マッド・ゴーレム
ゴーレムとの手合わせは、ギルドに面した実験棟で行なわれた。
そこにある円形闘技場で行なわれる。
ギルドの横に円形闘技場があるなどとは思っていなかったので、ちょっと驚く。
エイブラムの弟子である青年が説明してくれる。
「学者ギルドは魔術師ギルドや錬金術師ギルドと違って、大規模な実験はしません。ですが、モンスターの生態を調べるため、モンスター同士を戦わせたり、モンスターとゴーレムを戦わせたりするのです」
ときには剣奴を借りてきて、モンスターと戦わせることもあるんですよ、と青年は言った。
やばんだなあ、そんな表情をしてしまったのだろうか、ルミナスがフォローを入れる。
「もちろん、剣闘士の安全は第一に保証しますよ。野蛮な行為に思われますが、そのモンスターがどんな攻撃をしてくるのか、その毒は神経性なのか遅効性なのか即効性なのか。あるいはどんな特殊能力があるのか。それらを調べ上げ、モンスター図鑑に載せることによって冒険者に知識を蓄えさせ、冒険者の生存率を上げるのです」
と、モンスター図鑑を見せてくれる。
282年に改訂された最新版だ。僕も古いバージョンを読んだことがある。
たしかにこれは便利な書物で、これがなければ多くの冒険者は死んでいたかもしれない。
野蛮だと思ってしまったことを悔いた。
「まあ、確かに知らない人が見れば野蛮な行為ですよね。というか、私も野蛮だと思っていますし――」
ルミナスはそこで言葉を句切るとエイブラムの方へ振り向き続ける。
「お師匠様、モンスターの実験をするのは大義名分がありますが、クロムさんを戦わせるのはどういった意味があるのでしょうか」
エイブラムは明言する。
「ない!」
と。
ルミナスは脱力しかけるが、その前にエイブラムは続ける。
「強いて言えば伝説の聖剣の研究かの。かの宝剣は我が泥人形を砕けるか、興味がある」
「僕が戦うのはマッド・ゴーレムなのか」
「不服か?」
「まさか。戦うと決めた以上、戦いますが……」
ただ、ゴーレムと戦うのは初めてなので緊張する。マッド・ゴレームはゴーレムの中でも基本中の基本で、ゴーレムと言えば泥で作られたマッド・ゴーレムがスタンダードだった。
他にも木で作られたウッド・ゴーレム。
鉄で作られたアイアン・ゴーレム。
生体を集めて作られたフレッシュ・ゴーレムなんていうのもある。
最上位のゴーレムにはミスリルで作られたものもあるらしいが、そんなものはそうそうお目に掛からない。
対ゴーレムの初陣がオーソドックスなものでよかった。
そう思っていると、エイブラムは意地の悪い笑い声を漏らす。
「ふぉっふぉっ、少年、今、少年は戦うゴーレムが基本中の基本でよかった。そう思っているな」
軽くおののく。魔法をかけられて心を読まれたのだろうか。
「魔法など使うまでもない。ワシくらい長生きしていれば、少年の考えなどお見通しじゃ」
老人はそこで言葉を句切る。
「しかし、それは甘い考えだと言っておこう。たしかにマッド・ゴーレムはありふれたゴーレムだ。だが、ありふれたゴーレムこそ、制作者の技量と魔力が色濃く反映される」
「ちなみに普通のマッド・ゴーレムの総合戦闘力はどれくらいなのですか?」
「並の制作者なら1000といったところか」
「エイブラムさんが作ったものは?」
「ワシか……、ワシの作ったマッド・ゴーレムは全身真っ赤に塗装してある」
「……?」
意味を計りかねる。
真っ赤にすればなにか特別な効果が付与されるとでもいうのであろうか。
老人は勿体ぶりながら指を三本突き出した。
「ワシの作るゴーレムは通常の三倍強い!」
エイブラムはそう断言すると指をはじいた。
すると円形闘技場の奥の扉が開かれる。
そこから出てきたのは深紅のマッド・ゴーレムだった。
「このゴーレムは迷宮の第八階層にある深紅の砂漠と呼ばれるエリアから出土される希少な泥で作られている。その地で倒れた多くの冒険者の鮮血で赤くなった、という伝承がある土で作ったレアものじゃ」
もっとも、と続ける。
「それはただの迷信。そんな呪われた効果はない。ただし、その赤い泥で焼き上げたゴーレムは、軽く、堅い。それが三倍強い秘密、三倍速い秘訣!」
エイブラムはそう言うと、こちらの方を見つめる。
戦闘を開始していいか、ということだろう。
もちろん、かまわなかった。
深紅のゴーレムの戦闘力はおよそ3000、僕の戦闘力は1411。
最初から勝敗は決しているような気もするが、これは模擬戦。
エイブラムも勝てとは言っていない。
聖剣の力の片鱗をみたいと言っていた。ならば僕は全力を尽くすだけだった。
そう念じると、うなずく。
それが合図となり、深紅のゴーレムは襲いかかってきた。
深紅のゴーレムは思った以上に素早い。
ゴーレムは怪力だが、鈍足と決まっている。
――とはこのギルドの発行するモンスター図鑑にも書いてあったが、どうやらこいつは本当に例外のようだ。
できればこいつの詳細な情報も載せておいてほしかったが、こいつはギルドの機密事項なのだろう。モンスター図鑑には影も形もなかった。
しかし、こいつもゴーレムである。
ならば弱点は同じはず。
そう思った僕はゴーレムの裏を取るように動き回った。
ゴーレムには弱点があるのである。
その弱点とは、ゴーレムのどこかに書かれている魔法文字を一文字消すこと。
ゴーレムには古代魔法文字で『動く人形』と書かれている。その中の一文字を消すと『死んだ人形』となり、活動を停止させるのだ。
案の定、ゴーレムの背中には光り輝く文字が見えた。
それを削り取れば僕の勝ちである。
――が、簡単にはいかなかった。
削り取ろうと剣をかまえた瞬間、想像以上のスピードでゴーレムはこちらを振り向く、懐に飛び込んできた。
その勢いはすさまじく、振り下ろされる拳を円形盾で受けとめるのがやっとだった。
ずしり、というよりも、めきり、という音が聞こえたような気がした。
もしかしたら骨が折れたのかもしれない。それほどの一撃だった。
攻撃を盾で受けた僕は数メートルほど吹き飛ばされる。
その光景を見たニアは抗議の声を上げる。
「エイブラム翁! これは練習試合と言ったではありませんか。クロムさんに怪我を負わせないと言ったのに」
荒野の大賢者エイブラムは平然と言う。
「そんなことは言っていない。命のやりとりはしない、と言っただけだ」
「ですが、あのような強力な一撃を受ければ死ぬ危険も……」
「あの少年の剣は特別製だ。【自動回復小】のスキルもある。死にはせん」
「ですが――」
と、それでも抗議するニアにエイブラムは言った。
「お姫様、少年の心配をする気持ちは分かるが、少年のあの目を見よ」
「あの目? ですか」
「そうだ。あの目だ。少年はこの闘技場に立って以来、戦士の目をしている。男の顔じゃ。それを横から水を差すなど、無粋の極みであろう」
「戦士の目……」
彼女はぼつりと漏らすとこちらを見る。
僕が戦士の目をしているかは定かでなかったが、エイブラムの言うとおり、一度始めた戦闘をやめるつもりなどなかった。
なんとしてもあのゴーレムに勝つ、それしか僕の頭の中になかった。
故郷の姉の言葉を思い出す。
「クロム、あなたに才能があるのだとすれば、それは決して諦めない心です。あなたはどんなことがあっても諦めない強い心を持っている。それは冒険者になったとき、役立つでしょう」
ただ、姉はこんなことも言っていた。
「それは女の子を落とすときも役立ちます。女は案外、熱烈な求愛に弱いもの。迷宮都市で素敵な女性を見つけて、是非、立派なメルビル家の後継者を作ってください」
ちらりとニアを見る。彼女が素敵な女性であることは異論の余地もないが、それでも彼女を田舎に連れて帰ることはないだろう。
お姫様を連れて帰れば、さすがの姉上もひっくり返るに違いない。
クロム、恐れ多くも一国のお姫様を連れてくるなんてこのメルビル家を潰すつもりですか。と泡を吹くに違いない。
あの冷静な姉上が真っ青になる姿は一度見てみたいが、メルビル家が潰されたら困る。
なので僕と彼女がそういう関係になることはない。
――だが、それでも僕はニアの前ではいい格好をしたかった。
彼女に一人前の男だと認めてもらいたかった。
そんなことを思いながら剣を振るった。




