採取クエスト
相も変わらずダンジョンは晴天であった。
なんでもこの第一階層は雨が滅多に降らないらしい。
それでよくこんなにも植物が生えているな、と思うが、それはこの国の賢者の間でもよく交わされる議論であった。
まだその謎は解明されていないが、もしもその謎を解明できれば、砂漠地帯の国に住む人たちを救えるかもしれない。
実際、この第一階層には学者や賢者のたぐいをよく見かける。
比較的安全な階層なので、学者の実地調査には丁度良いらしく、学者の卵たちが冒険者を雇って調べものをする。
冒険者も金払いがいいと、彼らの依頼を積極的に引き受け、経験と小遣いを貯めるのが最近の流行となっているようだった。
実際、さっきのドルイドのパーティの横にも学者のような人がいたし、さきほどすれ違ったパーティーにもそれっぽい人はいた。
ある意味楽なクエストで羨ましいが、他人を羨ましがっても仕方ない。
学者護衛のような美味しい仕事は、迷宮都市の大規模ギルドが独占しており、フェンリルの咆哮のような零細ギルドには回ってこないのだ。
「いつかそんな簡単なクエストがたくさん回ってきて楽にお金儲けできるといいね」
とはエクスの言葉であったが、それもそれでどうかと思う。
楽なクエストは入る経験値も少なく、レベルアップに繋がらないのだ。
もっとも今はレベルよりも、この装備の方をなんとかしたかった。
やはり旅人の服では心許ない。
先ほど戦ったホーン・ラビットの一撃はなんとか回避したが、あれがもしも急所に当たったらと思うと寒気を覚える。
「まあ、当たらなかったから結果オーライだけど」
のんびりした口調でそう言うと、初クエストをこなすため、迷宮を探索した。
新米冒険者クロム・メルビル。
僕の初クエストは、とあるキノコの採取だった。
通称バクハダケ。
第一階層の北西部に良く自生するキノコだ。
バクハダケはよく錬金術師の実験などに使われる。
火薬の代わりに用いられ、武器などにも応用されるが、食しても意外とうまいとのこと。
もしも予定数よりも多く採取できたら、余った分はその場でキノコ鍋にするか、持ち帰ってカレンに料理してもらおう。
バクハダケのオムレツ。
バクハダケのフライ。
バクハダケのソテー。
彼女ならば王都の一流店の味を再現してくれるに違いない。
そんなわけで地味にキノコ採取。
冒険者といえば華々しくモンスターと戦ったり、迷宮の秘宝をゲットする姿を思い描きがちだが、このような地味な作業こそ冒険者の真価が問われる。
と、ギルドマスターのリルさんは言っていた。
「地味な仕事もこなせないやつがドラゴンを倒せると思うかい? 少年」
彼女の言葉だが、一理も二理もある。
目の前の仕事を解決できない男が、大業をなせるはずがないのである。
そう自分に言い聞かせながら、大木の端に自生するキノコをもぐ。
キノコは大量にあり、次々と集まる。
この分ならばもしかしたら半日もかからずクエストを消化できるかもしれない。
このクエストの報酬は金貨10枚。
半分はギルドに収めるから、金貨5枚の収入になる。
金貨5枚では板金鎧は無理だが、中古の革の鎧くらい買えるかもしれない。
そうなればより深いダンジョンに潜れる。
そうすればより報酬の高いクエストを受けられ、より儲かる。さすればいつかは憧れの板金鎧も手に入るかもしれない。
そんな夢想をしながら採取採取。
キノコをもぎもぎ。
これも明日の冒険のため、偉大な冒険者になる第一歩だと思うと、なんの苦にもならない。
こうして半日で目当てのバクハダケを集める。
ミッションコンプリート!
というわけではない。
遠足は家に帰るまでが遠足。
クエストはギルドに戻るまでがクエストだ。
この納品アイテムを無事、ギルドに持ち帰るまで、気を抜くことはできなかった。
エクスは、
「迷宮第1階層で心配のしすぎじゃない?」
とのことだが、そんなことはない。
「注意一秒、怪我一生、ということわざもある。たしかにこの辺は、スライムやホーン・ラビットしか出現しないけど、それでも万が一はある」
「たとえば?」
「そうだな、たとえば悪漢の一団にお姫様が連れ去られそうになってるところに出くわすとか」
「なるほど、それはクロムとしては絶対に見逃せない事態だね」
「そういうこと。ま、そんなこと、滅多に起きないから、さっさと帰ろうか。今なら急げば夕飯に間に合うかもしれない」
「今夜はバクハダケ鍋だね」
「だね。リルさんたちは喜んでくれるといいけど」
「喜んでくれるよ――」
と聖剣は言いかけるが、その言葉は途中でかき消される。
絹を裂くような音がこだましたからだ。
エクスは慌てる。
「なになに? どうしたの?」
エクスは青白く光る。興奮している証だ。
「今の声なに? まるでマンドラゴラを引き抜いた音みたい」
「もしもそうならばきっと僕は絶命してるよ」
マンドゴラを引き抜いたときに発する怪音は、即死効果が付与されているという。
「なら違うか」
ほっとため息をつくエクス。
「しかし、もっと厄介かも。今の声は明らかに女性が襲われている声だ」
「そりゃ大変、助けないと」
「分かってるよ」
「じゃあ、なんで動かないの?」
「あの声があそこから聞こえてきたからだ」
僕は洞穴を指さす。
「あれは……、あ、第2階層への入り口か」
「リルさんから絶対に第2階層におもむくなってお達しをもらっている。リルさんのとの約束は破りたくない」
「でも破るんでしょ?」
「…………」
沈黙によって答える。
「ボクの知っているクロムが女の子の危機を放っておくわけないもの。クロムはきっとあの洞穴に飛び込むよ」
「……まったく、賢しい剣だな」
「インテリなのさ、ボクは」
エクスの予言は当たる。
僕は数秒後にはすでに駆けだしていた。
採取したバクハダケも放り投げて。
我ながら融通の利かない性格だったし、損な性格だと分かっていたが、この性格のままここまでやってきたのだ。
今さらそれが変わるわけもなかった。




