クライドとの稽古
クライドとの鍛錬は最初、軽いものだった。
彼は自慢の槍ではなく、長い木の棒を使う。
僕には木刀を渡す。
「真剣同士で訓練をして万が一ということがあってもいけないしな」
とはクライドさんの弁だった。
しかし、聖剣を使わないと僕の総合戦闘力はだだ下がりだ。
ただでさえレベルが離れているので、総合戦闘力にがつんと差が出る。
「気にするな、勝敗を決めるものではない。クロム、おまえはモンスターや剣での稽古に長けているようだが、槍との戦いは経験がないだろう。長ものを使う相手がどれくらい厄介か。その身体に刻んでおくといい」
「はい」
と答える。
たしかに田舎の姉さんも言っていた。
「剣術三倍段、槍も三倍段」
そんな格言がある、と。
つまり素手の人間が剣と戦うには3倍の実力がいる。剣を持った人間が槍を持った人間と戦うには3倍の実力がいる。そんなお話だ。
それくらい自分よりリーチのある相手と戦うのは大変だということであるが、実際、大変だった。
僕は近づくとさえできず、クライドの棒に小突かれる。
「もしもこの棒が本物の槍だったらおまえはもう三回は死んでいるぞ」
とはクライドの言葉だったが事実であった。
やはり姉さんの言葉は正しい。
それにクライドの実力も半端ないものだった。
ただ、それでもクライドのような槍の達人に稽古を付けてもらえるのは素晴しいことだった。
迷宮には剣を持った魔物よりも槍を持った魔物の方が多い。
ゴブリンやオークなどは、棒の先に石器を付けた槍を装備していることが多い。
ここで槍との戦い方を学んでおけば、後日、必ず役に立つはずだ。
僕はそう思いながらクライドと戦い続けた。
結局、10本ほど勝負を挑んで僕がクライドに一撃を入れられたのは一回だけだった。
それでも一回だけでも槍の達人に一本でも入れたのはすごいことらしい。
クライドは褒めてくれる。
「俺が格下相手に一本入れられたのは何年ぶりだろう。クロム、おまえはすごい才能を秘めているのかもな」
社交辞令かもしれないが、嬉しかった。
ニアも手放しに褒めてくれる。
「さきほどからクロムさんの動きをあまさず見ていましたが、とてもレベル6の冒険者の動きとは思えません。天才とはクロムさんのような人のことを指すのでしょうね」
彼女はそう言うと、近づき、回復魔法を掛けてくれる。
彼女の手から暖かい波動を感じる。
クライドから受けた打撃痕がみるみるうちに治る。
「すごいですね、ニアさんは回復魔法も使えるんですか」
「手慰みに覚えました。わたくしは弓使い。後衛職なので回復魔法くらい覚えておいた方がいいと思って」
「すごいですよ。うちの田舎の司祭様よりもうまいかも」
「お世辞でも嬉しいですわ」
お世辞ではなく、本気なのだが。幼い頃、川で遊んでいたときに足を切ってしまったことがあり、そのときに司祭様に治してもらったことがあるが、こんなにもすぐに傷はふさがらなかったし、傷跡も残ってしまった。
ニアの回復魔法は明らかに司祭様の上位互換で痣もすぐになくなりそうであった。
僕の治療が終わると、今度はクライドの治療へ向かう。
彼も一応、僕の一撃を受けたのだ。
クライドは、
「こんなのは傷のうちに入らない」
というが、それでも彼は治療を拒まなかった。
緑色の魔力をまといながら回復に専念するニア。
その慈愛に満ちた微笑みは王女さまというより聖女にも見えた。
冗談でそのことを口にすると、クライドは言う。
「おまえは勘が鋭いな。おひいさまはかつて修道院におられたのだ。とある理由で王宮に呼び戻されるまでそこで神に仕えておられた」
なるほど、だから清楚な中にも慈愛めいた優しさも兼ね備えているのか。
そう言うと彼女は頬を染めながら言った。
「あまりおだてると、クライドの傷は治してあげませんからね」
それは困る、とクライドは苦笑いを浮かべながら、以後沈黙した。
その後、しばらく歓談すると、僕たちは森の奥に入ることにした。
ニアが提案してきたからだ。
「わたくしの目的は第2階層の森の調査。部下たちを大勢引き連れて調査するのもいいですが、あまりに多勢だと本来の調査ができないかもしれません。ここは3人で覗きに行きませんか?」
無論、クライドはたしなめるべき立場なのだろうが、こう言った。
「それもよろしかろう。ここには3人の豪傑がいる。第2階層程度のモンスターならば、片手で倒せる」
「弓は片手では撃てませんけどね」
と、冗談を言うニア。彼女は気さくなだけでなく、冗談を言って場を和ませることもできるようだ。
この部隊のお姫様も、熟練の兵士であるクライドも大丈夫だと言っているのだ。
三人で森の奥に入っても問題ないだろう。
そう判断した僕は彼女たちの意見に従うことにした。
最後に僕も冗談を言う。
「ふたりのような冒険者がいれば、ドラゴンでも襲いかかってこない限り、負けるわけがありませんよ」
ふたりはその冗談に笑ってくれたが、その笑いも数分後には凍り付く。
僕たちは運悪く、ドラゴンに遭遇してしまったのだ。




