聖剣の秘密
「師匠、先日、調査隊を派遣し、調べていたドラゴンなのですが」
ルミナスの第一声はそれであった。
なんでも調査隊はこのエイブラムの指示で組織されたものらしい。
昨今、浅い階層にドラゴンが出現すると聞いたエイブラムは、愛弟子であるルミナスに手紙を書き、その主であるユーフォニアを説き伏せ、調査団を組織させた。
「なぜ、評議会ではなく、王女様に頼み事をしたのですか?」
素朴な疑問をぶつける。
「その理由は明快だ。評議会の連中は腰が重い。冒険者や商人の報告だけでは、調査をしようともしない。おおかた、ワイバーンを火竜と見間違えたか、あるいはタチの悪い流言と思っていたのだろう。だが、このままでは被害は着実に広がる。そう思ったワシは私財を投じて調査を始めた」
「そこでその依頼を引き受けたわたくしたちが、南方のダンジョンからやってきたのです」
「南方のダンジョン? 王都からきたのではないのですか?」
「いえ、わたくしは流浪の旅をしています。王族ではありますが、この数年、王宮には足を踏み入れていません」
それもまた事情があるのだろうか、込み入った話になりそうだし、プライベートに関わることなので尋ねづらい。
沈黙しているとニアは続ける。
「エイブラム翁から依頼を受けた我々は、この地にやってきてダンジョンの調査を始めました。
その間、一ヶ月。途中、ドラゴンが食い荒らしたと思われる獣、あるいは冒険者の死体をいくつか発見しましたが、ドラゴンとはなかなか接触できなかったのです」
今、話しているのが僕と迷宮で出会ったときの話だろう。
このあとすぐに彼女たちはドラゴンの急襲を受ける。
結果は部隊を分断され、お姫様の本隊が孤立し、評議会主導で救援隊が組織されることになった。
無論、その救援が成功したからこそ今現在、こうして僕の横にニアはいる。
彼女はそのときの経緯を話すが、それが主題ではない。
ここが吟遊詩人ギルドならば詳細に話すべきなのだろうが、ここは英雄譚を紡ぐ場所ではなく、アカデミックな空間である。
ドラゴンの習性や生態の方に重きが置かれる。
ニアは淡々と語る。
「ドラゴンの大きさはおよそ10メートル。そこまで大きい個体ではありませんでした。ただし、成体でその力は強く、討伐隊にも犠牲が多く出ました」
犠牲、という言葉を使ったニアの言葉はどこかもの悲しかったが、言葉を続ける。
「個体としては強力、しかし、特別な個体ではありませんでした。繁殖期で凶暴化したわけでも、手負いで暴れていたわけでもない。なのにあのドラゴンは上層まで上がってきて人間を狙った」
「ふむ、それは不可思議な話じゃな。上層まできて人間を襲うなど、あまり聞いたことがない」
エイブラムは冗談めかしていう。
「正直、人間は不味いからの。鹿やイノシシを喰った方がまだうまい」
いったい、なにが起こっているのだろうな。
エイブラムは立派なあごひげを撫でると、ニアから受け取ったドラゴンの鱗を持て余しながら考え込んだ。
その間、数分――。
短くもあり、長い沈黙でもあったが、大賢者のもたらした答えは意外なものだった。
彼はあっさりとした口調でこう言った。
「まったく分からん」
思わず精神的によろめいてしまう僕。
ただ、ニアとルミナスは予見していたらしく、謹厳な表情を崩さなかった。
「さすがのエイブラム翁もそれだけの情報では無理ですか」
「新種の病原体によって凶暴化した可能性もある。ゆえに鱗や死肉は調査するが、あまり期待しないでくれ」
彼はそう言い切ると、視線をこちらに向けてきた。
「さて、ドラゴンの秘密は解き明かせなかったが、こちらの秘密はどうかな?」
「こちらの秘密?」
僕は尋ねる。
「そうじゃ。おぬし、レベルはいくつだ?」
「8ですけど」
「戦闘力は?」
「1411です」
「ほう、それはすごいな」
老人は目を見開く。
「すごいのは装備の方ですよ、僕の力ではありません」
腰の鞘から聖剣を抜くと刀身をエイブラムに見せる。
工芸品のような輝きを誇るエクスを見た老人は、その日、一番の驚きの表情をした。
「こいつは驚いた。そいつは聖剣エクスカリバーじゃないか」
「ご存じなんですか?」
「その聖剣のことを知らない賢者など、もぐりじゃよ」
ルミナスの方を見るが、彼女は軽く赤面する。
どうやら彼女は武具類に詳しくないらしい。
小声で抗弁する。
「私はモンスターやダンジョン専門なのです。武具のような野蛮なものは専門外です」
それに私は賢者ではなく、『学者』ですから、と強調する。
そういうものなのか、と納得した僕は、エイブラムに視線を戻す。
「エイブラムさん、この聖剣のことをご存じなんですよね。ならば由来を教えていただけませんか?」
「おぬし、由来も知らずにその剣を振るっておったのか?」
「はい、あ、いえ、彼女からおおよその由来は聞いています。たしか異世界の王が身につけていた伝説の剣なのですよね」
「その通り。その剣は異世界の英雄王アーサー王が、湖の乙女から受け取った名剣じゃ」
「湖の乙女?」
「異世界の精霊じゃな。彼女については文献が少なく語ることはできないが。あるいはその刀剣の人格が女であるのならば、もしやその湖の乙女の化身がエクスカリバーそのものなのかもしれぬ」
一度、触らせてくれまいか?
と頼む見込むエイブラム。
僕としては善人にしてルミナスの師である彼を疑う理由などなにひとつなかったのだけど、それでも躊躇した。
当の本人がこんな非礼なことを言ったからだ。
(げげ、なにこのジジイ。清らかなボクに触れるつもり? それだけじゃなく、あんなところやこんなとこを調べる気みたい。クロム、絶対にボクを渡しちゃ駄目だよ。もしも渡したら、NTRだからね。NTR)
(なんだよ、NTRって……)
(ネ・ト・ラ・レ、寝取られだよ。クロムはそういう性癖ないでしょう)
(幸いとね。でも、無機物に劣情を抱くことはないよ。僕もエイブラムさんも)
そう彼女に言うと、抵抗を無視し、刀剣を渡した。
一応、触らせるだけで、貸すことはできないと明言し、実験などのたぐいも固くお断りした。
エイブラムは「うむ」と承知すると聖剣のつかを握る。
弱々しい、枯れ木のような手だった。エクスの重さを支えるのもぎりぎりで、震えながら剣を支えている。
エクスの重さになれたエイブラムは、感嘆の声を漏らす。
「……これが聖剣、これが伝説のエクスカリバー。この剣を持つものはブリテン島の正当な後継者になるという。この最強の剣を所持するものは不死の身体になるという」
エイブラムはそうつぶやくと、「いや……」と反語した。
「不死の方は鞘担当だったな」
エイブラムはエクスをテーブルの上に置くと、僕の腰の鞘に焦点を当てる。
「その鞘も見せてくれるかね」
「もちろん」
と渡す。鞘の方はエクスと違って騒がないので気軽に貸せる。
鞘を渡すと老人はすぐに眉をひそめ、こう言った。
「違う。これは本物の鞘ではない。偽物だな。エクスカリバーの鞘ではないぞ」
「え? そうなんですか?」
「ああ、なんの魔力も霊圧も感じない」
「そうか。あ、そういえば……」
僕はエクスを手に入れたときのことを思い出す。
金貨1000枚で彼女を買ったとき、武具屋の店主はこう言っていた。
「その鞘はオリジナルではないが、それでも名工に作らせた逸品だ。エクスカリバーが風邪を引かないようにかぶせてやりな」
あのときは大して気にしなかったけど、店主の言葉に偽りはなかったようだ。
「ですが、エイブラムさん、鞘が偽物だと問題があるのですか?」
「大ありじゃ、なにせ、エクスカリバーの本体は鞘といわれているくらい、鞘の方が強力なのだからな」
「え!? ほんとですか?」
「本当だとも。エクスカリバーの鞘を所持すれば、不死身にも似た回復力を得られる。それを手にすればどんな愚鈍な剣士でも最強を名乗れるだろう」
「最強……」
「おぬしは【自動回復小】のスキルを持っているようだが、そんなスキルが糞に思えるほど、エクスカリバーの鞘は強い。むしろ、刀身などおまけじゃな」
それを聞いて腹を立てたのは件の刀身だった。
エクスは非難めいた言葉を上げる。
「黙ってればこのじじい! 調子に乗ってー! もうあかん。堪忍ならん! クロム、このじじいをこてんぱんにして!」
その声は僕にしか届かない。そして僕にはそんな気はさらさらなかったのだけど、なぜかなし崩し的にエクスの願望を叶えることになる。
なぜならば、エイブラムがこんな提案をしてきたからだ。
「少年よ、頼みがある。ワシは聖剣の切れ味と、少年の可能性が見たい。ワシが作ったゴーレムと手合わせしてくれまいか?」
もちろん、僕は断る。無駄な争いはしたくなかったし、大賢者と呼ばれる人が作ったゴーレムに勝てるわけがない。そう思ったからだ。
だけど、小一時間後、結局、僕は老人の作ったゴーレムと対峙することになる。
理由は単純で、勝負をしないとこれ以上、調査に協力しないもん、と、だだをこねられたからだ。
白髪の老人がだだをこねる姿はある意味哀れであったし、僕はニアとルミナスの役に立ちたかった。
それにゴーレムとの決闘で経験値を得られるかもしれない。
そういった理由でエイブラムの実験に付き合うことになった。




