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ニアとの出逢い

 彼女、ルミナスの主である女性はまず自己紹介をした。

 周囲のものがとめるのにもかかわらず、こう言い放った。


「わたくしはこの国の第三王女、ユーフォニアと申します。ニアとお呼びください」


 彼女が自分の身分を明かした瞬間、ルミナスは「あちゃあ!」と顔を押さえ、兵士たちは天をあおいだ。


 ルミナスは怒りながら言う。


「おひいさま、なぜ、身分を明かしてしまうのです。こたびの旅は、身分を偽ってのもの」


 それに対してのニアの答えは明快だった。


「偽るもなにも、こんな重武装の兵士を引き連れていては意味をなさないでしょう。我々の姿を見ればほとんどの人間はいぶかしがります」


 それに、と続ける。


「クロムさんという御仁は勘の鋭いお方、わたくしを一目見た瞬間から、正体を見破っていたようですよ」


 そうなんですか、という目でルミナスはこちらを見てくる。


 僕は顔をぽりぽりと人差し指で掻きながら、

「まあ、おおよそは察していました」

 と、正直に答える。


 それを聞いたルミナスは吐息を漏らす。


「おひいさまの気高さと気品は隠せない、ということですか」


「そうですね。一目でやんごとなき方だと分かります」


「だそうですよ」


 と、笑うお姫様。案外、気さくで飾り気のない女の子であった。

 ニアは軽く笑うと、こちらの方に振り向き、こう言った。


「さて、わたくしの大切な友人の命を救ってくれた勇者さまに事情を話しましょうか」


 ニアは軽くルミナスを見るが、彼女はもう抵抗しないようだ。

 すべてを話してください、的な顔をしている。

 それを確認したニアはにこやかに事情を話し始めた。

 にこやかな表情であったが、彼女の話す内容はあまりおだやかではなかった。



「この第2階層にドラゴンが現れたと言うのですか!?」



 それがニアのもたらした情報だった。

 思わず叫んでしまったのは、あり得ないと思ったからだ。

 通常、ドラゴンはもっと深い階層に住んでいる。

 こんな浅い階層に現れるだなんて聞いたことがない。

 だが、彼女は言う。


「ですが、現実にはここにドラゴンが徘徊しているのです。先日も我が王国の調査団が、それに冒険者に物資を配給する商人の隊商も襲撃されました」


 ニアは深刻な顔になると、


「調査団も隊商もほぼ全滅です。皆焼き殺されるか、食い殺されるか。かろうじて逃げ出したものはあんなにも恐ろしい火竜は見たことがない、口々に語ります」


 と説明した。


「そんなに凶暴なドラゴンがこんなに浅い階層に……」


「ええ、まだ第2階層ですが、そのうち第1階層にやってくるかもしれません。そして人の肉の味を覚えたドラゴンが地上に解き放たれるかも。そうなればこの迷宮都市は大混乱に陥るでしょう」


「阿鼻叫喚ですね」


 見慣れた街、迷宮都市イスガルドが炎に包まれる姿が浮かぶ。


 安宿の女将さん、武具屋の店主、銀のさじ亭の給仕、彼らが食われる姿を想像してしまう。


 そんなのは嫌だ。

 と首を振ると、それにニアも同意する。


「そうです。ゆえにわたくしたちは王都からやってきたのです。この迷宮都市を救うために。まだこの情報は評議会でも一部のものしか知らないので極秘調査ですが、もしもその話が真実で、まだ火竜がこの付近にうろついているのならば、わたくしは討伐隊を組織するつもりです」


「討伐隊ですか? この部隊のことですか?」


「ここにいるのは選りすぐりの兵士ですが、冒険者ではありません。モンスター退治になれていません。それにこの数では倒すことは無理でしょう」


 兵士の数を数えてみる。重武装の兵士が10人はいたが、この数でも倒せないものなのだろうか。


 そう思っていると、姫様の護衛のひとりが言った。


「お言葉ですが、姫様、私は訓練を重ねてきた正規の兵士です。それにここにいる仲間も。ドラゴンくらい倒せるはずです」


 鼻息が荒い。

 彼は自慢げにステータスを開示する。


 

クライド 32歳 レベル12 王国兵士 


筋力 C+

体力 B

生命力 C+

敏捷性 C+

魔力 D

魔防 D+

知力 D+

信仰心 C

総合戦闘力 1560


武器 鋼の槍(両手持ち)

防具 鋼の鎧 鋼の兜 


固有スキル 【槍の名手】

戦闘関連スキル 【槍術C】 【集団戦闘C】



 おお、すごい。さすが王国の兵士だ。そのステータスはなかなかすごかった。


 素直に賛嘆の言葉を贈ると、クライドは気をよくしたのか、

「あとで稽古を付けてやろうか?」

 と言ってくれた。


 もちろん、断る理由はない。


 自分より強い相手に稽古を付けて貰える機会などそうそうなかったし、それに【槍の名手】という固有スキルも気になる。


 槍使いと戦ったことはないからいい勉強になるだろうし。

 ただ、一応、彼の主であるお姫様に許可を取らねば、と思った。


 お姫様を見つめると、彼女は、


「もちろん、かまいませんよ。ただし、クライドはわたくしの大切な部下、手加減してあげてくださいね」


 もちろん、それは社交辞令なのだろうけど、お姫様はそれなりに僕の実力を買ってくれているようだ。


 クライドも笑いながら言う。


「たしかにこの少年はたったひとりで悪漢四人を切り伏せた勇者だ。さすがの俺も負けるかもしれないな」


 クライドはそう言うと「がっはっは」と豪快に笑った。

 その笑い声は隊内に伝達して、皆、笑い出すが、陽気な笑いで不快感はなかった。

 きっとこの部隊の人たちは皆、良い人たちなのだろう。

 それはこの部隊の主、金髪のお姫様のおかげかな、と思う。

 フェンリル・ギルドの皆が良い人間なように、

 ウロボロス・ギルドの連中が皆、姑息なように、

 その組織のリーダーの人格的影響というのは組織の下部にも広がるのだ。


 一瞬、僕も王国の兵士となり、彼女の部下になりたい、と思ってしまったが、頭を振る。


 僕の目標はあくまで冒険者。

 それも一流の冒険者だ。

 この迷宮都市で名を轟かせるのが当初の目的だった。


 そのステップを踏まずお姫様に仕えても、彼女に役立つことはできないだろう。

 それに――


 リルさんとカレンの顔が浮かぶ。


 せっかく、彼女たちと同じギルドに入れたのだ。リルさんとはフェンリルの咆哮をAランクに戻すと約束したし、少なくともそれを叶えてからでないと移籍はできない。


 メルビル家の家訓にはこういうものがある。


「義を見てせざるは勇無きなりよりも一宿一飯の恩義を大切にせよ」


 フェンリル・ギルドでは、一宿一飯どころか、寝床まで貸してもらい、毎日美味しいご飯まで作ってもらっている。


 そんな彼女たちを裏切るような不義理な真似はできなかった。

 ただ、そんなことを思っていると、ニアはほがらかな笑みで言った。


「クライドとの稽古はもう少しあとにして、この辺で一休みしませんか? クロムさんもご活躍されてさぞお腹をすかせているでしょう。わたくしの手料理でよろしければ一緒に食べませんか?」


「お姫様の手料理ですか?」


 食事に誘われたことよりもそちらの方に驚いてしまう。

  

「あ、そのお顔はわたくしが料理下手だと思っていますね」


 姫様は可愛らしく頬を膨らませる。


「まさか」


 と、答えておくが、実は思っていた。

 弁明になるけど、お姫様が料理上手などというイメージはない。

 宮廷の奥で鎮座して、窓辺で詩集を読みながら、中庭でお花摘みでもしている。

 それが僕のイメージだったし、彼女のお姫様然とした姿はそれに相応しかった。

 お姫様は僕の表情を察したらしく、最後にこんな台詞を言った。


「そこまで侮られてしまっては、王家の面目に関わりますね。絶対にぎゃふんと言わせて見せますからね」


 ちょっと怒り気味だが、どこまでも可愛らしい笑顔のお姫様だった。

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