外伝 鬼は外! 福はうち!
ある日、フェンリルの館のリビングで本を読んでいると、ギルド・マスターであるリルさんがにこにこしながら近づいてきた。
「少年、少年、知っているか? 東洋にあるとある島国では、三月三日にひな祭りというのがあるそうな」
「ひな祭りですか?」
どんな祭りなのだろう、想像してみる。
しかし、故郷と迷宮都市の知識しかない僕にはまったく想像がつかなかった。
「少年は想像力が貧困だなあ」
と呆れるリルさん。僕は彼女からひな祭りの詳細を聞く。
「ひな祭りとは読んで字の如く、ひなを祭る祭りだ」
「ひなって鳥のことですか?」
「そうだな。可愛らしいひよこを調理して食べる風習があるらしい」
「え? ひよこを? まじですか?」
「まじだ」
と真剣な目で言うリルさん。
「……なんてやばんな風習なんだ」
そう思っていると、メイドのカレンがやってきて、おたまでリルさんの頭を軽く叩く。
「リルさま! 純真なクロムさまを騙さないでください」
カレンはちょっと怒り気味に言った。
リルさんは「てへへ」と軽く舌を出すと、立派な犬耳をしゅんとさせる。この人は神獣で偉い人なのだが、身の回りの世話を一手に引き受けてくれるカレンに頭が上がらないようだ。
リルさんは改めて僕の方に振り返ると、騙したわけではない、ちょっと脚色しただけだぞ、と言った。
ついで懐からなにかを取り出す。紙袋だ。
「それは?」
僕は尋ねる。
「これはひな祭りで食べる菓子だな。これを食べて女の子の成長を祈る」
「女の子の祭りなのか」
「その通り。ちなみにこの『ヒナアラレ』を歳の数だけ食べるらしい」
そういうとリルさんは手づかみでわしゃわしゃと食べ始める。掴む量が尋常でないのは彼女が神獣で御歳数百歳だからだろう。
「そして食べ終わったら、余ったヒナアラレを投げながらこういうのが慣わしだそうな」
彼女はそう言うとヒナアラレを投げる振りをしながら、
「鬼は外! 福はうち!」
と大声を上げた。
ほら、少年もやってみろ、と誘うが、その風習、絶対に間違っている、僕はそう思った。