ダンジョンで出会った貴人
気絶した悪漢どもを縛り上げる。
ぐにゃりとうなだれているが、背骨は無事のようだ。
ただ右手がぷらんとしている。
可哀想に、とは思ったが、縛る縄の力は緩めない。
4人まとめて縛り上げると、そのまま放置しておく。
悪漢の安否よりも気がかりなことがあったからだ。
それはぐったりとしている女性だった。
その女性とはもちろん、悪漢どもに連れ去られていた女性であるが、彼女はなにものなのだろうか。
気になる。
注意深く観察してみる。
着ているものは女性用のドレスだ。
たぶん、中身も女性だろう。
エクスは股ぐらを触って確認したのかい? もしかしたら男の娘かもしれないよ。と品のないことを言うが、触らなくても分かる。胸の衣服が少しはだけ乳房が見えかかっているからだ。
僕は紳士なのでエクスカリバーの鞘で女性にマントをかぶせてあげる。
「しかし、この女性なにものなのだろう? 見たところやんごとなき人にも見えるけど」
貴族に見えないこともない女性だ。それくらい気品が漂っているし、優雅さも感じる。
ただ、眼鏡を掛けている貴族などあまり見たことはない。
貴族の女性は眼鏡を嫌い、公式の場では掛けない。
「となると、この子は学者かな?」
そんな結論に達する。
その推論にエクスも賛同してくれる。
「そうだね、この子はなんか学者っぽい。おそらくだけど、第1階層にフィールドワークに来たところ、悪漢に襲われたんじゃないかな」
なかなかの推理だ。
納得してしまうが、それを確認するには彼女を起こして問いただす方が早いであろう。
そう思った僕は、彼女の身体をゆさぶる。
数分後、彼女は「う、うーん」という言葉を発すると、現実世界に戻ってきた。
最初こそ寝ぼけ眼で、「朝ごはんの時間ですか?」と尋ねてきたが、すぐに自分が拐かされたことを思い出す。
「は!」
と、目を見開くと、後ずさりし、警戒心をあらわにする。
彼女の警戒心を解くには、後ろにいる悪漢どもを見せるのが早いだろう。
僕は彼女にそのことを伝える。
自分の後ろで気絶し、お縄になっている悪漢どもを見て、彼女は納得したようだ。
すぐに僕が恩人であると気がつく。
彼女はずれ落ちかけた眼鏡をただすと、こう言った。
「このたびは私の窮地を救っていただき、ありがとうございます。私の名はルミナス。おうきゅ……、いえ、学者の助手のような真似事をしています」
「やっぱり学者さんでしたか」
「助手ですけどね」
と、にこりと微笑む。
「野外採集、つまりフィールドワークにきていたところを悪漢どもに捕まってしまったのです」
「ひとりで来ていたのですか?」
「ひめ――、いえ、主と一緒にきていましたが、はぐれてしまったのです」
「なるほど、それは大変でしょう。ならばその主のところに送り届けて差し上げましょう」
「え? そこまでしてもらえるんですか?」
「せっかく助けたのに、ここで放り出すのは中途半端ですし」
そう言うと彼女は破顔する。
僕の腕に寄り添うと、
「あなたは紳士の中の紳士です」
と、僕を称賛した。
マントが落ちて、彼女の胸部がちらりと見える。僕は紳士なのでのぞき込まないが、それでもエクスは茶化す。
「今なら命の恩人だから出血大サービスしてもらえるかもよ」
「エクスはなんでも茶化すね」
「それが趣味だからね」
と笑う。
そのやりとりを見て彼女は不思議そうな顔をしていた。
まあ、エクスの声は誰にも聞こえないのだから、当然か。
それでも彼女は奇異な顔をせず、にこにことしていた。
一緒にいるとこちらまでほっこりしてしまうような女性だった。ちょっとだけカレンに似ているかもしれない。
僕はそんな彼女の手を引き、この第2階層をあとにしようとした。
しかし、それよりも先に変化が訪れる。
草木がざわめく。
最初はモンスターか、悪漢どもの増援か、そう疑ったが、そうではないようだ。
やってきたのは重武装の兵士たちだった。
彼らは槍で武装し、それを突きつけてくる。
彼らは開口一番に言った。
「大丈夫ですか? ルミナス殿?」
もしもルミナスが大丈夫です、と言わなければ僕はその槍で刺されていたかもしれない。
それくらい気迫のこもった人たちだった。
「ええ、大丈夫よ、この人に救ってもらったの。だから、あなたたち、私の恩人に無礼は働かないで」
なるほど、と兵たちは納得すると、今度は平身低頭に頭を下げた。その変わり身は称賛に値する。
「ルミナス殿の命の恩人とはつゆ知らず、ご無礼の段、平にご容赦ください」
その謝罪に偽りはなさそうなので、素直に受け取ると、僕は事情を尋ねた。
「ただの学者さんが王国の兵士を連れているのは妙ですね。もしかしてなにか事情があるのではないですか?」
そう尋ねると、兵士は動揺する。
どうやら事情がありありのようだ。
ここまで巻き込まれたのだから、その事情とやらを確認しておきたかったが、それはルミナスがとめる。
彼女は申し訳なさそうに頭を下げると、
「すみません、こればかりは命の恩人であるクロムさんにも言えません」
と言った。
ならば仕方ない。そう思ったが、意外な人物が横やりを入れてくる。
「よいではありませんか、ルミナス。仮にもそのお方はあなたの命の恩人。それに自分の身の危険も顧みずにあなたを救った勇者なのです。事情を話しても差し支えないでしょう」
その流麗な言葉を発したのは女性だった。
凜とした声を持ち、太陽のように綺麗な金髪を綺麗にまとめ上げている。
エルフと見間違わんばかりの容姿。
僕が見た女性の中でもとびきりの美人がそこにいた。
彼女は貴族のドレスのような優雅な防具を身にまとい。
背中には大きな弓を抱えていた。
弓使いなのだろうか。
それにしては違和感を覚える。
彼女はまるで弓使いというよりもどこかの王族のように見えた。
武具を身にまとい、ダンジョンに立っていてもその気品を隠すことはできないのだ。
エクスは、ええ、そうかなあ、ボクにはそうは見えないけど、というが、
僕の予想は数分後、的中する。




