入団祝いの宴
「まったく、評議会の木っ端役人は子供か!」
子供みたいに小柄な神獣は憤慨しながら言った。
リルさんはよほどご立腹のようだ。
カレンの用意してくれた特製ハーブティーもあまり口に付けない。
「少年、その様子だと、我がギルドが嫌がらせを受けていることは察しているようだが、今し方私が受けた嫌がらせが分かるかね」
分からないので沈黙していると、彼女は続ける。
「完璧な書類を持って行ったのに、登録受け付けの青二才はこう言ったんだ」
リルは受付の役人かと思われる男の口調を真似する。
「リル様、誠に申し訳ありませんが、この書類は受け取れません。なぜならばこの書類は黒いインクで書かれているからです。今日はエルンベルク王国中興の祖エドガー3世の命日。彼は黒い短剣によってその命を散らしました。本日は黒い公式書類は一切受け取れないのです」
それがリルさんの受けた嫌がらせらしい。
本当に子供じみた嫌がらせである。
結局、彼女はその場で書類を全部書き直した。赤いインクで。
その間、役人たちはくすくすと笑っていたという。
「まったく、本当にこすい連中だ。いつか、Aランクギルドに返り咲いて、目にもの見せてくれる」
「そのいきです」
と、一応、応援しておくと、彼女に首尾を尋ねた。
「それでリルさん、僕の冒険者登録は受理されたんですか?」
その言葉を聞いてリルはにかっと白い歯を見せる。犬歯が可愛らしい。
「もちろんだとも少年。少年はこの国の成人男子で、冒険者としての最低限の能力を満たしているしな。木っ端役人は嫌がらせはできても、阻むことはできない。いや、そんなことはさせない」
もしも拒まれたら役所で暴れるつもりだった、と話すリル。
そこまでしてくれるのは嬉しいが、それでリルさんが捕まったら大変だ。なるべく暴走させないように注意しないといけないかもしれない。
そんなおせっかいなことを考えていると。ぱんぱん、と可愛らしく手を叩く人物がいた。
「はいはい、陰気な話はここまでです」
その声の主はメイドのカレンだった。
「せっかく、クロムさまの入団を祝ってロースト・チキンを焼いたのです。他にも山海の珍味を取りそろえました。温かいうちに食べましょう」
彼女がそう言うと、リルさんは機嫌を良くして尻尾を振った。
なんでもカレンの料理は世界一うまいらしい。
腰を抜かすなよ、とのこと。
それはすごい、と思いながら、席に着く。
ちなみにフェンリル・ギルドには上座も下座もない。
食堂には大きな円卓のテーブルが置かれており、そこでみんなでわいわい食べるのがしきたりらしい。
だからどこに座ってもいいのだが、この男女比だと、必然的に両隣を女性に囲まれる。
こんなにも広いのだからもっと間隔を空ければいいのにな。そう思っていると、リルさんがからかってくる。
「少年、顔が赤いぞ、両手に花で緊張しているのか」
「ち、ちがいますよ」
と、僕は赤い顔を隠すため、目の前に置かれたエール酒に口を付ける。
ぐいぐいぐい、と飲む干す。
「ほお、意外だな、可愛い顔をして飲めるのだな」
「これでも成年ですからね」
それに、と続ける。
「田舎にいる頃、成人になった日に、姉に浴びるほどお酒を飲まされましたから。それで強くなってしまったのかもしれません」
「ほお、姉上はいける口か?」
「女ドワーフの異名がありますよ」
「それはすごいな」
「ドワーフからはほど遠い体型なのに、ドワーフ族一の酒豪と飲み比べをして倒してしまいましたからね。化け物ですよ」
「飲み比べではかないそうにないが、いつか一緒に飲んでみたいものだな」
「いいですね。でも、Fランクギルドにいるとばれると大変だから、このギルドがDランクに上がったあかつきに招待状を書きましょう」
「ふ、夢が小さいな、少年、我々はこのギルドを何倍にも大きくするぞ」
彼女はそう言い切ると指を一本立て、それを突きつけてくる。
「一年だ。一年で我々はこのギルドをA級に押し上げる!」
「い、一年ですか」
不可能ではないかもしれない。リルさんの真剣な表情と気迫を見るとそう夢想してしまう。
しかし、それに冷や水を浴びせる冷静なメイドさんがいた。
「ギルドの昇級査定は半年に一回ですよ。過去に3段階以上一気にランクをあげたギルドはありません。だから最短で駆け上がっても来年ですね。A級ギルドに復帰できるのは」
リルさんは少しへそを曲げてカレンを見つめたが、カレンはにこにことしているだけだった。
代わりに彼女は美味しそうなロースト・チキンを皿によそうと、
「召し上がれ」
と、言った。
お皿には綺麗にロースト・チキンが盛りつけられていた。鶏肉からは肉汁があふれているし、彩りとして添えられたブロッコリーとニンジンも美味しそうだった。
僕はそのお皿を受け取ると、ロースト・チキンを口に入れる。
皮までぱりぱりに焼いてあるそれは、王都の一流料理店に置かれていても不思議がないほどうまかった。
そのことを告げると、カレンは喜ぶ。
「それではいつか迷宮都市で店をかまえられるくらいお給金を貯められたら、王都にお店でも開きます」
「そのときは常連になりますよ」
社交辞令ではなく、本気だったが、リルさんは乗ってこない。
ちょっと不機嫌そうに言う。
「こらこら、少年、うちの受付嬢兼メイドさんをたらし込むでない。カレンがいなくなれば我がギルドは三日で崩壊する」
「大げさですよ、リルさま」
と、カレンは謙遜するが、リルさんの言葉に耳を傾ければそれが誇張ではないと分かる。
なんでも数ヶ月前、カレンは里帰りをするため、しばらく休暇をとった。
二週間ほど実家を堪能して戻ってくると、カレンはとんでもないものを目にしてしまったそうだ。
台所の流しにあふれかえる食器の山。
最初こそ自分で食事を用意していたようだが、それも面倒になると、保存食をかじるだけの生活になった神獣さま。彼女は非常用の乾パンやビーフジャーキーを食べ散らかす。
文字通り食べ散らかして館中に食べかすをばらまいたそうだ。
おかげでこの館はGと呼ばれる最強生物とネズミであふれてしまったそうだ。
たった二週間とちょっとメイドさんがいなくなっただけで。
「そんな伝説を持つ私がこの館に留まり、その凄惨な現場を一日で処理した有能なメイドがこの館から去ればどうなるか? 想像できよう?」
容易に想像できるので、僕はカレンにこう言った。
「どうか、僕たちを見捨てないでください」
と――。
カレンは、ほがらかな笑顔で言った。
「はい、冗談ですから気にしないでください。わたしはどこまでもリルさまたちと一緒ですよ。最近、やっと有望な新人冒険者さんも入ってきましたしね。わたしの受付嬢スキルとメイドスキルもさび付かずにすみそうです」
その言葉を聞き、リルさんは心の底から安堵したようだ。
僕の方を見ながら言った。
「少年をこのギルドに誘って本当に良かった。少年はこのギルドをAランクにするだけでなく、ゴミ屋敷にすることも防いだのだぞ」
「そんなことないですよ」
「謙遜するな、少年」
と、グラスにエール酒をそそごうとするリルさん。
僕は姉さんと違って酒神の加護がないのでお茶にしてもらう。
カレンは喜んでお茶をついでくれた。
そんなとき、こんこん、とこの館のドアノッカーを叩くものがいた。
どうやら来客のようである。




