初めてのレベルアップ
聖剣を手に入れた僕は、そのまま迷宮都市の地下に向かった。
そこは迷宮都市の下水が通っている場所で、施設を管理するもの以外誰も近寄らない。
いや、正確には僕以外の人間か。
僕は足繁く下水道に通っていた。
そこに向かえば剣の修業ができるからだ。
迷宮都市イスガルドの下水道には、スライムやジャイアント・ラットなどの低級の魔物が住み着いている。
それらを倒して経験値をためているのが今の僕だった。
そのことを聖剣に話すと、彼女は不思議そうな顔をする。
「てゆうか、クロム、この下水道に詳しいようだけど、どうしてレベルが1のままなの?」
「うぐ……」
それを聞くか。
答えにくい質問だったが、正直に話す。
「……僕が弱すぎてスライムやジャイアント・ラットにも手こずるからだよ」
「え? スライムとジャイアント・ラットって最弱級のモンスターだよね?」
「それでも手こずるの! 僕はレベル1だし、ろくなスキルもないからね」
「えー? ほんとに? ボクの新しいご主人様はそんなに弱いのか」
彼女は心底残念そうに言うと、ステータス開示の魔法を唱えた。
クロム・メルビル 16歳 レベル1 無職冒険者
筋力 D
体力 D
生命力 C
敏捷性 D
魔力 D
魔防 D
知力 D
信仰心 D
総合戦闘力 102
僕のステータスを見て彼女は一言。
「うわ、ほんとだ。能力値はともかく、レベル1だ。しかも総合戦闘力100ってそこらの農民より弱いんじゃ……」
「102だよ」
「似たようなものでしょ。しかし、総合力102って……」
「それも仕方ないだろう。装備品の項目を見てみてよ」
「どれどれ」
と、彼女は装備品の項目を見る。
短剣。
旅人の服。
「なにこれ? 今時、学者ギルドの連中でももっとましな装備をしているけど」
「お金がなかったんだよ。田舎から出てくるので全部使っちゃったんだ。だから装備品は田舎から出てくるときに近所の人にもらった餞別だよ」
「なるほどね、まあ、短剣と旅人の服じゃ、こんなもんか」
彼女はそうまとめると、こう続けた。
「でも、安心して、このエクスさんを手に入れたからには、総合戦闘力100だなんてけちくさい数字とはおさらばだよ」
「102だよ。ところでエクスさんって?」
「わたしの愛称。エクスカリバーじゃなんか女の子っぽくないでしょ。だからボクのことは略してエクスと呼んで」
「君は女の子なのにボクって呼ぶんだね。自分のことを」
「クロムは男の子なのにちょっと軟弱だよね」
彼女はそう言い切ると、自分を、エクスカリバーを装備するようにうながす。
もちろん、断る理由はなかった。
金貨1000枚もはたいて彼女を買ったのは、その力を借りるためであった。
万年レベル1冒険者の汚名を返上するため、総合戦闘力102という情けない数字を書き換えるためであった。
ちなみに以前、街で知り合った冒険者に鋼の剣を借りてみたところ、僕の総合戦闘力は279まで跳ね上がった。
ただの鋼の剣でそれならば、聖剣エクスカリバーを装備すればどうなるか、自分でも期待で胸がいっぱいになる。
1000の大台、いや、もしかしたら10000を超えるかも。
そんな想像をしながら、僕は聖剣を鞘からだし、装備した。
それと同時に表示されるステータス。
総合戦闘力の部分のみ焦点を当てる。
そこに書かれていた数字は思いも寄らぬものであった。
総合戦闘力569
それが聖剣エクスカリバーを装備した僕の戦闘力であった。
「ごいすー! すごいじゃん、クロム、戦闘力が5倍になったよ!」
無邪気に喜ぶのは聖剣様だけだった。
金貨1000枚もはたいて買った本人にいわせればあれだけ期待させておいてたったの5倍、というのが正直な感想だった。
エクスもそのことに気がついたのだろうか。
ため息交じりに説明してくる。
「あのね、いくらボクが聖剣でも100倍1000倍に戦闘力をアップさせることはできないよ。戦闘力は武具の質だけではなく、その人の能力値、経験、スキルだって加味されるんだから。レベル1の新米の戦闘力を5倍に引き上げたのだから、それだけでもすごいと思ってもらわないと」
「……でも、金貨1000枚もしたのに。もしかして、普通の鋼の剣と鎧を買いそろえた方が総合戦闘力は上がったんじゃ。エクスを買ったおかげで防具を買うことができなくなったから、バランスが悪いような」
「うぐ、それを言う? たしかにその通りかもしれないけど、クロムは将来性を買ったんだよ。たしかにバランス良く武具を買えばもっと総合戦闘力は上がったかもしれないけど、ただの鉄の塊を買ってもこんな芸当はできないよ」
そう言うと、彼女は光り輝く。
すると照らし出された下水道の奥に、うごめく魔物の姿を見つけた。
「ね、こんなことはただの剣じゃできないでしょ? それにボクみたいに可愛い子が話し相手になってくれるなんて、迷宮都市のその手のお店に行ったら、1時間で金貨10枚はとられるよ」
論点をずらしているような気もするが、それでも僕は剣をかまえた。
たしかに彼女の言うとおりだった。
戦闘力5倍。
それで十分だ。
今までの僕ならばジャイアント・ラット一匹と戦うだけで青息吐息だったが、今の僕は昨日よりも5倍強い。
ならばジャイアント・ラット3匹くらい、簡単に倒せるはずだ。
そう思い大きなネズミたちに斬りかかる。
その計算はぴしゃりと当たる。
あれほど苦労して倒していたジャイアント・ラットも今の僕には雑魚以外のなにものでもなかった。
次々とネズミを切り伏せる。
三匹目のネズミに聖剣を突き立てると、エクスは軽快な声でこう言った。
「2分と35秒。ふむふむ、まあ、このボクを使ったにしては遅すぎるけど、初陣と考えるとまあまあかな」
そうエクスは戦闘を評価してくれたけど、彼女の声は上の空で耳には入らなかった。
それよりも初めてジャイアント・ラットを圧倒した喜びと、それ以上の喜びが僕を支配する。
ステータス表示に燦然と輝く文字、それが僕の心を鷲づかみにしていた。
レベルアップ。
そのたった6文字が僕を興奮させる。
レベル1をさまよっていた冒険者の卵にとってその文字はなによりも嬉しいものであった。