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ニアとの別れ

 クライドに稽古をつけてもらい、火トカゲを倒し、ワイバーンから逃れた僕は、そのままお姫様の野営地で一晩の宿を借りた。


 お姫様は、一晩でも一週間でもごゆるりと滞在してください、とのことだったが、そうもいかない。


 僕にはやることがあるのだ。


「やることですか?」


 ニアは軽く首をかしげ、尋ねてくる。


「ルミナスさんを助けるのに夢中になってしまいましたが、僕は実はクエスト受注中の身なんです。とある依頼主からバクハダケを採取してくるように頼まれていて」


「まあ、それは大変ですね」


 彼女はそう上品に言うと、部下にバクハダケを集めさせる旨を伝えてくる。


「それはだめですよ」


「どうしてですか?」


「だってこの部隊には竜を探すという大事な任務があるじゃないですか、それを放り投げて僕のクエストを手伝うなんて」


「ですが、元々、ルミナスを救うためにクロムさんはクエストを放棄されたのではないですか?」


「もしかしてルミナスを助けるとき、せっかく集めたバクハダケを放棄して、悪漢どもを追いかけたのではありませんか」


「…………」


 彼女はまるでその現場を見てきたかのように言い当てる。女の勘というやつだろうか。妙に鋭い。


「どうやら当たりみたいですね。ならば我々がキノコを探すのは当然です」


 彼女がそう言い切ると、兵士たちは二人一組となり、散らばっていく。

 統率の取れた部隊だ。

 事実、彼らはあっという間に必要納品数以上のバクハダケを集めると戻ってきた。

 ニアはそれを丁寧に籠に入れると、お手製のブーケまで添えてくれた。


「これを依頼主に納品するときっと喜びますよ」


 という言葉も添えてくれた。

 奇麗な花々は男の僕が見ても心奪われる。


 エクスも同様で、

「はあ、奇麗なブーケ」

 と見とれている。こういうところは女の子だな、と思う。

 僕はブーケはありがたく頂戴するが、籠は受け取らない。


「そんな気になさらず受け取ってください」


 というニアに対して言う。


「この籠はお借りするだけです。いつかまた出会ったときお返ししますよ」


 その言葉を聞いたニアは春の陽光のような笑みを浮かべる。


「わかりましたわ。ならばその籠はいつか返却してもらうということで。近いうちにまた会えるといいですね」


「本音を言えばもっと立派な冒険者になってから返したいですが」


「クロムさんはすでに立派な冒険者ですよ。足りないのは時間と経験だけ。数年後にはこの迷宮都市にその名が響き渡っているでしょう」


「だといいんですが」


 僕がそう言うと、彼女は最後に握手を求めてきた。


「これは別離の握手ではありません。再会を願っての握手です」


 周囲を見渡す。


 一国のお姫様と握手をしていいものかと迷ったのだが、この部隊に堅苦しい人間はいなかった。


 僕は彼女と力強く握手する。

 

 彼女との再会を願って、

 彼女の手はマシュマロのように柔らかかったが、握手の強さはなかなかのものだった。


 姉さんの言葉を思い出す。


「力強い握手から、友情は生まれる」


 という言葉を。


 一刻の王女さまと友人になるとは大それたことだと思うが、この瞬間、僕と彼女の間に友誼めいたものが生まれたような気がした。


 その手を名残惜しげに離すと、僕は第1階層に続く洞穴に向かった。





 クロム少年の背中を見送るニア、それにルミナスとクライド。

 最初に口を開いたのはクライドだった。


「気持ちのいい少年でしたな」


「そうですね」


 と、ニアは同意する。


「こんな時代、こんな場所にも、あんなにもまっすぐな目をした少年がいてくれて、嬉しく思います」


「また会えるでしょうか?」


 とは学者ルミナスの言葉であるが、ニアは信じていた。少年と再会できることを。


 この迷宮都市は広い。

 容易には巡り会えないだろうが、それでもニアは彼との再会を予感していた。


 少年の所属する冒険者ギルドの名は聞かなかったが、あのような立派な少年が所属しているのだ。高位の冒険者ギルドを片っ端から探れば探し出すことは容易だろう。


 もしも無数にある弱小ギルドに所属していたら探すのに一手間かかるだろうけど。


 それでもニアは彼との再会を信じていた。

 彼ほどの冒険者ならば必ずこの迷宮の地下奥深くに到達するだろう。

 迷宮都市の迷宮は深くなればなるほど、立ち入る冒険者は少なくなる。

 つまり、出会える冒険者が限られるということだ。


 ドラゴンを調査にきたニアだが、ニアはもうひとつ目標がある。

 それはこの迷宮の最下層にあるものをこの目で見ることである。

 迷宮都市イスガルドの地下に広がる広大な迷宮。

 その最深部に到達したものはいまだかつていない。

 最深部には古代魔法文明の王宮がある。

 そこにはこの世の富の半分が眠っている。

 そんな噂があったが、ニアはそれらを求めて迷宮にもぐるわけではなかった。

 ニアはただ純粋にこの迷宮の果てがどうなっているのか、確かめたいのだ。

 そこになにがあるのか、この目で見てみたいのだ。


 少年も迷宮の最下層を目指しているという。

 ならばきっとクロムとはまた再会できるはず。

 この迷宮のどこかで――。

 ニアはそれを心の底から祈りながら、本来の目的、ドラゴン探索を始めた。



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