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賢者エイブラム

 学者ギルドの青年は僕たちをギルドの応接間に案内してくれると、お茶を持ってきてくれた。


 不思議な色のお茶だった。

 綺麗な緑色のお茶で、とてもさわやかな匂いがする。

 ただ、見慣れぬものはなかなか口を付けにくい。

 ひとり、逡巡していると、青年はそのお茶の説明をしてくれた。


「それはグリーンティーです」


「グリーンティー?」


「東方から伝わったお茶です。緑茶といいます」


「へえ、緑茶ですか」


「海のものとも山のものとも思えないでしょうが、実はそれ、紅茶と同じなんですよ」


 それを聞いた僕は思わず「えっ」という言葉を漏らしてしまう。


「元々、紅茶は東方から伝来したのです。その過程で茶葉が発酵したものが紅茶、発酵させなかったものが緑茶となります」


「へえ、知らなかった」


 自分の知力がほんのり上がったような気がした。

 僕はお茶に口を付けた。

 とても苦かった。

 その姿を見てニアはおかしそうに言う。


「本当は紅茶の方が、渋みが強いのですけどね。ですが、緑茶には砂糖もミルクも入れませんから、初めての方はそう感じるのかもしれません」


 なれると、この渋みの奥底にある、ほんのりとした甘さが癖になるんですよ、とニアは付け加えた。


「なるほど」


 と、その甘みを確かめるが、言われてみればそんな気もするし、言われなければ分からないような甘さだった。


 その姿を見てエクスは、

「さすが田舎者のクロム、繊細な味覚はないようだね」

 ぷー、くすくす、と笑う。


 無機物に馬鹿にされるのは悔しいが、田舎ものなのは確かだし、繊細な舌を持っていないのも確かだった。


 なので黙って笑われていると、目的の人物がやってきた。

 このギルドのギルド長である。

 彼はぼさぼさの白髪の上に大きな帽子をかぶり、眼鏡をしている。

 また眼光鋭く、偏屈そうな人物であった。

 まさに一目見ただけで学者と分かる人物である。


 もっとも学者は、暗殺者や盗賊とは違い、一目でそれと分かっても問題はないし、分かった方がスムーズにことが進む場合も多い。むしろ、ルミナスのように学者らしさが眼鏡しかないような娘は初期対応に困るというものだ。


 そんなことを思っていると、老人は口を開いた。


「久しいの、ルミナス、それにおひいさま」


 老人がそう口にすると、ふたりはうやうやしく頭を下げ、挨拶をした。

 僕もそれにならおうとするが、とめられる。


「ワシはこういう堅苦しいのが苦手での。おひいさまにもやめてくれと何度も頼んでいるのじゃが」


 老人はちらりとニアを見る。


「それはできません。なぜならばエイブラム翁はこの国随一の賢者。そんなお方に礼は欠けません」


 その言葉を聞くと、エイブラムは、「ふぉっほっほ」と笑いを上げる。


「賢者エイブラムか。懐かしい名前だ。しかし、それは過去の遺物。今はただの学者じゃよ」


「ですが――」


「ですがも即死(デス)もない。研究のために大学を出奔してはや数十年、いまは在野の学者に過ぎない」


 それでもニアは納得しがたいのだろう。こう付け加えた。


「ですが、学者は学者でもエイブラム翁はこの国随一の学者。他のものと同列にはできません」


 彼女がそう言い切ると、エイブラムは、はあ、と肩を落として僕にささやく。


「まったく、相変わらず堅苦しいおひいさまじゃ。少年よ、その調子ではさぞ難儀しておろう」


「まさか、そんな」


 と言うしかない。


「ふぉっふぉっふぉ、分かっておる。しかし、この手の娘は嫁にすると豹変することがあるからな。このようにしとやかで穏やかでも、結婚すると途端、夫を尻に敷く可能性がある」


 ニアと結婚などありえないが、ニアはそんな娘ではない、と思う。

 彼女の姿を観察してみる。

 お嬢様然として楚々とした姿。

 いや、お嬢様の上位互換のお姫様なのだけど。

 とても穏やかでたおやかで男性を尻に敷く女性になるとは思えない。


 ただ、エイブラムさんいわく、女は子供を産むと女からおかんになるのじゃ、だそうだ。


 エイブラムの奥さんは、結婚する前はそれこそナイフとフォークより重いものは持ったことありませんの、と蝶よ花よと育てられた娘らしいが、子供を産んだ途端、鬼嫁となったらしい。


 しかし、ニアがそれにならう道理はない。

 そもそも僕とニアが結婚することはない。

 彼女は一国のお姫様、こちらはしがない冒険者だ。

 子供どころか結ばれる可能性もなかった。

 なのでこんな議論をしても仕方ない。


 僕はお椀なるものにそそがれた緑色の液体を飲み干すと、ルミナスに視線をやった。


 彼女は、こくん、とうなずく。

 彼女もまた同じような感想を抱いていたのだろう。

 ルミナスはおもむろに話を始める。


「師匠、お話があります。我々が調査に向かっていたドラゴンの件なのですが」


「ほお、ドラゴンか――」


 エイブラムはそこで言葉をとめてちらりとこちらを見る。

 鋭い目つきだった。

 学者というよりも熟練の冒険者の眼光に近かった。


「大変、興味深い話だが、その話を部外者の前でしていいのかね」


 嫌みたらしくない口調だった。純粋に秘密が露見することを恐れているかのような口調だ。


 ニアは即座に弁護してくれる。


「エイブラム翁、それにはご心配いりません。このクロムさんの口の堅さはわたくしが保証します」


 エイブラムは接吻でもして口の堅さを確認したのかね、と茶化す。

 ニアは軽く赤面をしながら否定するも、最後にこう言った。


「それにクロムさんはかのドラゴンにとどめを刺した勇者です。彼にはこの話を聞く権利があるでしょう」


 その言葉を聞いて、エイブラムは初めて大きくまなこを見開いた。


「な、なんと、この少年が火竜を殺したというのか。信じられない」


「信じられないかもしれませんが、これは事実です。このクロム・メルビルさんこそ、この迷宮都市の地下に広がる迷宮を制覇する英雄になると、わたくしは固く信じております」


 ニアは断言する。


 僕は気恥ずかしげに彼女の言葉を聞いていたが、ただ、彼女の言葉を誇張で終わらせるつもりはない。


 いつかこの足で迷宮の最下層に到達し、いつかこの目で迷宮の最深部を見てみたいと思っていた。


 そんな真剣な表情が伝わったのだろうか。

 エイブラムも真剣な表情をすると、よろしい、この少年の同席を許可しよう。

 あごひげと口ひげの間から言葉を発した。

 それと同時にルミナスはドラゴンについて語り出した。

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