決闘を申し込む
僕の直感通り、蛇のような目をした男はウロボロス・ギルドのギルドマスターだった。
リルさんは彼の姿を見るなり、苦虫を噛みつぶしたかのような顔でつぶやく。
「っち、ウロボロスか、見たくない顔を見てしまった」
「そういうな汚れなき賢狼よ」
「おや、つい本音が口を漏れてしまったようだな。相性最悪の蛇男がやってきて虫ずが走ると」
リルさんの毒舌はさえるが、それでも蛇男は気にした様子もない。
ただ、冷静な口調でこう言った。
「部下が大変失礼な真似をしたな」
「気にするな。おまえの薫陶が行き届いているのだろう。朱に交われば赤くなる、という言葉もある」
「手厳しいな。しかし、この館をもらい受けるのは諦めたよ。賭けは賭けだ。期日はまだ先だが、3人揃えられてしまったのだ。なにか『不幸』があってメンバーに欠員が出ない限り、俺の負けだからな」
往生際がいいのだろうか、ウロボロスはそう言うと部下を引き上げさせる。
道中、部下たちは苛立ったのか、壁に掛けられていたコートを返却しようとするカレンに対し、暴言を吐いた。
「どけ、くそ女」
その暴言で僕の堪忍袋の緒が切れかかる。
「売女!」
とカレンを突き飛ばす光景を見てしまった僕の堪忍袋は完全に切れる。
「このクズどもめ!」
僕はそう叫ぶと、着ていた上着を相手に投げつけた。
通常、決闘の合図というものは手袋を投げつけて始まるものであったが、残念ながら僕にそんなものはなく、上着で代用した。
本当ならば靴下でも投げつけたいところだった。
僕の投げた上着は、見事、カレンを突き飛ばした男に命中する。
男はギロリとこちらを見つめてくる。
まさしく殺人者の目であったが、臆したりはしなかった。
「小僧、おまえは自分がやった行為の意味が分かっているのか?」
「分かっています。手袋がないので上着で代用しました」
「なるほど、俺に決闘を申し込んでいるのか。して、なにを賭けて決闘を申し込んだ?」
「カレンの名誉です。さっきの言葉を取り消し、謝罪してください」
「いいだろう。もしもおまえが勝てば、の話だがな」
そう言うと男は哄笑を漏らす。
「して、俺が勝てばおまえはどうする?」
「冒険者をやめます。僕にとって冒険者はすべてですから、カレンの名誉と同等の価値がある」
その言葉を聞いて一番反応したのはリルさんだった。
彼女は頭をかきむしりながら、「挑発に乗りおって」とつぶやいた。
カレンも困惑気味だ。
「クロムさまは一流の冒険者になるのが夢なのではないですか」
と心配げにこちらを見る。
ウロボロスは心なしか口元を歪めているような気がする。
あるいはこれはすべて蛇男の策略で、僕はまんまと乗せられてしまったのかもしれないが、それでもよかった。
すべてこいつらの手のひらの上だとしても、こいつらがカレンを辱めたことに変わりはない。
ならばここで剣を取らないでどうする。
田舎の姉さんが見たらさぞ嘆くことだろう。
「ああ、メルビル家の男子がなんと不甲斐ない、と」
それはFランクギルドに入ったことよりも遙かに姉を悲しませることだった。
なので僕は決闘をする。
目の前の男と。
男は名乗りを上げる。
「俺の名は、スニーク。ウロボロス・ギルドの切り込み隊長と呼ばれている。ちなみにレベルは10、総合戦闘力は1300だ」
「1300……」
思わず口ずさむ。
僕の総合戦闘力は953だから、勝てない相手ではない。
しかし、3割以上相手が上回っている。
それに経験の差も雲泥だろう。
(……勝てるかな)
少し弱気になるが、それでも握りしめた拳を弱めることはなかった。
リルさんもそれを察してくれたのだろう。
「ここでとめたら女がすたる」
と、僕の肩を叩いてくれた。
リルはウロボロスの方へ振り向くとこう言った。
「おまえたちの目的は、クロムを戦闘不能にするか、合法的に殺害して、こちらのギルドメンバーを欠落させることだろう?」
「…………」
ウロボロスは沈黙する。どうやら正解のようである。
「ならば互いに命までは取らないという取り決めを結ばないか?」
「というと?」
「もしも相手を殺害してしまったら、その時点で負けということだ」
「こちらになんのメリットがある?」
「人死にが出れば評議会に報告せねばならない。CランクからDランクに下がるかもしれないぞ」
「……分かった、承知しよう」
と、ウロボロスは言う。
それを聞いたリルさんは僕とスニークに《防御力強化》の魔法を掛ける。
「これで互いの攻撃は致命傷には至らないはず」
リルさんは断言する。
ウロボロスは不吉なことを言う。
「ただし、それも絶対じゃない。当たり所が悪ければ失明や松葉杖暮らしになるぞ」
リルは黙ってこちらを見る。
「もとよりそんなことは承知済みです」
僕が断言をすると、リルさんは僕の背中を強く叩いた。
ちょっと、痛かったけど、気合いが入ったような気がした。
僕たちは決闘をするため、応接間を出た。
††
ぞろぞろと応接間を出る人々、そんな中、リルはウロボロスに注意を向ける。
リルはこの男が大嫌いであったが、それでもこの男の頭の切れは認めていた。
この男は最初からこの展開を狙って、荒くれどもを連れてきたのだろう。
なかなかの策士であるが、さてはて、ウロボロスは少年の力を知っているのだろうか。
いや、この男は仮にも神獣ウロボロス。
少年のステータスなどお見通しであろう。
少年の総合戦闘力は953。
スニークの戦闘力1300。
これならば勝てる、という相手を見繕ってやってきたに違いない。
「今の少年には荷が重いかな」
そう思わなくもないが、それでもリルは少年の勝利を確信していた。
それは少年が聖剣エクスカリバーを持っているからではない。
少年が隠しスキル【英雄の証】を持っているからでもない。
少年が少年だからである。
短いつきあいであるが、リルは少年が熱い心を持っていることを知ってしまった。
少年の正義にあふれる心に触れてしまった。
「この世界は物語ではない。正義が常に勝つとは限らない」
だけど、少年だけは例外なような気がした。
リルのこの手の直感は外れたことがないのである。
だから彼をこのギルドに誘ったのだ。




