だから作ってくれませんか?」
「あたし、無駄は嫌いなんだけど」
「さっき僕の固有スキルを見せましたよね? 僕にはこの場を切り抜ける固有スキルがあります」
「例のアレね? 本当に役立つのかしら」
半信半疑のようだ。
彼女を納得させるため、大言壮語を吐く。
「もしも装備できなかったら、ただで依頼を引き受けますよ」
彼女は間髪いれずに呪文を詠唱する。
どうやらかなりの守銭奴のようだ。
なにもない空間が歪むと、そこから大きな金槌が出てくる。
それがごとりと地面に落ちる。
拾い上げるが、たしかに重く、これを装備するには相当のステータスが必要そうであった。
しかし、僕には関係ない話である。
【なんでも装備可能】
が聖剣以外でも役に立つ機会がやっときた。
いや、本来の使い方がやっとできるのかもしれない。
僕の固有スキル、【なんでも装備可能】はその武具の最低ステータスに達していなくてもその武器を装備できるというスキルだった。
一見、役に立たないスキルに思える。
必要ステータスに達していない武器を装備しても満足に使いこなせないからだ。
しかし、その武器のポテンシャルを十分発揮できなくても、装備できるというだけで意味はある。
例えば目の前にいる骨犬。
このアンデッドの弱点は明らかに打撃属性だ。
ここで打撃属性の武器の一撃を与えれば、聖剣で攻撃した以上のダメージが与えられるだろう。
それは明白というか、ただの事実でしかなかった。
ステータスが足りないゆえ、ふらふらの構えになってしまうが、僕は大金槌を持ち上げると、それを骨犬に振り下ろした。
無論、骨犬も馬鹿ではないので、それを避けるが、それも想定済みであった。
あえてフェイントを織り交ぜると、骨犬が避けた先目がけ、大金槌の軌道を変える。
その小細工は見事に通用した。
所詮は犬畜生の脳みそだね、とは腰のエクスの言葉だが、それには同意できない。
なぜならば骨犬には肉はおろか脳みそすらないのだから。
そんなやりとりのあとに振り下ろされた大金槌は、見事に骨犬に命中する。
骨犬の中央、背中に振り下ろされると、そのまま背骨をへし折った。いや、粉砕した。
それで骨犬は戦闘不能となる。
一撃で勝敗は決したのだ。
その姿を見ていたカチュアは目を丸くさせている。
「……これがクロム君の固有スキル、【なんでも装備可能】の威力、いえ、可能性。すごい……、すごいわ」
彼女はそうつぶやくと、こちらの方へくるり、と振り向き、握手を求めてきた。
「あなたを雇うことに決めたわ。それに追加の依頼料も払う」
満面の笑みだった。
しかも追加金までくれるとは剛毅だと思った。
どうやら彼女は守銭奴であるが、吝嗇ではないようだ。
要は金のありがたさと使い方を知っているまっとうな人物であった。
そう察した僕も彼女の依頼をこころよく受けることにした。




