第二の故郷へ帰還
迷宮から帰還すると真っ先にフェンリルの咆哮へ向かう。
道中寄り道する余裕はない。
それは金銭的な意味でも、時間的な意味でも。
金銭的な意味では、お金がないから寄り道する余裕がない。
買い食いもできないし、ぶらりと武具街に立ち寄って、装備品を物色することもできない。
時間的意味では納品期間がぎりぎりという事情もあった。
「まあ、あれだけ寄り道していればね」
とは聖剣エクスの言葉だったけど、たしかに寄り道しすぎた。
「あんなところで運悪く悪漢とでくわすなんてなんだかクロムらしいよね」
「なんだよそれ」
「運が悪いってこと」
「僕は宝くじで一等を当てたことがあるんだぞ」
「とある賢者は言っていたよ、運勢には定量があるって。なにかいいことがあったら、代わりに悪いことも起こるの。そうやって神様はバランスを取ってるんだって」
「運勢定量説だね。でも、それは当てにならないな」
「どうして?」
「そもそも悪漢と出会ったのは悪運じゃないよ。悪漢どもと会わなければルミナスさんがどうなっていたか」
「ふむふむ」
「それにルミナスさんを助けたおかけでニアやクライドさんに会えたんだ。これって幸運だと思わない?」
「そーいう考え方もあるんだね」
とエクスは言う。
「まあ、宝くじが当たったおかげでボクと巡り会えたのも幸運だ。そういう意味では運勢ってのは一カ所に偏るのかもしれないね」
「ほんとうにそうだ」
宝くじが当たったおかげで聖剣を手に入れ、リルさんやカレンにも会えた。
念願の冒険者ギルドにも入り、経験を積むことができた。
数ヶ月前の僕からは考えられないことだ。
レベル1をさまよい、冒険者ギルドの面接を受けまくっていた時代が、遠い昔のように感じる。
「あ、そういえば、クライドさんと修業してステータスは上がった?」
エクスは思い出したかのように尋ねてくる。
僕はもちろん、とうなずく。
ステータスを開示する。
クロム・メルビル 16歳 レベル6→レベル7 新米冒険者 Fランクギルド フェンリルの咆哮所属
筋力 D+
体力 D+→C
生命力 C
敏捷性 D+
魔力 D
魔防 D
知力 D+
信仰心 D
総合戦闘力 1027→1136
武器 聖剣エクスカリバー
防具 旅人の服
固有スキル 【なんでも装備可能】
隠しスキル 【英雄の証】
戦闘関連スキル 【剣術D+→C】 【火魔法F】 【対槍術E】new
武器スキル 【自動回復小】 【成長倍加】
日常スキル 【日曜大工C】
エクスは僕のステータスを見るなり、
「おお、上がっている。上がっている。あ、レベルが7に。剣術と体力がCになった!」
と喜んだ。
「それに槍の達人のクライドさんと稽古したから【対槍術E】というスキルを覚えたみたいだね」
「うん、みたいだね。クライドさんが槍の弱点を教えてくれたから」
「槍の弱点?」
「槍は圧倒的リーチを誇るけど、その代わり懐に潜り込まれるととても弱いんだ。だから剣で戦う場合は、いかに懐に潜り込むかが勝負らしい」
「なるほどね」
「でも、まあ、それが難しいのだけどね」
実際、クライドとの稽古では10本中1本しか取れなかった。
もしも実戦だったら、僕は何度死んだことだろうか。
そう考えると今後は長ものを持つ相手の対策も考えた方がいいかもしれない。
なにかいい方法がないか悩んでいると、エクスは言った。
「魔法を覚えてみるというのはどう?」
「魔法?」
「うん、魔法なら遠距離から攻撃できるじゃん。槍のレンジ外から攻撃できる」
「なるほど確かにそうだね」
「今度、暇なときに練習してみようか」
「そうだね、それがいい」
と、言うと「魔法かあ……」とつぶやいた。
この前までレベルを上げることばかりに腐心していたが、そろそろ魔法を覚えてもいいかもしれない。
戦術に幅が出るし、総合戦闘力も上がりそうだ。
ちなみに僕は、【火魔法F】のスキルを持っている。
一番低いランクのスキルだが、役に立つこともある。
指の先から炎、いや、火を出せるのだ。
無論、それを飛ばすことはできないけど、野外でキャンプをするときは役に立つ。
例えば枯れ木を集めてそれに着火するときとか、近くにヘビースモーカーの人がいたときとか。
「……ま、要は戦闘では役に立たないんだよね」
ファイアボール、つまり《火球》の魔法くらい使えたらいいんだけど。
「火球の魔道書でも買おうかな。それに魔法が使える人の弟子になって」
いやいや、それよりも先に必要なのは防具かな。
武器は聖剣エクスカリバーがあるから問題ないとして、防具が貧弱すぎる。
旅人の服は、頭に旅人とついてあるだけあり、とても頑丈に作られているが、防具としての効果はほぼない。
あらゆる攻撃を素通ししてくれる。
それに盾がないのも辛い。
前にも言ったけど、弓矢や炎のブレスなど盾がないと大変な相手はたしかに存在する。
先日戦った火トカゲで身にしみて実感した。
広範囲に広がる炎の避けがたいことたるや。
火トカゲはまだ小型だからなんとかなったが、もしも相手がワイバーン、あるいはドラゴンとなれば、黒焦げにされる自信がある。
嫌な未来だが、一応、尋ねてみる。
「エクス、君の【自動回復小】の武器スキルだけど、もしもドラゴンの炎を喰らっても耐えられる?」
エクスは正直に答えてくれる。
「まあ、一撃くらいだったらね。でも、火傷は痛いよ。この世で一、二を争う痛さだ。ちなみに対抗馬は虫歯」
「幸いと虫歯はないから分からないなあ」
でも、以前、料理をしていたときに油を手にこぼしてしまったことがある。少量だったが、あのときの痛みを全身に受けると思えばいいかもしれない。
……いやだな。
「ちなみに【自動回復小】の効果で一瞬で死ねないのが辛いかもね。炎で焼かれながら徐々に回復して生き地獄を味わっちゃうかも。まあ、そのときは僕を投げ捨てれば即死できるから、そうして」
「……いやなことをいうなよ」
「あはは、そうだね。でも、クロムはそんな心配することないよ。クロムのレベルじゃまだドラゴン討伐の依頼なんてくるわけがない。それに第1階層にいる限りで出くわさないよ」
「だといいけど」
お姫様の調査隊は今のところドラゴンが第1階層に現れた形跡はない。
と言っていたが、今後もそうであるかは分からない。
もしも第2階層にしか現れないとしても困ることはある。
僕もそれなりに経験を積んできたし、そのうち第2階層におもむきたくなるはずだ。
そのとき、ドラゴンが怖いからクエストが受けられません、では、どうしようもならない。
そんな心配をしていると、エクスは僕を慰めるためだろうか、こんな台詞を言う。
「大丈夫だよ、クロム。お姫様の調査団はとても強かったじゃん。そう遠くないうちにドラゴンを倒してくれるよ」
「他力本願だ」
「じゃあ、言い代えよう。もしも出くわしても、このボクが一刀両断してあげる」
彼女はそう言い切ると、きらん、と鞘を輝かせた。
なかなか頼りになる聖剣だ。
そんなことを思いながら、僕らは懐かしのフェンリルの館に帰った。
この館を出てからまだ一週間も経っていないが、懐かしい感じがした。
「そりゃあ、ねえ、ここはクロムの第二の故郷みたいなものなんだから、心安らぐんだよ」
「第二の故郷か……」
ぼつりと漏らす。
言い得て妙かもしれない。
短い間しか滞在していないが、このフェンリルの館は僕にとって掛け替えのない場所になりつつあった。
その大切な場所からふたりの女性が出てくる。
銀色の髪と獣耳を持った小柄な神獣さま。
彼女はその大きな耳で僕たちの存在に感づいたらしい。
その横にいるカレンさんはにこにことそのことを説明してくれる。
「リルさまはクロムさまの声を聞いてから、尻尾をフリフリさせてとまらなかったんですよ」
「そ、そんなことないわい」
と、リルさんは照れながら否定するが、その真偽はどうでも良かった。
久しぶりに再会できた彼女たちの笑顔に見とれてしまったからだ。
僕は軽く頭を下げながら言った。
「ただいまです、リルさん、それにカレン」
彼女たちはそれぞれの表情でうなずいた。
「息災でなによりだ」
「無事戻ってきてくださり、嬉しいです」
僕たちは彼女に勧められるがまま、館には入り、カレンさんにお茶を入れてもらった。




