作戦会議
僕はみっつのギルドの合同クエストにそなえるため、【蒼角のユニコーン】ギルドへやってきた。
実はこのギルドにやってきたのは二回目である。
以前、面接にやってきたのだが、落とされてしまったのだ。
ある意味、因縁のギルドであるが、含むところはない。
当時の僕のステータスでは落とされて当然であったし、それに落とされたからこそ、【フェンリルの咆哮】に入ることができたのだ。
感謝を捧げながらギルドの中へ入った。
改めてギルドを見回す。
ギルドといえばフェンリルの館となっている僕にはある意味新鮮だった。
ユニコーン・ギルドはフェンリル・ギルドと同じ大きさだろうか。
所属メンバーの数は比べものにならないはずだけど、館自体はそんなに変わらないのが不思議だった。
これじゃあ、所属メンバーの個室はさぞ狭いのだろうな、と思ったが、とあることに気がつく。
「ああ、そうか。メンバーが館に寝泊まりすること自体、普通じゃないのか」
冒険者ギルドの役割は、冒険者に仕事を斡旋することであって、寝泊まりする場所を提供することではない。
だから僕のようにギルドに個室をもらって住んでいる方が異端なのだ。
普通の冒険者たちは、皆、自宅を持っているか、借りている。
だから冒険者ギルドは、受付窓口、応接間、主の個室、食堂、調理場、倉庫、それに会議室があれば十分、機能を果たせる。
無駄に大きくする必要はないのだ。
なので下位ランクのギルドはどこも似たような大きさと作りになるのだろう。
これがまたBランクやAランクとなれば話が変わって、中には貴族の屋敷みたいなギルドもある。まあ、今の僕には無縁の場所だけど。
そんなことを考えていると、ジュカに会議室へ案内される。
そこには数十人の冒険者が集まっていた。
なかなかに壮観な数である。
僕たちが入ってきたことを確認すると、ユニコーンギルドの長と思わしき神獣様が言った。
「ジュカ、ご苦労様。フェンリルギルドから人手を集めてくれたんだね」
神獣さまと視線が交わった僕は、深々と頭を下げる。
彼は礼儀正しく、挨拶をしてくれる。
「君がフェンリルのところに入った期待のルーキーだね。話は彼女からよく聞いているよ」
「僕のことを知っているんですか?」
「僕たち神獣は定期的に会合を開いていてね。この前もその席で彼女は君の自慢をしていた。数十年来の逸材が我がギルドに入ってくれた、と、はしゃいでいたよ」
「それは過大評価ですよ。僕はまだ低レベルだし」
「だけど、とても面白い固有スキルと隠しスキルを持っているそうじゃないか。それに腰の武器も特別製だと聞いたけど」
「そうですね、この剣だけは自慢できます」
と、腰のエクスカリバーを抜き放つ。
「見事な剣だ。名剣は所有者を選ぶという。君はきっと将来、その剣の輝きに相応しい勇者となるだろう」
と、ユニコーン様は微笑んだ。
その笑顔を見てエクスは言う。
「ユニコーンさまはすごい男前だね」
「だね」
と、僕も同意する。
物腰も柔らかく、僕のような下っ端にも優しく語りかけてくれるところもすごいが、ユニコーン様はその見た目もそれに相応しかった。
線の細い美青年で、水色の髪は、貴族が乗る駿馬のように美しかった。
一目で僕はこの人を気に入ってしまったが、エクスも同じらしい。
「もしも、フェンリルギルドが潰れたらここに再就職だね」
「不吉なことを言うなよ」
と言うと、僕は席に座り、周囲の冒険者に自己紹介をした。
それが終わると、ユニコーン様は上座に座り、説明を始める。
今回のユーフォニア救出作戦の概要を話し始めた。
作戦の概要は簡単だった。
今回の任務の主目的は、ユーフォニアの救出、それ一点に尽きる。
神獣ユニコーンはそう言うと、なにか質問はないか尋ねた。
とある冒険者が挙手をする。
「ドラゴンは倒さなくてもいいんで?」
ユニコーン様は答える。
「討伐は不要だ。今回は姫様の命を重視するクエストだ」
「なるほど、ですが、今、姫様は洞窟に籠もられている。ドラゴンはその前にいますが、ドラゴンを倒さなければ姫様を救出できないのではないですか」
「そうだな。その可能性は高い」
どよめきが起こる。
ユニコーン様はそのどよめきが収まるのを待つと、こう言った。
「ここにいる冒険者の最高レベルは20。最大総合戦闘力は3000に届かないだろう」
「火竜の総合戦闘力はいくつくらいなのですか?」
ユニコーン様は冷静に答える。
「まだ測定されていないが、通常、成体であれば10000を下ることはない」
そう言い切る。
「い、10000……」
思わず息を呑む冒険者たち。
「ただし、こちらの冒険者は20を超える。ひとりあたりの戦闘力が1000と計算すれば20000となる。勝てない相手ではない、か」
誰かがぼつりと漏らすと、周囲のものも賛同する。
この場に集まっている冒険者は皆、勇気あるもののようだ。
僕もその意見に賛同したかったが、腰の剣が横やりを入れてくる。
「そうそう都合良くはいかないと思うけどね」
と、つぶやく。
「どうしてだい?」
と、小声で尋ねる。
「総合戦闘力はあくまで目安。一対一、それも闘技場のようなところで戦って初めて参考になる程度だよ。地下迷宮、それも初めてドラゴンと戦う連中の総合戦闘力を全部足したところで、勝てるもんじゃない」
それに、と彼女は続ける。
「モンスターにも人間にも相性があるからね。例えばそのドラゴンが斬撃属性に強い鱗を持っていたとしたら、冒険者のパーティーが全員斬撃属性の武器だったら、ダメージを与えることもできずに全滅する」
不吉な予言であるが、まったくのデマというわけではなかった。
戦闘は単純に戦闘力だけで計れないのだ。
しかしそれでも僕は地下迷宮にもぐり、ユーフォニアたちを救うつもりでいた。
「だよね、そう言うと思ってた。なら、さっさと行こう」
見れば他の冒険者たちは、6人くらいのパーティーを組み、次々と会議室をあとにしていた。
皆、やる気満々の表情で会議室を出て行く。
このままだとパーティーに加わることさえできなくなりそうだが、僕はその流れに身を任すことはできなかった。
「なにやってるの? クロム、このままじゃ置いてけぼりだよ」
エクスはそう言うが、それでも僕は静かに待った。
僕の所属するギルドの神獣様がやってくるのを。
「リルさんは必ずやってくると言った。ならば僕は待つよ」
「最悪、パーティーも組めずにハブられちゃうよ」
「リルさんは必ずくるといったんだ。なら待たないと」
「クロムって要領悪いよね」
そんな不満を漏らすが、それでも彼女は無理強いはしなかった。
「まあ、そこがクロムの魅力でもあるけどね。男は不器用な方が格好いいよ」
エクスがそう言うと同時に、会議室の扉が開かれる。
そこには全身を肺にして息をしているリルさんがいた。
彼女は間に合ったのだ。
約束を守ってくれたのだ。
彼女は僕に、『トリネコの木の円形盾』を差し出す。
「これは餞別だ。どうやって買ったかは聞くなよ」
と、彼女は尻尾を隠す。
彼女ご自慢の尻尾の毛がなくなっていたが、そのことについて問いただすことはなかった。
ただ、僕はありがとうございます、と深々と頭を下げると、会議室を出た。
今から走れば最後に出て行ったパーティーに追いつけるかもしれない、と思ったのだ。
僕は会議室の扉のところで立ち止まると、一度だけ振り返り、リルさんを見た。
彼女は、にかりという擬音が似合いそうな笑顔で、指を二本突き出していた。
勝利のVサインだ。
僕は彼女の期待に応えるため、ユニコーン・ギルドの館を出た。
彼女から受け取った盾は木製のためだろうか、人のぬくもりを感じた。




