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緊急クエストの内容

 カレンが男にバスタオルを貸している。どうやら外はいつの間にか雨らしく、彼はずぶ濡れだった。レインコートもとらずにこのフェンリルの館にやってきたのだろう。


 男は肩で息をしていた。 

 哀れんだカレンは、彼に温かい紅茶を飲むように勧めるが、男は丁重に断る。

 それよりも火急の用件を知らせなければならないらしい。

 男は僕とカレンを見つめる。


 なぜ見つめられるのだろうか、不思議に思っていると、リルさんが説明をしてくれる。


「この男が話す内容は人に知られたら不味いものである、とユニコーンに釘を刺されているのだろう。だから末端のギルドメンバーであるおまえらを人払いしたいようだ」


「…………」


 男は沈黙によって答える。


「しかし、男よ……、貴様、名前は?」


「ジュカと申します。リル様」


「ならばジュカよ、その心配は無用だ。このものたちは世界で一番信用できる。ここで内容を語ってもらいたい」


「しかし――」


「しかしも歯科医師もない。ここで人払いをしても私はあとでこのものたちに内容を話すぞ。こやつらは私の家族だ。家族に秘密は持たない」


 それに、とリルさんは続ける。


「この少年、我がギルド唯一の冒険者は、この緊急クエストの救出対象と知己である。この少年にはこのクエストの内容を知る権利がある」


 その台詞を聞いたジュカは驚愕する。


「な、なんと、この少年はユーフォニア様のご友人なのですか?」


 僕は正直に答える。


「友人と呼べる存在かは分かりません。しかし、僕と彼女は迷宮で再会を誓い合いました。もしも彼女に危機が迫っているのならば、僕は彼女を助けたい。この剣を握りしめ、迷宮にもぐりたい」


 素直な言葉、それに真剣な表情を評価してくれたのだろうか。

 ジュカは「分かりました」と前置きすると、緊急クエストの内容を話し始めた。



 ジュカが話した内容は、僕が事前に予測したものと同じであった。

 どうやらユーフォニアの調査団はドラゴンに襲われ、壊滅したらしい。


「壊滅ということはもしかして全滅したんですか?」


「それは分かりません。調査を進めていた調査団の一部が第2階層から帰還し、報告したところによると、第2階層の巨大樹付近で調査をしていたところ、突然、上空から火竜の襲撃を受けたそうです。奇襲だったので応戦する暇もなく、部隊はちりぢりに……」


「そんな無責任な!」


 無責任なのはジュカではなく、奇襲に遭ったくらいで逃げ出した調査団のことだ。

 彼らは命がけでお姫様を守るのが仕事ではないのか。

 思わずなじりたくなったが、リルさんがとめる。


「そういうな、少年、この世界の人間は誰しもが少年のように強い心は持っていない。それに逃げ出してくれたものがいるからこそ、こうして貴重な情報が手に入るのだ」


「貴重な情報?」


「今、このクエスト内容を読ませてもらったが、おそらくだが、お姫様は生きているぞ」


「ニアは無事なんですか?」


 その言葉を聞いたジュカはうなずく。


「おそらくは、ですが。根拠はふたつ。調査団のものたちがちりぢりになったとき、姫様は洞窟の方へ向かったそうです」


「洞窟? そんなところに入ってしまったら追い詰められてしまうんじゃ?」


「通常ならばそうですが、調査団はこんなことにそなえ、強力な防御陣を発生させる魔法石を所有している模様。それを使えば数週間はドラゴンを防げるはずです」


「つまり数週間はニアは無事ということか」


 ならば早く救援隊を組織しないと、というと、ジュカは言った。


「無論です。それがこの緊急クエストですから。今回は我が【蒼角のユニコーン】と【フェンリルの咆哮】それに【セイレーンの歌姫】このみっつのギルドが担当します」


 それを聞いたリルさんは眉をしかめる。

 どうしたのだろう、理由を尋ねる。


「おかしいな、ドラゴンを退治するにしては、お姫様を救い出すにしては参加ギルドの数が少ない。それに参加しているギルドが皆――」


「低ランクですか?」


 ジュカは自嘲気味に言った。


「たしかに参加しているギルドのランクは皆低い。フェンリルの咆哮は言わずもがな。我が蒼角のユニコーンはDランクギルド、セイレーンの歌姫も同じです」


「一国のお姫様を救い出すにしてはたしかに心許ないですね」


 と言って僕は慌てて口をつぐむ。

 ジュカの気を悪くすると思ったからだ。

 だが、彼は気にする様子もない。


「たしかにいぶかしがる気持ちも分かります。なぜ、一国の王女の危機にAランクやBランクギルドが動けないのか。それには理由があるのですが、長くなりますが聞きますか?」


「聞かない」


 と僕は即答する。

 おそらくは王族特有の理由があるのだろう。

 後継者争いに権力闘争。王宮とは常にそれらが渦巻いている場所だ。

 それは想像に難くない。

 しかし、今はそんなことを考えている暇はなかった。

 いかに、早く、彼女を助けるか、それしか頭になかった。

 僕はジュカに尋ねる。


「ジュカさん、討伐隊が組織されるんですよね? 是非、それに僕を加えてくれませんか?」


 その願い出をジュカはこころよく了承してくれる。


「もちろんです。そもそも、そのために私はここにやってきたのです」


 ジュカはそう言うと手を差し出してきた。

 僕はその手を握りしめると、リルさんの方を向いた。

 彼女はこのギルドのギルドマスターである。

 冒険者の僕が良いと言っても、彼女が首を縦に振らなければ意味はない。

 ただ、僕は信じていた。

 最終的には彼女が了承してくれることを。

 案の定、リルさんは渋面を浮かべる。

 低レベルの少年がドラゴン討伐など、と、ぶつぶつとつぶやいている。

 だが、最後には彼女は気持ちよく僕を送り出してくれた。


「ここで駄目と言ってもとまるような少年ではあるまい。ええい、行け。その代わり約束をふたつ守れ」


「ふたつ? ですか?」


「ああ、ふたつだ。私はこれからとある場所に行ってくる」


「とある場所ですか?」

 

「ええい、そこはどこか聞くな。とにかく、とある場所に行ってくる。少々時間が掛かるかもしれないが、それでも待っていてくれ。私が戻ってくるまで、ダンジョンには潜らないでくれ」


「でも、今回は合同クエストです。出発時間は決まっているはず」


 僕はジュカを見ると、彼は軽くうなずく。


「なんとかそれまで間に合わせるが、駄目でもちょっとだけ待っててくれ」

「……分かりました。できるだけ引き延ばします」


「物わかりのいい少年だ」


 リルさんは落ち着いた教師のように言うと、もうひとつの約束を口にした。


「この約束はカレンと共同のものだ」


 彼女はそう言うとカレンを見つめる。

 カレンはこくりと真剣な表情でうなずいた。


「いいか、少年、絶対、無事に帰ってくるんだぞ。もしも少年が死んでも、アイスの棒で墓さえ作ってやらないからな」


 その言葉を聞いた僕は、大きくうなずく。


「わかりました。無事、戻ってくることを約束します」


 そう言い切ると、ジュカとともにフェンリルの館をあとにした。

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