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ユーフォニアのシチュー

「ぎゃふん」


 と言えばいいのだろうか?


 なぜ、僕がそのような台詞を言っているのかといえば、お姫様の料理が思いの外美味しかったからである。


 いや、思いの外どころではなく、とても美味しかった。

 彼女が作ったのは、猪肉のシチューとリコの実のサラダ。

 どれらもこの迷宮で手に入れた食材を活用している。

 猪の肉は見事に臭みが消えていいる。


「それは《冷凍魔法》でお肉を熟成させたからです。凍るか凍らないかの寸前の温度で肉を熟成させるととても美味しくなるんですよ。それに調理する直前に、牛乳とショウガを揉み込むと臭みは取れます」


「なるほど、手間暇が掛かっているんですね」


「猪を狩ってくれたのは兵士ですし、冷凍魔法を使ったのも配下の魔術師ですが」

「ですけど、このシチューは絶品ですよ。だしが良く出ています」


「猪のうま味だけではなく、王都から持ってきたうま味調味料も使っていますからね。鶏ガラを煮詰めたものを粉末状に加工し、料理に使うのです。とても美味しくなります」


「王都ではそんなものが売っているんですね」


「この迷宮都市にも売っていますよ」


 とはお姫様の言葉だが、たぶん、びっくりするくらい高いのだろうな、と思った。

 僕はゆっくりとさじをすくいシチューを味わう。

 堅めのパンをシチューに浸し、口に入れる。


 一方、お姫様はそんなはしたない真似はせず。シチューはシチュー、パンはパンと別々に食しておられる。


 シチューは一杯一杯丁寧に口元に運び、一滴もこぼさない。

 パンも小さくちぎり、上品に口に入れる。


 我がギルドのギルドマスターとは対極的な食べ方であるが、リルさんの食べ方もお姫様の食べ方も甲乙付けがたい。


 リルさんのように多少品がなくてもガツガツ食べる人もいいが、お姫様のように上品に食べる人もいい。


 食事の仕方に上下はなく、美味しく食べられればそれで十分だった。


 食事はなにを食べるかよりも誰と食べるかの方が重要であると、今さらながらに再認識する。


 その点、この部隊の食事は楽しい。

 クライドは気軽に話しかけてくれるし、ルミナスは博識を披露してくれる。


 お姫様も気さくな方で、食事中は一切、口を開きませんわ、というタイプの人ではなかった。 部隊のみんなとの会話は弾み、とても楽しい食事となった。


 こうして僕たちは陽気に会話をしながら、夕ご飯を食べた。





 翌日、朝になると、約束通り、クライドに稽古を付けてもらう。

 なぜかお姫様のニア様も一緒についてくる。


「ルミナスを助けてくれた勇者さまの勇姿が見たいのです」


 とのことだった。

 僕はクライドに視線を向ける。

 護衛たちから離れて大丈夫なのですか? という意味だが、通じたようだ。


「護衛の兵士たちは目と鼻の先にいるし、ここには名うての兵士と勇者がいるからな、心配にはおよばない」


 名うての兵士とはクライドのことだろうが、勇者とは僕のことだろうか。

 後者は過大評価なような気もするけど。

 そんなことを思っていると、ニア様は言う。


「安心してください、クロムさん、クライドやクロムさんだけでなく、わたくしもそれなりの実力を秘めていますから」


 彼女はそう言うと、背中から弓を取り出す。

 それに呼応するように、クライドは懐からリンゴを取り出す。

 リンゴを手に持つと、クライドはそれを手のひらの上に置く。

 お姫様は弓弦を引くと狙いを定める。

 まさかあの手のひらの上のリンゴを打ち落とすつもりではあるまい。

 そう思ったけど、そのまさかだった。


 ニアの弓から放たれた矢は、まっすぐにクライドのもとに飛んでいき、手のひらの上に乗せていたリンゴを打ち抜く。


 目にとまらぬ速さでリンゴに突き刺さる矢。

 矢とリンゴはそのまま後方の木に突き刺さる。

 クライドは木に張り付いたリンゴをそのまま取ると、豪快にかじる。


「――というわけで。うちのおひいさまに護衛などは本当はいらないのだ。我々もおひいさまの護衛というよりは、ドラゴンの調査に同行したルミナスの護衛が主目的だ」


「なるほど」


 と、納得する。ちなみにお姫様はステータスも公開してくれる。


ユーフォニア・エルンベルク 16歳 レベル20 弓使い エルンベルク王国 第3王女


筋力 C

体力 C

生命力 C+

敏捷性 B+

魔力 C+ 

魔防 A

知力 C+

信仰心 B+

総合戦闘力 3287


武器 世界樹の弓

防具 天女のドレス ケルピーの革の鎧+3 古代の指輪+8 王家の紋章



「すごいだろう」


 とはクライドの言葉であるが、たしかにすごい。

 本当に護衛などいらないくらいであったが、お姫様は謙遜する。


「これもほとんど装備のおかげですよ」


 とのことだが、ステータスは本人の才能と努力しか反映されないので、それは謙遜だろう。


「ステータスといえばクロムさんもすごいではないですか、レベルはまだ6ですが、総合戦闘力が1027もあります」


「それはエクスのおかげですよ」


 と、聖剣を見せる。


「エクスがいなければ、僕はそこらのゴブリンにも負ける雑魚です。ユーフォニア様とは違います」


「まあ、聖剣をお持ちなのですね。それは素晴しい」


 と彼女は言うが、彼女は聖剣よりも気になることがあるようだ。


「あのクロムさん、よろしければですが、ユーフォニア様、というのはやめてもらえませんか?」


「え? どうしてですか?」


「なんかこそばゆくて」


「でも、部隊のみんなはお姫様とかおひいさまと呼んでいますし」


「彼らはわたくしの臣下です。本当は彼らにもニアと呼んでほしいのですが、立場上それはできません。ですが、クロムさんとわたくしは対等の冒険者。ならばニアと呼んでほしいのです」


 彼女の目は真剣だったが、それでも王族を呼び捨てにするのははばかられる。


「ニア……さん」


 妥協してみたが、彼女は頬を膨らませる。


「……じゃあニア」


 彼女は陽光のような笑顔を浮かべる。


「それではときと場所を選んでニアと呼ばせてもらいますね」


「はい、嬉しいです、クロムさん」


 彼女はそう言うと手を差し出してきた。

 握手をしてくれ、ということなのだろうか。

 クライドの方を見つめる。

 彼は軽くうなずく。

 僕はズボンをこすると汚れを落とし、そのまま彼女の手を握りしめた。

 先ほどの強弓を放ったとは思えないほど華奢な手で、柔らかいさわり心地だった。  

 その手の感触を味わっていると、腰の聖剣がからかってくる。


「神獣リルに、メイドのカレン、それにお姫様のユーフォニア。さてはて、クロムの未来の奥さんは誰かな」


 結婚式には僕も呼んでよね、それと子供ができたら名前を付けさせて、と冗談を言ってくる。


 茶化すなよ、という意味を込めて軽く聖剣を叩くが、懲りた様子はない。


「あ、ちなみにこのエクスさんも候補だからね」


「僕は無機物と結婚する趣味はないよ」


「いいのかな、そんなこと言って、もしもボクが擬人化したら、とんでもない美人になるかもよ?」


「君は擬人化できるの?」


「できるよ――、と言ったらお嫁さんにしてくれる?」


「なんだ、冗談か」


 そんなことをニアに聞こえないようにつぶやいていると、クライドが言った。


「クロム、それではそろそろ鍛錬を始めようか」


 彼の方に振り向き、言う。


「はい、よろしくお願いします!」


 と――。

 こうして僕とクライドの鍛錬は始まった。

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