冒険者ギルドへようこそ
「ふふん」
と思わず笑みを漏らしてしまう。
男がそれも往来の真ん中で漏らす笑みではなかったが、それでも嬉しさの方が先立ち、自然と笑みが漏れてくるのだ。
エクスいわく、
「レベルが少しあがっただけでそんなに嬉しいのかい?」
とのことだが、嬉しいのだから仕方ない。
「エクスにはこの喜びは分からないよ、何ヶ月も下水を這い回ったのにレベルをひとつもあげることができなかったのに、たったの一日でレベルが2も上がったんだから」
そう、あれから僕は下水のモンスターを倒しまくって、レベルを一気にふたつもあげたのだ。
ステータス画面に燦然と輝くレベル3の文字。
これで万年レベル1冒険者と笑われることはない。
レベル1の皿洗いとバイト先の客に小馬鹿にされることはない。
ルーキーにもなれない雑魚と冒険者ギルドを門前払いされることもないであろう。
あらためてステータス画面を見る。
クロム・メルビル レベル3 無職冒険者
筋力 D
体力 D
生命力 C
敏捷性 D→D+
魔力 D
魔防 D
知力 D
信仰心 D
総合戦闘力 102→569
武器 聖剣エクスカリバー
防具 旅人の服
固有スキル 【なんでも装備可能】
戦闘関連スキル 【剣術D】 【火魔法F】
何度見ても頬が緩む。
これだけの能力があれば少なくとも門前払いを受けることはないだろう。
Dランクの冒険者ギルド、いや、聖剣を装備している今ならば、CランクやBランクの冒険者ギルドでさえ視野に入るかもしれない。
そう口にすると、エクスはのんきにこう言う。
「どうせならばAランクを目指さない? 男ならばどんとかまえないと」
……それは無理なので無言で答える。
Aランクのギルドは何度も門前払いをくらい、軽いトラウマを持っているのだ。
面接官のさげすむような目、ギルドの中で会った一流冒険者たちに囲まれる場違い感。
それらをもう一度味わうくらいならば、ギルドのランクを少し下げた方が精神衛生上楽だった。
それにCランクやBランクのギルドに入ったからって、一生、そのままというわけではない。
ギルド内でキャリアアップを重ねれば、より高位のギルドに引き抜かれることもあったし、自ら望んで転職することもできる。
それにだけど、そのギルドで活躍し続ければ、ギルド自体の評価が上がり、ギルドのランクをアップすることもできる。
なにごともこつこつと地道にがモットーの僕にとってはそっちの方が性に合っているかもしれない。
そう思いながら街におもむき、ギルドを探そうとした。
「さすがに以前応募したギルドは避けることにしよう」
落とされたのは昨日の今日であったし、面接に行くのは気まずい。
それに僕の将来性も考えずに不採用にしたギルドに入ってもいいことはなにもないような気がした。
なので今まで一度も応募したことないギルドを探すため、迷宮都市の地図を開く。
そこには主要なギルドがすべて書かれていた。
冒険者ギルドはもちろん、大工ギルド、商人ギルド、職人ギルド、魔術師ギルド、それに変わったところでは盗賊ギルドの場所も記載されていた。
この町で職を求めるためのバイブル的な地図であるが、さすがは金貨3枚もしただけはある。かなり役に立ってくれる。
網の目のように張り巡らされた路地を見渡し、現在地を探る。
そこから一番近いギルドを探すつもりだったが、一番最初に見つけたのは意外にもエクスだった。
「あ、いいギルドみっけ。クロム、ここに行こうよ」
と、彼女が青白いオーラで指さしたのは、この近くにあるギルドだった。
女の子は地図が読めないというけど、エクスは例外のようだ。
身体が鉄でできているからだろうか。
そんな考察をしたが、いくら考えても無駄なので、彼女に勧め通りそこに向かった。
地図には、
【Bランクギルド フェンリルの咆哮】
と書かれていた。
丁度、背伸びをしてBランクギルドに挑戦するつもりだったし、都合がいいだろう。
そう思いながら地図を眺め、目的地へと向かった。
Bランクギルド、フェンリルの咆哮は迷宮都市の目抜き通りから一歩奥に入った場所にあった。
少し寂れた場所にあるが気にしない。
ここが商人ギルドならばこの活気のなさに不安を覚えるかもしれないが、幸いなことにこのギルドは冒険者ギルド。一般客が訪れることはあまりないので、このように閑散としていても不思議ではない。
そう思いながらギルドの門を叩こうとしたが、そこでとあることに気がつく。
ギルドの扉の前に掛けられた看板に違和感を覚えたのだ。
その看板を注視する。
「どうしたの? クロム」
聖剣であるエクスが心配そうに声を掛けてくる。
「いや、ここってたしかBランクギルドだよね?」
「そのはずだけど」
「でも、この看板には大きくAランクって書いてある」
「なんだ、そんなことか。それはたぶん、その地図が古いんじゃない?」
「地図が古い?」
改めて確認すると、発行年度は王国暦270年だった。今年は282年だから12年前の地図ということになる。
「たしかに古いや。つまりこの12年でこのギルドはBランクからAランクに昇格したということか」
となると当初の目標より上のギルドとなってしまうが、ここまできて引き返すのもしゃくだ。それにこれはなにかの天命かもしれない。
神がこのギルドに導いてくれたのかもしれない。
そんなことを考えながら、ギルドの門を叩いた。
鉄のドアノッカーは少しさびていたが、それでもその役目を果たし、内部のものへ来客の存在を告げてくれた。
しばらくすると、重たい扉は開かれる。
そこには可愛らしいメイド服をまとった少女がいた。
彼女は陽光のような笑顔をたたえながらこう言った。
「ようこそ、我がギルドへ」
冒険者ギルドに似つかわしくない少女であったが、それでもここは目当てのギルドのようだ。
しばし彼女の笑顔に見とれながら、彼女が発する次の言葉を待った。