神獣さまとお出かけ
熱烈な歓迎を受ける。
フェンリルの館の玄関は、とてもきらびやかに飾り付けられていた。
手製の万国旗に、飾り付けられた花々、それにくす玉もある。
リルさんはそれを割ってみよ、という。
割るとそこから紙の花びらが飛び出し、段幕がたれる。
そこにはこう書かれていた。
「クロム、初クエスト成功おめでとう!」
リルさんが書いたのだろうか、字はあまりうまくなかったけど、とても気持ちがこもっていた。
僕は嬉しさのあまり、少しだけ涙ぐむ。
「おいおい、少年、こんなところで泣いていたら、このあとが続かないぞ。なにせ、このあと、カレンが腕によりを掛けて作った料理が運ばれてくるのだから」
「え、またパーティーを開いてくれるんですか?」
「もちろんだとも。我がギルド期待のホープが初クエストを成功させたのだからな。お金に余裕もできる」
リルさんは、依頼状である「バクハダケ納品」に○の文字を付ける。
「ミッションコンプリートだ。これで我がギルドに金貨10枚が支払われる」
「結構な大金ですね」
「ああ、金貨10枚もあればやりようによっては一家族が一ヶ月は食べていけるからな」
ちなみに、と続ける。
「我がギルドでは、ルーキーの歩合は50%になってることは話しているな」
「もちろん、しっかり説明を受けました」
「よろしい、ならば依頼料の半分、金貨5枚が少年の取り分だ」
彼女はそう言うと布袋から、迷宮金貨を5枚差し出す。
ちなみに迷宮金貨とは、この都市で鋳造されている金貨だ。
王国金貨よりも金の含有率が低く、小ぶりであるが、この都市の日常的な決済ではこれがよく用いられている。
あとは迷宮銀貨、迷宮銅貨もあるが、どちらかといえば、実生活ではこちらの方をよく使う。
たぶん、この金貨も後日、銀貨と銅貨に両替する予定だ。
それまでの間であるが、金貨の重みを楽しむ。
――しかし、
報酬を貰えるのは有り難いけど、心配事がひとつできる。
ずばりそれを直接尋ねる。
「あの、このギルドの会計の方は大丈夫なんですか?」
「会計?」
リルさんは不思議そうに尋ねてくる。
「財務状態のことですよ。僕がくるまで冒険者はひとりも在籍していなかったんですよね? つまり、それってこのギルドに収入がなかったってことなんじゃ」
「少年はするどいな。そのとおりだ」
「……やっぱり」
ギルドの仕事がないからといって街でバイトするリルさんの姿は浮かばない。どうやって生計を立てていたのだろうか。
彼女は明朗軽快に答える。
「それは過去の貯蓄を食いつぶしていたのだ。これでも元Aランクギルド。それなりに貯蓄はある」
それにと続ける。
「カレンが針子や喫茶店のバイトなどをして糊口をしのいでくれた。おかげで飢えずに済んだ」
「偉そうにいってますけど、リルさんはなにもしていないってことですよね?」
「そうなるな」
彼女は抗弁する。
「しかし、神獣ともあろうものが市井でバイトをするわけにはいくまい。雇う側も恐縮してしまう」
「たしかにそうですけど……」
「それにギルドマスターにはギルドマスターの仕事があるのだ。騎士は食わねど高楊枝、という言葉もある。少年は飲食店で皿洗いをしているギルドマスターのもとで働きたいか?」
「たしかにそれはいやですね」
「だから私は働かない。働いたら負けだと思っている」
彼女は名言を言い残すと、自分の席へ座った。
王者の貫禄がある。カレンの手伝いもしないようだ。
仕方ないので僕が代わりに台所に行くと、カレンはおかしそうに笑っていた。
「どうしたのですか?」
と尋ねる。
「いえ、リルさまの嘘があまりにも面白くて」
「嘘?」
「はい、あんなことを言っていますが、実はわたしが寝ている間にわたしの針子の仕事を手伝ってくれたり、どこからか持ってきた内職をせっせとこなしているんですよ。それで儲けたお金は黙って金庫に入れておくんです」
「なるほど、なんだかんだいって、カレンにだけ負担を掛けたくなかったんだね」
「はい、ですが、針仕事は苦手なので、結局、リルさまが手がけた場所はやり直しになったのですけど」
「あはは……、ま、こういうのは気持ちが大事だから」
「内職もあんまりかんばしくないみたいですね」
「……不器用そうだもんね」
「そう、ではなく、不器用なんです。だから早くギルドのお仕事だけで食べられるようにしてさしあげたいです」
「そうですね。それには僕ががんばらないと。――ところで、連日の宴ですが、お金の方は大丈夫なんですか?」
「それには心配はいりません、と言いたいところですが、もしもクロムさまのクエストが失敗していたら、大変なことになっていました。借金です」
「あの人は後先を考えずにパーティーをやろうとしていたのか」
「残念会にならなくてなによりですが」
「本当に計画性のない人だなあ。これからは僕たちがしっかりしないと」
そうですね、と首肯するカレン。
しかし、と彼女は続ける。
「それはそれ、これはこれです。もう用意を始めてしまったのですから、今は素直にパーティーを楽しみましょう」
そう言うと、彼女は僕にメモを渡す。
「お肉の方はすでに買いそろえてあるのですが、お魚は新鮮な方がいいですからね。実はまだ買っていないのです。それにいくつか調味料と香辛料切らせていまして。よろしければクロムさま、市場に行って買ってきてくださいませんか」
そのお願いにはこう答える。
「もちろん」
僕は笑顔でメモ用紙を受け取ると、そのままフェンリルの館を出ようとするが、途中、僕の服の袖を掴む人物がいた。
リルさんである。
「少年、どこに行く? 少年はこのパーティーの主役だぞ」
「その主役をもてなすための食材を買いに行くんですよ」
「そういうことか。主役だけに買い出しに行かせるのは甲斐性がない。ここは荷物持ちとしてついていってやろう」
女の子に荷物を持たせたくはないのでそれは断るが、同行自体は賛成であった。
リルさんが館に残っても役に立つことはないだろうし、それに僕はこの辺の地理に不慣れだ。
迅速に市場まで行ける自信はなかった。
その旨を伝えると、リルさんはにやりと口元を歪ませる。
「賢明だな、フェンリルが同行すれば絶対に迷子にならない。その嗅覚と帰巣本能は犬並だ」
それでは「お願いします」と、言うと、彼女は「お願いされた」と偉そうに言う。
リルさんらしくていいが、彼女はちょこちょこと動き回りながら、玄関の前の鏡を睨む。
髪型に乱れがないか気になるようだ。
カレンも同じことをしていたが、リルさんもするんだ、というのが率直な感想だった。
たしかに神獣さまとはいえ、リルさんは女の子、自分の毛並み、じゃなかった、髪型が気になるのだろう。
リルさんの銀髪は綺麗にまとめ上げられているので、手直しに時間は掛からなかった。
彼女はそのことに満足すると、満面の笑みで僕の手を握った。
「これはなんですか?」
「迷子にならないための方策だ」
と明言するリルさん。さすがにそれは子供扱いされすぎなので、やんわりと断る。
「一丁前に照れおって、まだまだ子供だな」
「この前、成人の儀を済ませたばかりですからね」
そう言い切ると、リルさんとちょっと距離を取って館を出た。
カレンはその後ろ姿を笑顔で見送ってくれた。




