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巡り会いの神ネイレース

 イスガルドの街の散策。

 この街にやってきてはや数ヶ月になるが、意外とこの街のことを知らない。


 迷宮都市にやってきた頃は、忙しなく就職活動に励んでいたのでこうして落ち着いて街を散策する暇がなかった。


 心の余裕と金銭の余裕がなかったのだ。

 ただし、今は若干違う。


 金銭の余裕はあの頃と比べれば若干、ましになった。(姫様救出クエストの報酬が思いの外貰えた)


 心の余裕はいわずもがな。

 念願の冒険者ギルドに入ることができたし、そこでの生活にも満足している。


 ギルドに入ったそうそう、ふたつもクエストを達成することができたし、フェンリル・ギルドの人たちはとても親切で気持ちのよい人たちだった。


 怠け者だが、やるときはやるリルさん。

 働き者だけど、少し心配性のカレン。


 ギルドの『人』ではないが、聖剣エクスカリバーも僕にとって掛け替えのない存在だ。


 この見知らぬ土地でそんな人たちと出会えたことは、まさしく幸運以外のなにものでもなく、巡り会いの神ネイレースに感謝の念を捧げてもいいくらいだった。


 そう思った僕は、とあることを思い出す。


「そういえば、この辺にネイレースの神殿があったはず」


 これまでの出逢いに感謝の念を捧げるために、一度、神殿に行って寄付をするのもいいかもしれない。


 ポケットの中にある銀貨を握りしめる。


 この銀貨があるのはまさしく出逢いのおかげであったし、その出逢いを司る神様に少しくらい還元するのも悪くない。


 ちなみに我がメルビル家は、地母神ウルムを信仰しているが、それほど信心深いわけでもない。


 食事前に捧げるウルム様へのお祈りは、数回に一回はおざなりになってしまうし、忙しいときなどは忘れてしまう。


 ただ、それでも貴族の末席の端っこに連なっていたので、月に一度は神殿に顔を出し、お祈りと寄付を捧げていた。


 その習慣は迷宮都市にやってきてからなくなっていた。

 なのでたまには復活させてもいいだろう。

 そのことを話すと、聖剣のエクスは諸手を挙げて賛同してくれる。


「ボクのポテンシャルを引き出すには信仰心のステータスも上げておいた方がいいしね」


 ただ、と彼女は余計な一言を付け加える。


「ウルム神じゃなく、ネイレース神にお参りに行くところがクロムらしいね。さてはさらに女の子を集めてハーレムでも作る気でしょ」


「そんな甲斐性も度胸もないよ」


 と、無難に応じると、僕はネイレース神の神殿に向かった。

 


 神殿が混む、ということは滅多にない。


 お祈りを捧げる日や聖なる日のお祭りの場合などは混み合うことも多いが、それ以外の日に神殿にやってくる人間は少ない。


 だからそこで知り合いと出会う可能性など、まったく考慮していなかった。

 しかし、運命とは不思議なもので、出逢いとは浪漫的であった。


 さすが巡り会いの神ネイレース、この広大な迷宮都市で、数少ない知り合いと巡り会う可能性は限りなくゼロに近いはずなのに。


 そんなことを思っていると、その知り合いが話しかけてきた。

 彼女は優雅なたたずまいを崩すことなく、たおやかな笑顔で言った。


「お久しぶりです、クロムさん」


 まるでお姫様のような笑顔と振る舞いであったが、事実、彼女はお姫様だった。

 彼女の名は、ユーフォニア・エルンベルク。

 この国の第三王女である。

 掛け値なしのお姫様がそこにいた。

 彼女も僕の姿を見るなり、同じ感想を抱いたようだ。


「まさか、このようなところでクロムさんと会えるだなんて夢にも思っていませんでした」


 さすがは巡り会いを司る神様ですね、と微笑む。


「そうですね。僕はこの迷宮都市にやってきてから、色々な人に助けられているので、そのお礼もかねてやってきました」


 僕はそう言うと、神殿の巫女に銀貨を一枚渡す。

 彼女はありがとうございます。

 と微笑んだ。

 一方、ユーフォニアは一国のお姫様、剛毅である。

 迷宮金貨の10倍の価値がある王国金貨を気前よく渡していた。

 さすがにそれは神殿の巫女も驚いている。

 この少女はなにもの!? 的な顔で目をぱちくりとさせていた。

 この少女はお姫様なのだけど、それは明らかにしない方がいいだろう。


 本人はことさら隠し立てするようなことではない、と言っていたが、彼女の家臣であるルミナスやクライドはなるべくなら姫様の身分を隠したがっている節があった。


 王族ともあれば身分がばれれば誘拐などの危険もつきまとうし、また王宮の政争や後継者争いに巻き込まれることもある。


 声高々に自分の身分を名乗り、所在を明らかにするのは不利である。


 それくらいは僕にも分かる道理だったので、沈黙によって巫女の好奇の視線を避けると、少し距離を取ってニアに話しかけた。


「ニア、君もお祈りにきたの?」


 そう問うと、彼女は「はい」とうなずいた。

 その言葉を聞くと聖剣のエクスが茶化してくる。


「お姫様は新しい出逢いを求めてこの神殿にやってきたのかな。それとも誰かさんとの再会を願ってやってきたのかな」


 ボクは後者に銀貨3枚、と宣言する。

 その賭けに乗る必要はないだろう。

 その前に彼女は説明してくれた。


「実はこの神殿にやってきたのはとある人物との再会を願ってなのです」


 その言葉でエクスが賭けに勝ったかのような素振りをするが、それは早合点であった。


 彼女は出会いたい人物の名をあげる。


「ルミナス」


 と、彼女の忠実な女中にして学者の名をあげる。

 どうやら彼女は街中でルミナスとはぐれてしまったらしい。

 それでこの神殿を見かけて飛び込んできたそうだ。


 実際、この神殿はそのような用途に使われることも多いらしく、あちこちにはぐれた人たちが散在していた。


 ここで待っていれば出会える可能性が増えるというわけである。

 さて、ルミナスはこの神殿に気がついてくれるだろうか。

 特にやることのない僕は彼女とルミナスを待つことにした。

 神殿の敷地内にある長椅子に腰掛けると、彼女は説明してくれる。


「ルミナスは、頭はいいのですが、とても方向音痴なのです。こうして定期的に離ればなれになってしまって」


 あのときもそうです。

 と彼女は続ける。


 あのときとは僕が悪漢からルミナスを救出したときのことらしい。あのときも彼女は迷宮に生える珍しい草花に目を奪われ、いつの間にかはぐれてしまったとのこと。


「今回もきっと街で珍しいものでも見かけ、はぐれてしまったのでしょう」


 始祖(オリジン)エルフや海ドワーフでも見つけたのでしょうか。

 とニアは尋ねてくるが、それはルミナス本人にしか分からない。


 丁度やってきたので尋ねてみるが、彼女は気恥ずかしそうに頭をかくだけだった。

 ただ、ニアは呆れても怒ってもいない。

 ルミナスとの再会を素直に喜ぶと、こう言った。


「これで目的が果たせます。あの、クロムさん、またルミナスが迷子にならないように、一緒についてきてもらえませんか」


 そんな言葉をくれた。

 すぐに了承する。

 元々目的があっての散策ではないし、時間を持て余していたところだ。

 彼女の申し出は素直に嬉しかった。


「それではご迷惑でなければご一緒に」


 そう言うと、僕は彼女たちと肩を並べ、歩く。


 道中、ルミナスが迷子にならないように見張っていたが、彼女は苦笑いを浮かべながら、小声で言った。


「……あの、クロムさん、おひいさまの言葉は真に受けないでください。確かに私とおひいさまが一緒に出掛けると三回に一回は迷子になりますが、それはおひいさまがとても方向音痴な上に集中力がないからです。ほら、今もサーカスの一団に目を奪われています」


 ルミナスはサーカスの一団に付いていこうとするニアの首根っこを引っ張ると、正道を歩ませる。


「――と、このように、見た目は大人なのですが、中身は幼女のように純真な方なのです」


 その言葉を聞いて思った。

 このお姫様の侍女をするというのは大変だということを。


 僕はその労苦を僅かでも軽減するため、ニアが珍しいものに釣られてふらふらしないように注意した。


 彼女は目的地に到着するまで、都合、五回、好奇心のおもむくままに行動した。

 思わず彼女に首輪と縄をくくりつけたくなったが、お姫様にそんなことはできない。


 ただただ、彼女がはぐれないように注意するしかなかった。

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