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閑話 火竜退治後 前編

 火竜を倒した直後の後日談――



こうして僕に新しい家族ができた。


 立派な白銀の尻尾と犬耳を持った神獣リルさん。


 メイド服から綺麗な手足が伸びているようなカレン。


 迷宮都市にやってきた頃はこんな美人に囲まれて暮らすようになるとは思わなかったし、彼女たちと家族のような付き合いになるとも思っていなかった。


 ただただ、生きるのに精一杯で、その日を一生懸命に過ごすので頭がいっぱいであった。


 そんな自分に転機が訪れたのはやはり腰にある聖剣のおかげだろうか。


 僕ことクロム・メルビルの冒険は彼女を手にした瞬間始まったのかもしれない。


 そう思い感謝の念を捧げるが、その思いが聖剣エクスに届いたのだろうか。


 彼女は話しかけてくる。


「なんだい、クロム、ボクをじろじろ見つめちゃってさ」


「いや、すべては君から始まったかと思うと感慨深くて」


「そうだね、クロムが今までの不運を吹き飛ばすかのように宝くじを当てたのが、すべての始まりだったね」


「うん、まさに奇跡とはこのことだ」


「まあ、宝くじも買わなきゃ当たらない、ってことだよ。その点は人生と似ている。自分の意思で明確に行動しないと人生は開けない」


「…………」


「ん? どうしたの? 黙っちゃって」


「いや、ちょっと胸が痛くてね」


「病気?」


「いや」


「じゃあ、恋? ボクに恋したとか」


「無機物に恋するほどマニアックじゃない」


「じゃあ、なんなのさ」


「いや、単純にエクスの声が耳に痛かっただけさ。自分の意思で行動しないと未来は開けないって」


「どういうこと?」


「宝くじを買ったのは自分の意思じゃないんだよ」


「え? どういうこと?」


「元来、メルビル家は真面目な家柄でね。その家訓のひとつにギャンブルはすべからず、という言葉がある。僕はそれを忠実に守ってきた」


「偉いね。でも、冒険者自体、ギャンブルのような気もするけど」


「それは耳が痛いな」


 その通りなので反論しようがない。冒険で稼いでいたご先祖様、それに有名な冒険者だった祖父に、家訓に(冒険者を除く)と書き足してもらった方がいいかもしれない。


「でも、クロム、自分の意思で宝くじを買ったんじゃないってどういうこと? 僕が聞いた限りだとクロムは田舎に帰る前に一発勝負で宝くじを買ったって聞いたけど」


「それはその通りなんだけど。その前にちょっとしたエピソードがあってね。もしも彼女に出逢っていなければ僕は宝くじを買っていなかっただろうね」


「その女の子の影響で宝くじを買ったの?」


「女の子というには少し人生経験が豊富すぎるかな。僕はこの迷宮都市にくる途中、街道でとあるお婆さんに出逢ったんだ」


「ちょっと待って、その話、長そう?」


「結構掛かると思うけど」


「じゃあ、お茶とお茶請け代わりに砥石を用意してよ。ボクのメンテナンスをして」


「……はいはい、面倒な聖剣だな」


 とは言ったものの僕は彼女の注文に応える。


 聖剣には自己修復機能が備わっており、基本的にメンテナンスフリーだ。


 しかし、彼女はつい先日、火竜と戦ったばかりである。


 刃こぼれもあるだろうし、精神的な疲労もあるはず。


 放っておけば直るだろうが、聖剣をいたわって上げるのも持ち主のつとめだろう。


 そう思った僕はフェンリルの館の一階に行き、受付にいるカレンから砥石と機械油を借りた。


 カレンはにこにこと、


「聖剣の手入れですか?」


 と尋ねてきた。


「はい、わがままな聖剣のご機嫌取りです」


「それは大変ですね」


 なにげなく言った言葉だろうが、彼女は僕とエクスがしゃべれることを知らない。


 四六時中、一緒にいて、しかも聖剣がいつも小うるさいんです、と相談したかったが、それは無駄であろう。


 伝説の聖剣と一緒に暮らすなどということは、そうそう体験できることではないし、ましてや剣と話せるなどとは想像も付かないはずだ。


 カレンに詳細を話したい衝動に駆られたが、僕は黙っておくことにした。


 彼女なら僕の言葉を信じてくれるだろうが、家族の間にも秘密のひとつやふたつ、必要だと思ったからだ。


 エクスと話せることをカレンに伝えるのはもう少し先、もっと彼女のことを知り、もっと彼女のことを好きになってからでも遅くはない。そしてそれはそんな遠い未来のことではないような気がした。





 部屋に戻ると僕はさっそくエクスを鞘から抜き放つ。


 その刀身は工芸品のように光り輝いていたが、よくよく目をこらすと微妙に刃こぼれもしていた。


 激戦の痕が垣間見えた。


「さすがの聖剣も竜を斬れば傷つくか」


 ぽそりと漏らすが、エクスは聞き逃さない。


「違うもん。これはお肌のケアを怠っただけ。ボクは伝説の聖剣だよ? 火竜ごときで刃が欠けるわけがない」


「エクスは最高の剣でもその使い手の腕前がね。ただ聖剣を力一杯ぶん回しているだけだ。とても剣術とはいえない」


「そんなことはないよ。最初はたしかにそうだったけど、今じゃ様になってる。そんなことより早く研いでよ」


 エクスは慰め、話を転じてくれた。なかなか優しい聖剣である。


 僕は丹念に聖剣を研ぎ始める。


 エクスは、


「く、っくぅううう、気持ちいぃッ!」


 と仕事のあとにビールを飲み干したドワーフのような声を漏らしていた。


 こんなに喜んでもらえるならば定期的に研いでもいいかもしれない。


 そんなふうに思った。


 数分間、エクスを研ぐとすぐに輝きを取り戻した。欠けていた刃先は綺麗になり、鋭さを取り戻す。


 それとともに頭も鋭くなったようでエクスの記憶層が刺激されたようだ。


「は! あまりの気持ちよさに忘れてたけど、クロムの話聞くの忘れてた。クロム、さっきのお婆さんの話を聞かせてよ」


「ああ、そうだったね。こっちも忘れるとこだった」


 僕はそう前置きすると迷宮都市にやってくる途中に出逢った老婆について語った。

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