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クライドの述懐 †

 クライドの述懐。


 先日、出会った少年、名をクロムといっただろうか。

 彼は我が部隊のブレインともいえるルミナス嬢を救ってくれた男。


 先ほど稽古をつけ、その後、ともに火トカゲと戦ったが、その腕前はとてもレベル6の新米冒険者とは思えない。


 それに腰にぶら下げた剣。


 鞘こそどこにでもある安物であったが、その刀身は王都でもなかなか見ることのできない輝きを放っていた。


 もしやあの剣は聖剣、あるいは魔剣の一種なのではないだろうか。

 そう勘ぐってしまいたくなる業物であった。

 ……いや、それはないか。とかぶりを振るクライド。

 クロムのレベルは6。

 その程度のレベルで装備できる聖剣や魔剣など存在しない。


 いや、存在はするが、大した剣ではないだろう。そこらのロングソードに魔法を付与し、+1とか+2程度の効果を与えたくらいであろう。


 もしかしたらあの少年が持っている剣がそうなのかもしれないが。


 ただ、あのような貧しい身なりの少年が、そんな貴族か商人しか買えないような武器を持っているとも思えない。


 おそらくはただ見た目がいいだけの偽物(レプリカ)かなにかなのだろう。

 それよりも気になるのは少年の腕前だ。

 彼に稽古をつけたとき、不覚にも一本取られてしまった。


 少年の剣技が未熟であり、低レベルとあなどった結果であるが、その代償は大きかった。


 クライドは少年から受けた木刀の一撃を思い出す。

 肩口をバッサリと切り裂くような袈裟斬り。

 その一撃は思いのほか重く、鋭かった。

 あるいはクライドが放ったどの突きよりも重かったかもしれない。

 それを証拠に——。

 と、クライドは上半身の服を脱ぐ。

 そこにはくっきりと紫色のあざが残っていた。


 先ほど姫様に回復魔法を掛けていただいたときは、「こんなものは唾でもつけておけば治る」と啖呵(たんか)を切ったが、その実、クライドはうめき声をあげたいくらいの苦痛に悶えていた。


 クロムの一撃がそれほど堪えたのだ。


 一方、こっちが本気で放った棒の突きは大して痣を作ることはできなかったようだ。姫様の回復魔法によって完璧に治癒していた。


 こちらはまったく手を抜くことなく、骨くらい折ってやろうと思っていたにもかかわらずだ。


 いったい、あの少年はなんなのだろうか。

 ただの木刀の一撃とは思えなかった。

 ただの少年の回復力とは思えなかった。

 それだけではない。

 クロムは初めて火トカゲと戦ったにもかかわらず、火傷ひとつおわなかった。

 火トカゲの炎の息を颯爽とかわし、6体もの火トカゲを葬り去った。


 クライドが初めて火トカゲと戦ったときは、手痛い一撃を食らい、一体倒すのがやっとだったことを考えると、クロムという少年は末恐ろしい才能の持ち主ということになる。


 ドラゴンを探しに迷宮都市にやってきたが、もしかしたらドラゴンよりも面白い少年に出会ってしまったのかもしれない。


 あの少年がこのまま研鑽を重ね、着実に成長していけば、やがては本当に勇者と呼ばれる存在となり、姫様の夢をかなえる一助になってくれるかもしれない。


 そんな可能性すら感じさせてくれる少年だった。

 彼をこの部隊にスカウトすべきかな? と迷う。


 少年は今、食事を終え、付き合い酒を飲み終え、熟睡しているが、明日、折を見て誘ってみるのも悪くないかもしれない。


 姫様の臣下にならないか、と——。


 クライドは再び少年を見つめる。そこには年相応のあどけなさを残した少年がいた。


 とてもクライドを驚愕させ、勇壮に火トカゲを倒した男とは思えぬ寝顔であった。

 その顔を見てクライドは思い出す。

 昨晩、酒を飲ませたときに少年が言った言葉を。


「僕は世界一の冒険者になるのが夢なのです」


 冒険者と兵士は違う。


 少年が兵士になればいつかは騎士にもなれるかもしれないが、彼がなりたいのは冒険者なのだ。


 冒険者のその先にある道なのだ。


 あのように目を輝かせて世界一の冒険者になりたいという少年を説得するのは不可能に近いだろう。


 それは兵士クライドの情熱をもってしても、

 学者ルミナスの弁舌をもってしても、

 姫様の慈愛をもってしても不可能なことのように思われた。

 ならば明日、こころよく少年を送り出してやるのが大人の務めだろう。

 少年をスカウトするのは少年が大人になってからでいい。

 その夢をかなえてからでも遅くなかった。


 クライドはそれまで生きているつもりだったし、それまで姫様のことを守るつもりだった。


 少年がいなくても姫様を守り、ドラゴンなど軽く倒せる。

 それは過信ではなく、自信であった。

 数年に渡り姫様に仕え、姫様を守り通してきた実績から生まれた自信であった。

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