カレンと朝一番に朝市
翌日、約束通りカレンと朝市に出掛け、ギルドの食料を補充する。
「今日は男の人がいるから」
とカレンはいつもより張り切って買い物をしていた。
買い物をしていて気がついたが、彼女は外に出るときもメイド服だ。
仕事中なのだから当然なのかも知れないが、祝日もメイド服を着ている。
もしかしてメイド服しか持っていない疑惑が僕の中に生まれるが、彼女は僕の心を読んだかのように発言する。
「クロムさま、あまりわたしを馬鹿にしないでくださいまし。わたしだって女の子。普通の服も持っていますわ」
なぜにばれたのだろうか、焦っていると彼女は答えを教えてくれる。
「クロムさまは思っていることが顔に出やすいです。それにその視線で分かります」
どうやら僕は彼女のメイド服を食い入るように見ていたらしい。
彼女の着ているメイド服は、この世界ではオーソドックスなものだ。
ホワイトプリムと呼ばれるカチューシャみたいなものを頭に付け、ひらひらのロングスカートのワンピースの上に真っ白なエプロンを着ている。
別名、エプロンドレスというらしいが、とてもよく似合っていた。
まるで神が彼女のためだけにデザインしたようなものである。
さて、そんな彼女が持っている私服とはどんなものだろうか。興味があるので尋ねてみるが、彼女は悪戯好きの妖精のように微笑みながらこう言った。
「わたしの私服を見ることができるのは、家族か、恋人だけなんですよ。そのどちらかになってくれますか?」
それは難しいお願いだ。
僕にカレンを恋人にする度胸も甲斐性もない。
もしもカレンを恋人にすれば、少なくともこの朝市にはやってこられなくなるだろう。
なぜならばカレンはこの朝市の人気者だった。
老若男女問わず次々と人々が声をかけてくる。
「あ、カレンちゃん、今日は活きのいい魚が入っているよ」
「カレンちゃん、カレンちゃん、今朝入荷したイチジクが美味しいよ」
「あら、カレンちゃん、ちょいとうちの店にもよっておくれよ」
と、朝市の店主たちはこぞってカレンに声をかける。
特に青年の店主に大人気で、ほぼ全員が声をかけていたし、店先の商品を買えば必ずオマケをつけてくれる。
そんな中、彼女の恋人に立候補したら、きっと僕はもう二度とこの朝市を歩けなくなるだろう。
というか、現時点で男たちから、殺意にも似た視線を感じる。
なんだこのどこの馬の骨とも分からない小僧は、彼らの視線と表情はそう言っていた。
それに気がついたカレンは、さらに悪戯心を刺激されたようで、関係を問いただしてきた青年商人にこう言った。
「フィアンセですわ」
と。
それだけならばまだいいが、彼女は悪ふざけで僕と腕を組むものだから、周囲にいた商人たちが一斉に誤解した。
涼やかな朝市が一転、戦場の空気に変わる。
肉切り包丁で肉を切っていた店主の手がとまり、こちらを睨んでいることに気がついた僕は、カレンを説得し、さっさとその場をあとにした。
これでしばらく朝市に顔を出せない。
そう嘆くと、カレンはくすくすと笑う。
「クロム様は気にしすぎなんですよ。わたしごときに恋人ができたところでこの世のなにが変わりましょう」
この世界の人口が一減るよ、それにメルビル家の男系の血統が途絶える。
そう言うと僕は大量の戦利品、食材を持ちながら、館へ帰った。
その後、その食材を調理してくれるカレン。
カレンが作ってくれたのは、新鮮な卵と牛乳で作ったフレンチトーストだ。
それにカリカリのベーコンが添えられている。
とてもクリーミーでおいしく、朝からこんなにうまい朝食が食べられるのは幸せ以外のなにものでもなかった。
こんなふうに穏やかに迷宮都市の生活を楽しむが、いつまでも遊んではいられない。
僕の職業は冒険者、冒険者は冒険をしてこそなんぼというか、冒険をしない冒険者は冒険者ではない。
それにこのフェンリル・ギルドの財政は決して豊かではない。
このように自堕落に過ごしていては、やがて明日のパンにも困るような生活が待ち受けているだろう。
働かざるもの喰うべからず、それはこの世界の常識であり、真理でもあった。
このギルドのマスターのように「働いたら負け」と毛繕いと昼寝ばかりして過ごすのは、神獣にだけ許された特権であった。
人間である僕たちは働かなければいけない。
なので朝食を取り終えると僕たちはお仕事をする。
昨日、冒険者ギルド協会から配布されためぼしいクエストに目をやる。
その中でなるべくお金になりそうなものを探す。
カレンと僕は一生懸命に探すが、リルさんはやる気がない。
「少年、これなんかどうだ? 錬金術ギルドより募集。薬を飲んで寝ているだけで金貨30差し上げます」
「……いやですよ」
言下に断る。
それは治験というやつで、危ない仕事だ。
どんな副作用があるか分からない。
僕の知人が受けたときは、足の裏にびっしりと毛が生えて小人族のようになってしまった。
おかげで隠密性は増したそうだが、ブーツを履くと蒸れると嘆いていた。
それを知っているだけにそんな仕事はしたくない。
「そうか、あ、ここになにがあっても責任は負いません、と小さく書いてあるな。やはり受けない方が正解か」
そういう文字はしっかり読んで欲しいが、リルさんにそれを求めるのは酷なので、彼女を無視するとカレンと仕事を探した。
しかしなかなか見つからない。
むろん、仕事は大量にあったが、短時間で効率よくお金を稼げる仕事は少ない。
そういうのはもっと上位のギルドに回されるのだ。
ゆえにEランクであるこのギルドに回されるのは、今みたいな怪しげなものか、あるいは逆に簡単すぎて報酬が低いものばかりだった。
まったく、やはり低ランクギルドはつらい。
そう思っていると、一緒にクエストを探していたカレンが「あ……」という言葉を漏らす。
彼女は無駄に驚くような娘ではないので、なにか発見があったのだろう。
僕とリルさんの視線が集まる。
カレンは一枚の書類を読み上げる。
「とても報酬のよいクエストを見つけました。しかもレベル10以下の冒険者でも受けられるお仕事です」
「ほお、それはいいな。報酬はいかほどだ?」
「金貨50枚です」
「金貨50枚だって!?」
驚くリルさん。
僕も同じだ。
金貨50枚といえば迷宮都市の上級役人の月給にも相当する。
それだけの金貨があれば、ひとり暮らしの男ならば節約すれば半年は暮らせるだろう。
それくらいのお金だった。
「そんな割のいいクエストが我がギルドに斡旋されるなんて有り得るのか?」
とはリルさんの言葉だった。
このフェンリルギルドは評議会にうとまれており、なかなかいい仕事が斡旋されないとリルさんは嘆いていた。
事実、僕もこんなに割のいい仕事が貰えるだなんて思っていなかったので驚きだ。
どうしてこのギルドに、的な顔をしてしまう。
カレンはその答えを教えてくれる。
「実はこのクエスト、評議会の下部組織であるギルド協会からのものでなく、このギルドに直接もたらせられたものなのです」
「依頼人からの直接依頼か」
「はい、手違いでまざってしまいました」
「直接依頼?」
聞き慣れない言葉だった。
カレンが説明をしてくれる。
「直接依頼とは、評議会やギルド協会からもたらされるクエストではなく、依頼人個人からもたらされるお仕事です。館の前に郵便ポストとは別に白いポストがありますよね? あれに個人的な依頼が入ることがあります」
もっとも、Eランクギルドである我がギルドには滅多に入ることはないのですが。
と続ける。
「入っていても、猫を探してくれとか、カナリアを探してくれとか、浮気調査をしてくれとか、ろくなものがないから無視をすることが多いのだが、こんなにも割のいい仕事がくるとは珍しいな」
リルさんは、依頼人は誰だ? と続けるが、すぐに「いいや――」と首を横に振る。
「この際、依頼人など誰でもいい。金貨50枚をくれるのだからな、悪魔にでも魂を売るさ」
そんな無責任な、とはいわなかった。
このギルドはもっかのところ金欠であったし、この迷宮都市にはそんな悪人はいないだろう。
ちらりと依頼の手紙を見たが、丁重な文字で書かれており、とても悪人のそれには見えなかった。
ましてや悪魔が書いたとは思えない。悪魔ならばきっと人間の血をインク代わりに書くだろう。
カレンもそれには同意のようで、「クロムさまが受けるのならば反対はしませんわ」と言ってくれた。
無論、僕はふたつ返事で依頼を受けると、その内容に耳を傾けた。




