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リルさんと魚市場

 迷宮都市イスガルドの市場は湾岸付近にある。

 湾岸といってもこの都市は海に面しておらず、大河の湾岸だ。

 その付近には周辺の農場や漁港から集められた山海の珍味がずらりと並ぶ。


 この迷宮都市の経済は発展しており、たくさんの中産階級が買い求めるため、市場が発展しているのだ。


「僕の生まれ育った村だと、たまに行商がくるくらいで、あとは自給自足でした」


 それを聞いたリルさんは、

「典型的な田舎だな」

 と感想を言う。


 その通りなので反論しようがないが、それよりも市場の熱気に驚かされる。

 お祭りでもないのにたくさんの人が集まり、商材を売り買いしていた。

 見たこともないような香辛料を売る外国人もいる。

 見たこともないような海魚を売る漁師風の男もいた。


 彼らの独特の格好や熱気あふれる風景を見ているだけでしばらく時間をつぶせそうだったが、市場を見学するのは後日、暇なときでいいだろう。


 本日の目的はカレンに頼まれた食材を買うことであった。

 なのでまずは魚介類売り場に直行する。



 魚介類売り場に行くと独特の匂いが鼻につく。

 生臭い匂いだ。

 鼻のきくリルさんはたまったものではないらしく、鼻をつまんでいる。


「くひゃいから、さっさと買うぞ」


 と、鼻声で言った。


 可愛らしいのでしばらく見ていたかったが、可哀想なのでさっさと目当ての魚を探す。


「サトウスズキか。なんでも今は旬ではなく、なかなか手に入らないらしいですね」


「旬ではないが、この時期に取れるサトウスズキはとても美味しいぞ」


 リルさんは言う。どうやら彼女のオーダーのようだ。


 それには魚市場の人も同意のようで、

「お嬢ちゃん、分かってるね」

 と、褒めてくれた。


「お嬢ちゃんではないが、まあ、食に関してはうるさい女なのだよ、私は」


 と、締めくくる。

 さて、それでは幻のサトウスズキを探して徘徊するが、なかなか手に入らない。

 さすがは幻だ。

 どの魚商人に聞いても、この時季はねえ、と口を揃える。


「やっぱり無理なのかなあ」


 と、諦めていると、僕はとある魚屋の前で立ち止まっているリルさんを見かける。


 なにかに興味を取られているようだ。

 彼女が一身に見つめているのは巨大な魚だった。

 小柄なリルさんならば一呑みにできそうな怪魚がそこにいた。

 しかもまだ生きているらしく、びちびちと震えている。


 無論、安全に配慮してか、荒縄でびっちり固定されて人はおそえないようになっているが。


 こんな魚、見たことがない。

 そんな顔をしていると、魚河岸(うおがし)のおじさんが説明してくれる。


「これはマンイーター・フィッシュだな。通称人食い魚」


「人食い魚を食べるんですか?」


「ああ、意外とうまいんだよ。もちろん、喰らう前に胃の中を検査して、人間を喰ってないか確認するが」


 と、さばいた腹を見せる。


 たしかにそこには人の形をしたものはない。魚やタコ、貝の死骸が胃袋から見える。


 ただ、それでも過去に喰った可能性もあるわけで、あまり趣味のいい魚だとは思えない。


 そう言うと漁師は笑う。


「そんなことをいっているとなんも食えないぞ。君の食べている野菜はもしかしたら、人間が死んで土となった土地で育ったものかもしれない。知っていて食うのと、知らずに食うだけの違いだ」


「たしかにそうだな」


 とリルは納得しているようだが、こうも付け加えた。


「しかし、店主よ、このマンイーター・フィッシュ、おかしくないか? 腹をさばかれたというのに死ぬ気配がない」


「こいつの別名は不死身魚だからな。腹を切られたくらいじゃ、問題ない。だから新鮮な切り身を多くの家庭に届けられるんだよ」


 と言い切る店主。

 納得したリルさんは魚に背を向けた。

 しかし、その瞬間、不死身魚は己を自縛していた荒縄を解き放つ。


 ここにいる不死身魚は腹を切り裂かれただけで死ぬことはなく、それどころか荒縄を引きちぎる力さえ残していたようだ。


 腹を切り裂かれて怒りに燃える不死身魚は、当然、目の前にいる小柄な女性に食らいつこうとするが、それは許さない。


 腰にある聖剣エクスカリバーを抜く。

 僕には居合抜きはできない。それでも刹那の速度で剣を抜くことができた。

 それは聖剣の力なのだろうか。

 それとも僕自身に力が備わっているのだろうか。


 それは分からなかったが、間一髪のところで不死身魚の身体を真っ二つにすることに成功した。


 飛び跳ねながらリルさんに食らいつこうとしていた不死身魚を一刀両断した僕。


 その姿を見ていた魚河岸の店主たちは、



「す、すげえ!」

「なんだこの剣さばきは?」

「あの大物を一刀で切るだなんてどんな刀、いや、腕前をしているんだ」



 そんな言葉を放った。

 中には俺の弟子にならないか、と僕を誘ってくるものもいる。

 その腕前ならば、魚屋としても食べていけると太鼓判をくれた。

 嬉しいお誘いであるが、丁重にお断りする。

 理由はリルさんが代弁してくれる。


「こらこら、我がフェンリルの咆哮の期待のルーキーを安易に引き抜くものではない。この少年はいつかこの迷宮都市の最深部に到達する男だぞ」


「へー、この坊やは未来の英雄様ってわけか」


 とある店主はそう言うと、気に入った、と膝を叩いた。


「まあ、迷惑を掛けちまったのはこっちってのもあるが、お嬢ちゃんたちが探しているサトウスズキは俺が責任を持って届けてやるよ」


「ほんとですか?」


 思わず声がはずむ。


「ああ、お嬢ちゃんたちはフェンリルの咆哮ギルドの人たちだろう。あとで届けるから、もう帰ってもいいよ」


 そう言われた僕たちは店主の厚意を素直に受け取る。


 リルさんも、

「少年の剣技のおかげでスズキがただで手に入る。金欠の我がギルドにはよいことだ」

 彼女はそう言うと、そのまま僕の手を引き、別の市場へ向かった。


 僕たちは魚だけでなく、香辛料を探し求めてもいるのだ。

 幸いと香辛料は襲いかかってくるようなことはなく、すぐに手に入る。


 リルさんはただで手に入れ損なったとへそを曲げるが、あれは例外中の例外であった。


 これで用件を済ませた僕らは帰路につくわけだけど、リルさんは途中、こんな提案をしてくる。


「この市場の横に防具類を扱っている武具屋がいくつかある。少し見ていこうではないか」


 僕は彼女の提案を満面の笑みで受け入れた。

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