大梟ギルド
ニアとルミナスが目指していたのは、迷宮都市にある学者ギルドだった。
なぜに学者ギルド、とは思わない。
そもそも彼女たちと出会ったのは、ダンジョンの実地調査をしているときだったし、彼女たちはドラゴンの調査のためにこの迷宮都市にやってきたのだ。
そんな彼女たちが学者ギルドにおもむくのは、なんら不思議ではない。
むしろ必然でさえあった。
そんな感想を抱きながら、学者ギルドの外観を見渡す。
様々なギルドを見てきたが、学者ギルドはやはり学者ギルドぽかった。
迷宮都市にある大きな図書館のような、あるいは大学のような雰囲気を醸し出していた。
そんな感想を口にすると、ルミナスは肯定してくれる。
「さすがはクロムさん、するどいですね」
と。
「実際、学者ギルドと大学に大きな違いはありません。大学は王国の国費から運営資金が提供されており、ギルドは貴族や商人から運営資金が供給されていることが大きな違いでしょうか」
「つまり、学者ギルドは在野の賢者や学者が多く集まっている、ということですね」
ニアが補足してくれる。
「なるほど、そういう違いがあるんですね」
「もちろん、国が運営する大学と比べようもありませんが、その分、学者ギルドは国で研究できないような内容も研究しています。また知的探究心が旺盛な方が多く、むしろ大学よりも有意な発見を次々と発表しているのですよ」
と、ルミナスは大きな胸を突き出し、えっへんと自慢した。
なんでもこのギルドの長は、ルミナスの師匠筋に当たるらしく、この迷宮都市でも、いや、この世界でも有数の学者なのだそうだ。
彼女はその直系の弟子に当たるらしい。
「つまり、このギルドへきた理由は、先日のドラゴンの件でしょうか?」
「その通りです。勘が鋭いですね」
「まあ、おおよそは見当がつきますよ」
「あのあと、ドラゴンの死体を調査し、その生態を調べました。その種類、鱗の堅さ、大きさ、おおよその体重、その食性も調べました」
ルミナスは平然と、
「その胃袋からは人間の死体が6体、鹿が12体も出てきたんですよ」
と言う。
人間がどれくらい消化されていたか、それで捕食された時間も判別できると鼻息を荒くするが、あまりそんな話を聞きたくなかったので、代わりに彼女自身のことを尋ねた。
「ところでルミナスさんは、学者なんですよね」
「ええ、王都にある王立大学を出ました」
「それはすごい。あそこは天才しか入れないと聞きました」
「そんなことはないですよ、私が入れるくらいですから」
と、謙遜するが、そんなことはない。
僕の地元にも王立大学に入るため、子供の頃から勉強を重ねている知り合いがいたが、彼は朝から晩まで勉強漬けだ。
買い出しに行くときも本を読み、薪を割るときも本を読んでいる。
月が出ている晩は、その月明かりで勉強するくらい苦学しているが、それでも王立大学には入れなかった。
彼だけでなく、王立大学に入るために人生を捧げる人は多い。
40歳を超えてもまだ諦めずに勉強している人もいるし、金貨何百枚もはたいて替え玉を雇った人もいるし、あるいは大学に入るために服の裏地にびっしりとカンニングペーパーを書いた人もいるという。
もっとも、不正を働いた人はそのまま監獄行きらしいが。
要はそれくらい難関で憧れの的なのだが、彼女はその若さで合格し、卒業までしたことになる。
どんな勉強法をしたのか聞いてみたいが、それよりも尋ねたいのは、そんな才媛の彼女がどうしてお姫様の侍女をしているかということだった。
彼女はこころよくそれを教えてくれる。
「それは簡単ですよ。ダンジョンのことについて知りたい! と毎日のように私の研究室にやってくる少女がいたのです。あまりにも熱心にやってくるので、やがて私の方が感化されてしまって。しかもあとで聞いたらその子は王族というではありませんか。それが彼女に仕えることになった理由です」
「そんな経緯があったんですね」
「まあ、丁度その頃、大学での研究に閉塞感を覚えていたこともありますし、我が師匠のように在野にありながら研究するのも悪くない、と思っていたところだったので、思い切って侍女に応募してみました」
「ちなみに侍女募集の際の筆記試験も満点だったんですよ」
と、ニアは明かしてくれる。
「すごいですね」
「すごいんです」
とニアは言う。
「その後、彼女は私の侍女を務めるかたわら、ダンジョンについて研究をしていました。――こちらはまあわたくしの願いでもあるのですが」
「そういえばニアはダンジョンの研究に熱心だよね。王都から迷宮都市にやってくるだなんて。なにか理由でもあるの?」
深く考えずに尋ねた質問であるが、ニアは明らかに顔色を変え、少し動揺を見せる。
なにか事情があるのかもしれない。
少なくとも気軽に他人に話せるような事情ではないのだろう。
人が良い彼女はすぐに表情に出る。
困った顔をしている
それを察した僕は話題を転じさせる。
「さて、ギルドの前で立ち話もなんだし、中に入らない?」
その提案にルミナスも応える。
「そうでした。師匠へのお土産にケーキを買ってきたのです。このままだと生クリームが傷んでしまいます」
「そうですね、ルミナスが迷子になったせいで余計な時間を使ってしまいました」
平然と言うが、迷子になったのはニアである。
彼女に自分が方向音痴な上に迷子体質であることを伝えるにはどうすればいいのだろうか。
……難しいだろうな。
純真無垢な彼女を傷つける勇気はないので、諦めて学者ギルドのドアノッカーを叩く。
学者ギルドのドアノッカーは、梟をあしらった形をしていた。
森の賢者梟にちなんでいるのだろうか。
ちなみに我がフェンリル・ギルドは狼をあしらったものだ。魔狼フェンリルにかけているのだろう。
こういった些細なところでギルドの個性が出るのだな。
そんなことを思いながら、ルミナスがドアノッカーを叩くのを見守った。
彼女が三回、ドアノッカーを叩いたあと、十数秒経過すると、いかにも書生といった感じの青白い顔をした青年がドアを開けてくれた。




