やがて最強の英雄に
「いいか、坊主、俺は選ばれし武器というのは選ばれしものが買うべきだと思っている」
それは武器商人の男の言葉だった。
「どんな名刀もへたれが装備したら、その能力を発揮できないからな。だから、俺は客を選んで商売している」
「それはさっき聞きました。でも、あの武器がどうしても欲しいんです。おじさんの言い値で買いますから、是非、僕に譲ってください」
そう頼み込むと彼は、目をつむりながらうなずいた。
「いいだろう。譲ってやろう。ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ、そのみっつの条件を満たしたら、譲ってやる。聞きたいか?」
「はい、もちろん」
「ならばしかと聞け。一、あの聖剣エクスカリバーは掘り出しものの中の掘り出しものだ。俺の爺様がいつかあの剣に相応しい男が現れるまで売るな、と遺言を残したくらいだ」
「そんな逸品なんですか」
ごくり、と思わず生唾を飲んでしまう。
「その二、あのエクスカリバーは能力値がオールA以上ないものには売るな、それも爺様の遺言だ」
「オ、オールAって!?」
「ああ、そんな化けもの滅多にいない。だからおまえの能力値でもエクスカリバーを装備し、その力を引き出せるようになったら売ってやろう」
「それは本当ですか?」
「男に二言はねえ」
と言う店主だったが、彼は明らかにたかをくくっている。僕が能力値オールAの冒険者になるなどと微塵も思っていないようだ。
もちろん、僕もそんなことは思っていないが、その代わり僕には固有スキルがある。
誰しもが――、僕さえ役に立つと思っていなかったスキル、
「なんでも装備可能」
というスキルがあった。
あれならば、本人のレベルや能力値に関係なく、その武器を装備し、能力も発揮できるはずだ。
そう思った僕は交渉することにした。
「おじさん、良かったらですが、一度だけあの剣を握らせてくれませんか。そしてそれで試し切りをさせてもらい、それを見て僕に譲ってくれるか決めてください」
「なに、試し切りだと?」
店主は眉間に皺を寄せながら腕組みをする。
熟考すること数分、店主は腹をくくったようだ。
「いいだろう。ただし、一回だけだ。こっちも暇じゃないんでな。もしも、まともに扱えなかったら、諦めるんだぞ? 少なくとも能力値がオールAを超えるまで二度と触らせない」
「分かっています。どうか見ていてください」
自信ありげにそう言うと、店主から聖剣を受け取る。
「……意外と軽い。でも、魂を揺さぶられるような感覚を覚える」
その独り言に答えたのは当の聖剣だった。
『当然でしょ。ボクは最強の聖剣だよ。その素材は神石と呼ばれる伝説の鉱石。それを鍛えたのは湖の乙女。軽くて丈夫なのが売りさ』
なるほどね。
と、つぶやくと、僕は剣を軽く振るう。
魔法効果を持つ武器独特の「ぶおん」という音が空気を切り裂く。
これならば岩さえ切り裂けそうな気がしたが、店主が用意したのはもっと堅いものであった。
彼は店の奥から重そうに鉄の塊をもってくると、それを台座の上に置き、
「これを真っ二つにしたらおまえの力を認めてやろう」
と言った。
「斬鉄か……僕にできるかな」
斬鉄とは鉄を切り裂く技術のこと。有能な剣士ならば誰しもができるが、駆け出し冒険者には荷が重い技である。
しかし、やらねばならないことであったし、やるしかないことでもあった。
それに今、僕が手にしているのは聖剣。
彼女の力を借りればできないことではないだろう。
そう思い剣を振り下ろした。鉄の塊に。
自分が思っていたよりも遙かに速い速度で振り落とされた剣は、見事、鉄の塊を切り裂いた。
――半分だけだが。
「はれ? どうして」
思わずそう口にしてしまう。
半分だけじゃ意味はない。それにこの聖剣にはこんな鉄の塊など一刀両断できる力はあるはずのなのに、どうしてそれができないのだろうか。
不思議に思い、聖剣に真偽を尋ねようと思ったが、それよりも先に店主がこう叫んだ。
「お見事!」
と――。
どういうことだろう。と、店主の方を見ると、店主は台座の下に敷かれた布を取り去る。
布を取り去るとそこには可愛らしい猫がいた。
猫はこちらの方を見ると、「にゃお」と可愛らしい声を上げ、そのままどこかに逃げていった。
店主は事情を説明する。
「坊主悪いな。まさかおまえがその聖剣を使いこなすとは思わなくてこんな仕掛けを用意した」
「仕掛けですか?」
「ああ、どうせ斬鉄はできないとたかをくくって野良猫を台座の下に隠しておいた」
それは酷いな、猫に対しても、僕に対しても。
「怒るな、怒るな。それにこれは万が一、聖剣を使いこなせる可能性もあったからゆえの処置だ。もしもおまえがこの剣に選ばれたのならば、途中でその剣の動きが止まる、そう思っていた。実際にそうなったしな」
それは僕の力ではなく、聖剣自体の力だと思う、そう主張したが、店主は笑いながら否定した。
「まだまだ剣に使いこなされるひよっこだが、逆に剣との信頼関係がすでにあるともいえる。もしも聖剣がおまえのことを嫌っていたら、そんな余計な真似はしまい」
店主は断言すると続ける。
「ともかく、俺はおまえが気に入った。この聖剣もおまえが気に入っているようだから、この剣を譲ってやろう」
「それは本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
「それは助かります」
「ただし、すぐには譲ってやれないぞ。なにせ、これを手に入れるのには元手が掛かったからな。要はおまえがこれを買う資金が貯まるまで、この剣は店の奥にしまっておく。誰にも触れさせない。ちなみにこれがその三の条件だ」
「ちなみにその剣はおいくらなんですか?」
「そうだな。大負けに負けて金貨、1300、いや、坊主なら特別に1000でもいい」
「そんなことをしてもらっていいんですか?」
「ほんとだよ。まあ、もっとも、それだけ稼ぐのに、坊主ならば十年以上かかるかもな。気長に待ってるよ」
店主はそう言うと、僕から剣を受け取ろうとした。剣を受け渡す代わりに腰にぶら下げていた布袋を手渡す。
そこには1000枚分の金貨が詰められていた。
店主はキツネにつままれたような顔をする。
「おいおい、坊主、銀行強盗でもしてきたんじゃないだろうな」
「違いますよ。宝くじが当たったんです。丁度、金貨1000枚あるはずです。これで僕にその聖剣を譲ってくれるんですよね」
目を輝かせながらそう言うと、店主はやれやれ、と言った面持ちで布袋を受け取った。
一応、本物の金貨であるか確認しているが、彼は当初の約束を守ってくれるようだ。
「まったく、能力がオールD、しかも貧乏そうな見た目をしているのにこんな大金を貯め込んでいるのだものな。俺の目利きが当てにならない坊主だぜ」
そんな皮肉を漏らすと店主はエクスカリバーの鞘を渡してくれる。
「その鞘はオリジナルではないが、それでも名工に作らせた逸品だ。エクスカリバーが風邪を引かないようにかぶせてやりな」
僕は元気よく、
「はい!」
と、答えながら一礼すると、武具屋の店主に背を向けた。
聖剣という最強の武器を手に入れて舞い上がってしまっていたのだ。
一刻も早く、この聖剣の力を試したい。
この聖剣の力を借りて一流の冒険者ギルドに入りたい。
そんなことを思いながら、武具屋をあとにした。
最後にもう一度だけ振り返り、頭を下げると、そのままの勢いで武具街をあとにした。
††
クロムという若者が嬉しそうに剣を握りしめ去って行く姿を見つめる武具屋の店主。
それを陰から見守っていた武具屋の妻は、夫に近づくとこう言った。
「いやあ、まさか、あの不良在庫がこんな高値で売れるなんてね」
「不良在庫言うな」
店主は不機嫌そうに言う。
「だって事実じゃないか。あの剣はおまえさんの親父様の代から売れ残っていたんだから」
「正確には爺様の代だよ」
「どちらにしろ店のスペースを圧迫して困っていたんだ。ただで受け取ってくれても嬉しいものを金貨1000枚に変えるなんてあんた商売の天才だね」
「…………」
店主は沈黙によって答える。
妻は夫があの少年をだまして大金をせしめたように思っているようだが、果たして得をしたのはどちらなのだろうか、そう思った。
あの武器は妻の言うとおり何十年も売れ残っていたものであるが、それにはわけがある。
あの剣は能力値がオールA以上ないと装備することさえできないのだ。
通常、どのような武器もその能力値に達していないとその武器の力を引き出すことができないが、あの剣は特殊な剣で、能力に達していないと装備することさえできない。
まるで鉛のように重くなり、持ち上げることさえ困難になるのだ。
「つまり、あの坊主は能力値がオールAということか? 本人はオールDといっていたが」
正確には生命力だけCなのだが、それは関係ない。
ただ、店主はクロムの固有スキルの正体を知らなかったので、クロムがなぜ、聖剣を装備できたかまでの詳細は分からない。
詳細は分からないが、それでも店主は知っていた。
あの聖剣を持つものが、将来、英雄と呼ばれる存在になることを。
あの少年がやがてその聖剣に相応しい能力を得ることを。
「……俺はとんでもない坊主に武器を売っちまったのかもな」
そんなことをつぶやきながら、店主はさきほどまで少年がいた場所を見つめていた。
そこには先ほど実験に使った猫がいた。
猫は詰まらなそうに毛繕いをしていた。