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聖剣の鼻歌

 こうしてフェンリル・ギルドの一連の騒動は収束する。


 みんなは僕の活躍のおかげと褒めてくれるけど、そもそもなんであんな騒動になったのだろうか。

 リルさんに尋ねる。


 彼女はあっけらかんと言う。


「この前の神獣たちの寄り合いで喧嘩になったのだ。どちらがよりよいギルドかとな。それで売り言葉に買い言葉になってしまってあやつと賭けをすることになった」


「……リルさんって前々から思ってましたけど、ちょっと子供っぽいところがありますよね」


「うむ!」


 と、胸を反らして自慢する。


「……褒めているわけじゃないんですけど」


「童心があるのはいいことだ。童心がすべて抜け落ちると、ウロボロスのやつのように己の利益しか考えない俗物となる。それとも少年、少年は私にあの男みたいになってほしいのか?」


 蛇のような目を持った狡猾な男を思い出し、身震いする。

 リルさんにあんなふうにはなってもらいたくなかった。

 なのでリルさんはリルさんのままでいいです、というと僕は彼女に質問をした。


「ところでリルさん、やっと僕は冒険者になったのですから、そろそろ冒険に行きたいのですが」


「冒険というと?」


「地下迷宮にもぐりたいのです」


「それはオススメしかねるな」


「え、どうしてですか?」


「いや、少年はまだひとりじゃないか。ひとりで迷宮にもぐるのは危険だ」


「そうなんですか?」


「当たり前だろう。モンスターは一匹で襲いかかってくるわけではない。徒党を組むことが多いのだ。そんな中、ひとりで迷宮に入るなど自殺行為だ」


「でもうちのギルドには三人メンバーがいるって」


「いることはいるが……」


 と、リルさんはカレンに目をやる。

 彼女は鼻歌を歌いながら部屋の片付けをしていた。相変わらず音痴である。


 彼女はくるりと振り返ると、


「ちなみに受付嬢兼メイドさんは、実は剣の達人だった! というオチはありませんからね」


 ふふふ、と楽しそうに笑うと、すぐさまお仕事に戻る。


「というわけだ、少年、ウロボロスの連中には大見得を切ったが、実質このギルドの冒険者は少年ひとりということになる」


「リルさんがいるじゃないですか。神獣のリルさんが」


「一応、メンバー登録されているが、補欠候補だな。登録は許してくれたが、冒険は許してくれなかった。神獣は人間界に干渉してはいけないことになっているのだ」


 それに、と続ける。


「私はこのギルドのマスターだ。マスターには色々な役目がある。その役目を放り出して、長い間、この館を留守にするわけにはいかない」


「そんなあ」


 と不平の言を漏らすと、彼女は言った。


「安心しろ、手は打ってある。実はフェンリル・ギルドは提携しているギルドがあってな。そのギルドのパーティーに臨時で加入させてもらう交渉をする予定だ」


「ちなみにどれくらい掛かるんですか?」


「そうだな、一週間くらいか」


「そんなに……」


 と肩を落とす。


 それくらい一刻も早く冒険に出たかったのだ。

 落胆しているとリルさんはこんなアイデアをくれる。


「安心しろ、少年、その間、特別にひとりで迷宮にもぐる許可を出す。初クエストだ」


「迷宮にもぐっても良いんですか?」


「ああ、ただし、条件がある。少年がもぐっていいのは、この迷宮都市の第一階層だけ。第二階層には絶対にもぐっては駄目だ」


 要は第一階層で雑魚モンスターどもと戦って鍛錬しろ、ということだろうか。

 しかし、それでも初めての冒険に心が躍った。


 

 僕は自室に戻ると冒険の準備を始める。

 一流の冒険者は冒険をする前にすべてを決する。

 それが尊敬すべき偉大な冒険者の言葉だった。

 その言葉を座右の銘にしてきたが、さっそく、実行できそうだった。

 ただ、準備といっても僕はものをほとんど持っていない。


 防具は旅人の服。


 革や鉄の鎧と違ってメンテナンスはいらない。ただ、それでも長期間愛用しているので一部がほつれており、くすんでいた。ただ、これは後日、カレンが縫い直してくれるので問題ないだろう。


「そろそろ防具くらい欲しいな。板金鎧(プレート・アーマー)とはいわないけど、革の鎧くらい」


 それと盾も欲しい。


 エクスは両手剣ではなく、片手剣だ。もちろん、両手持ちもできるが、盾はなにかと便利。


 火トカゲの炎を防いだり、オークの吹き矢を防いだりできる。


「盾もそのうち買わないとな」


 でも、先立つものがないけど。


 数日前までの僕は金貨1000枚を持っていた大金持ちだったけど、そのお金ももはやない。


 刀掛けに鎮座している聖剣エクスカリバーを買ってしまったからだ。

 その聖剣を凝視していると、エクスは言う。


「クロム、今、やっぱり聖剣特化じゃなくて、ちゃんと武器と防具を揃えれば良かったと思ったでしょ?」


 まさか、と一応言っておく。


 本当はいまだに思ってしまうけど、ただ、それでもあのとき、あの場所で彼女を買わなかったら、今の僕はなかっただろう。


 最悪、荷物をまとめてとぼとぼと田舎に引き返していたかもしれない。

 それを思えばエクスは恩人であり、感謝しなければならない剣であった。

 なのであらためてお礼を言う。


「エクス、ありがとう。君があそこで僕に声を掛けてくれたから、今、僕は冒険者でいられる。このフェンリルの咆哮にも入れた」


「それはどういたしまして」 


  エクスは素直に返答すると、こう続けた。


「さあさあ、これから記念すべき初クエストなんだよね? ならばこんなとこで立ち話をしていないで準備しないと。たいまつにランタン、非常食にナイフ、火打ち石と燃料も用意しないとね。やることは一杯あるよ」


「一気に言い過ぎだよ」


 あるいはそれは彼女の照れ隠しなのかもしれないが、それは突っ込まないでおこう。


 そんなことを思いながら、冒険の準備を始めた。

 後方からエクスの鼻歌が聞こえてくる。

 彼女の鼻歌は、カレンよりもずっと流麗で美しかった。

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