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その住み心地はSランク

 フェンリルの館に帰るとリルさんが扉の前に立っていた。

 腕を組んで仁王立ちである。

 いったい、なにが起こったのだろう、と思ったが、心当たりはあった。

 僕はカレンに「その辺を散策してくるよ」と言った。

 言った本人も言われた方も夕食までには帰ってくると思ったことだろう。


 まさか街中で偶然ニアと出逢い、そのまま学者ギルドに連れて行かれて、そこでゴーレムと戦うなどとは夢にも持ってなかった。


 さらにそこで夕飯を御馳走になり、帰りが遅れることなどは想定さえしていなかった。


 これは悪いことをしたかもしれない。

 フェンリル・ギルドの掟に、普段の食事はみんなで食べるというものがある。

 僕はそれを破ってしまったのだ。

 リルさんが怒るのも当然だ。


 リルさんの表情、そしてここまで聞こえてくる腹の虫を聞く限り、彼女が夕飯をお預けになっていることは明白であった。


 それは食いしん坊の犬神様にとって、拷問にも似た苦痛であろう。


 犬が目の前に置かれた骨付き肉を何時間も我慢している姿を想像してみて欲しい。


 リルさんの姿がまさにそれだった。

 怒り心頭の神獣さまは言う。


「少年、私は少年を夜遊びするような大人に育てたつもりはないが」


 育てられた記憶はないが、それでも謝っておくべきだろう。

 僕は頭を下げながら事情を話した。


「お姫様と再会し、学者ギルドに寄っていたのか。そういう事情があるのならば仕方ない――」


 で、終わるかと思ったが、そうはいかない。


「少年の馬鹿ものー! 私はずっと夕食を我慢して待っていたのだぞ。おかげで背中とお腹がくっつきそうだ」


と、服をぺらりとめくるリルさん。彼女の白いお腹が見えたが、さすがにお腹と背中はくっついていなかった。


 はしたないのでやめるようにうながしたのはカレンだった。

 彼女も扉の外まで出てくると、リルさんの服をもとに戻し、頭を撫でた。

 リルさんはブルブルと頭を振るい「子供扱いするな!」と怒った。


 しかし、カレンさんもリルさんの扱いに長けたもので、リルさんの口の中にあめ玉を放り込む。


 リルさんはそれをペロペロと堪能している。

 すぐに機嫌を取り戻す。


 何百年も生きているので子供ではないと思うが、それでも幼稚な性格をしていると思う。


 リルさんは黙って館の中に引き返していった。

 その姿を見送っていると、カレンが振り向いてこう言った。


「おかえりなさいませ、クロムさま。お食事の用意は整っていますよ」


 満面の笑みだ。


 とっくにできているとか、もう冷めてしまったとか、皮肉は一切言わないし、その笑みに嫌みの成分は微塵もない。


 だからこそ逆に申し訳なく思ってしまう。

 僕は申し訳なそうに言った。


「……あの、実はすでに夕ご飯を食べてきちゃったんだ。学者ギルドで。ごめん。だから今日はカレンのご飯を食べられない」


 すでに三食分は食べてきたので、さすがに健康優良児の僕もこれ以上は無理である。


 カレンさんは、

「あら、まあ」

 と口を押さえる。


 でも怒っている様子はない。

 重ねて謝る。


「ごめんね、カレン、一食分を無駄にしてしまって。取っておいてくれれば、明日の朝ご飯にするよ」


 そう言うと、カレンはこう返す。


「それには心配は及びませんわ。リルさまはあんなにお腹をすかせて待っていたのです。きっと、今頃、腹いせでクロムさまの分まで召し上がっていることでしょう」


「それはないんじゃないかな。いや、僕の分まで食べるかもしれないけど、あんなに小柄なリルさんがそんなに早食いできるとは思えない」


「ふふふ、クロムさまは本気を出したリルさまの食欲を知らないのですね」


 彼女はそう笑うと案内するように誘った。


 そこにはすでに僕の分まで料理を平らげ、爪楊枝で歯を掃除しているリルさんがいた。


 彼女のお腹は妊婦のようにこんもりしている。


 どうやら僕の分だけでなく、食材庫にあった予備のベーコンなども食べてしまったようだ。


 これでは明日の朝食の食材もないが、カレンは気にした様子もない。


「大丈夫ですよ。明日は朝、一番でクロムさまと朝市に行きますから」


 朝市か、そこで荷物持ちをすることによって今日の不義理を少しでも贖罪(しょくざい)できるのならば、いくらでも付き合うつもりだった。


「それじゃあニワトリよりも早く起きるね」


 そう言うと、カレンはにこりと笑った。


「はいな、楽しみにしていますね」


 彼女の笑顔は何度見ても癒やされる素敵な笑顔だった。





 館に入るとそのまま談話室へ向かう。

 そこにいるのはリルさんのみ。

 カレンは台所で食器の後片付けをしている。

 リルさんは子供っぽい人だが、陰険な人ではないので、もう機嫌は直っていた。

 不平や皮肉を言うことなく、純粋な好奇心から尋ねてくる。


「学者ギルドに行っていたと言うが、どこの学者ギルドに行っていたのだ?」


「エイブラムさんという賢者がギルドマスターの学者ギルドです」


「おお、大梟ギルドか」


「そんな名前なんですか?」


「そんな名前なんだ。ちなみにそこのギルドマスターはエイブラムではない。ギルドマスターは神獣しかなれないからな」


「ああ、そういえばそうだった」


 エイブラムが一番偉そうというか、皆から慕われていたので勘違いしてしまっていたが、この世界のギルドマスターは基本的に神獣がつとめる。


 中にはなにもせず遊びほうけている神獣もいて、その代理者が実質のマスターをつとめるケースもあるそうだが、大梟ギルドがその典型例なのだそうだ。


「大梟は哲学者を気取っていてな。迷宮の奥深くにある大森林の大木にとまっていつもこんな台詞を吐いている」



「梟、深林に巣くうも止まり木は一枝に過ぎず」



 梟は広大な森林を自由に飛び回るが、実際に羽を休める場所は一本の枝にしか過ぎない、という意味があるらしい。哲学だ。


 そんなわけで大梟ギルドの実質的な指導者はエイブラムとのこと。


「まったく、大梟のやつにはいつかがつんといってやりたいものだ。少年、もしも迷宮でやつにあったら、説教のひとつでもかましてくれ「このリルさんの爪の垢でも煎じて飲め」と」


 彼女はそう言うと、本当に爪切りで爪をカチンと切る。


 それを渡してくるが、いったい、大梟さまはどの階層におられるのだろうか。

 尋ねると、「17」という数字が返ってくる。


 そこにたどり着くまでこの爪を後生大事に持っていられる自信がなかったので、謹んで返却すると僕はそのまま自室へ戻った。


 フローラルな香りがする。


 カレンが花を生けてくれていたようだ。シーツも定期的に真新しくなっており、まるでどこぞのホテルのようだった。


「ああ、いつか独り立ちをしたとき、この環境との落差に戸惑うかも」


 フェンリル・ギルドは決して裕福ではないが、その住み心地はSランクであった。

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