エピローグ
――それから数ヶ月後。
迷宮都市を震撼させたウロボロス事件は僕たちによって無事、鎮圧された。
裏で事件の糸を引いていたニアの叔父である王弟はこの件で失脚――、することはなかったが、宮廷内での発言力を大幅に低下させた。
壮大な計画を頓挫させられ、財力も影響力も失ったのだ。そこでニアを支持する貴族たちが一丸となり、王弟の頭を押さえ、身動きできない状態にしているらしい。
今回の騒動で支援してくれたエルトリア伯爵は、
「これで少なくともユーフォニア姫の命を狙うことはできない」
と断言してくれた。それはとても喜ばしいことであるが、そのことを言語化すると聖剣であるエクスはこんな皮肉を言う。
「口では喜んでるけど、表情は沈んでいるよ。理由は分かるけど」
エクスいわく、ニアの危険が除去されれば、ニアはもう王国中を流浪せずに王都に帰れる。いや、むしろ次期王位継承を狙うために王都に戻らなければいけない、という。
その考察は正しかった。お馬鹿な聖剣にしては正鵠を射ていたが、その心配は今のところ杞憂だった。ニアはこう明言している。
「もう少し迷宮都市に滞在します。いつかは帰らなければいけませんが、今はそのときではありません。今は――」
もっとこの迷宮都市の調査がしたいのです、と結ぶ。
その言葉を聞いて聖剣は「残念、クロムと一緒にいたいと言ってほしかったね」と茶化すが、僕としては一緒にいられればどうでもよかった。実際、僕とニアは以前よりも何倍も会う機会が増えた。ダンジョンでも迷宮都市でも。
それはとても幸せなことであったが、最近、ひとつだけ困ったことがあった。
それはニアとの身分差が余計に広がってしまったことだった。今の僕はどこの冒険者ギルドにも加入していないフリー冒険者なのだ。僕が無所属になった理由は単純でフェンリル・ギルドが解散してしまったからである。
僕たちは王弟とウロボロスの陰謀を阻止したが、その代償として帰る場所を失ってしまった。大切な場所を無くしてしまったのである。
最初、エクスは「ボクたちは迷宮都市のために頑張ったのにあんまりだあ」と嘆いていたが、最近はなにもいわない。受け入れつつある。それは僕も一緒だった。神獣ギルドというやつは一度解散すれば二度と再開することはできないのだ。
それは迷宮都市が決めたルールではなく、この世界を作った神々の掟であった。神であるリルさんもそれに従い天界へと帰ってしまった。
もはや彼女と会うことはできない――、と諦めているそぶりを見せているのは表面上だけだった。僕と僕の仲間たちは諦めが悪いことに掛けては定評があった。
僕たちは大梟ギルドの賢者エイブラムさんに力を借りる。彼の知識をフル動員し、彼の書斎にある文献を片っ端からあたり、なんとかフェンリル・ギルドを復活させる方法を探る。
その間、僕たちはバイトに明け暮れる。僕はフリーの冒険者として冒険に励み、カレンはお金持ちの商人の家の臨時メイドを務め、カチュアは怪しげな秘薬作りに励む。それぞれが自分の得意な方法でお金を集め、そのときを待つ。
そのときとはリルさんが再び、神獣としてこの世界に召喚されるときであった。
一度解散してしまったギルドは復活できないが、新たに「新米」神様として降臨した神獣はギルドを開けるのである。そして僕たちはその儀式のやり方を見つけた。
それには多額のお金が必要であったし、新たに再臨したリルさんのレベルは1となる。フェンリルの館も売り払ってしまったし、未来は明るくなかったが、それでもリルさんのいない世界よりは何倍もマシであった。
フェンリル・ギルドのない迷宮都市など、なんの価値もなかった。
僕たちはお金をかき集めると神獣召喚の儀式をする。
――儀式といっても大したものではない。他の神獣たちの承認と神器と呼ばれる秘法を用意するだけであった。
他の神獣たちの根回しはニアやかつての仲間たちがやってくれた。セイレーン・ギルドやサティロス・ギルドの面々である。
お金のほうは自分たちでなんとかしなければならなかったが、みんなでお金を出し合って、なんとか神器を買うことに成功する。
僕たちは飛び跳ねながら喜ぶと、神獣召喚の儀式、つまりリルさんを呼ぶ儀式をする。
森に集まる仲間たち、
ユーフォニア、カレン、カチュア、エイブラム、クライド、ルミナス、ジュカ、セリシュ、およそフェンリル・ギルドに縁のあるすべての面々が集まった。
皆、リルさんと再会したい一心で集まってくれたのだ。僕は彼ら彼女らの期待に応えるため、北山に住むという魔狼の銀毛を神器に入れる。これが依り代となってリルさんは再臨するはずであるが――。
そう思って神器を見つめていると神器がまばゆいばかりに輝き始めた。
神器から一直線に光が伸び、空からひとりの少女が降ってくる。
見間違うはずがない。彼女はリルさんだった。僕はリルさんをしっかりと受け取るとそのまま彼女を抱きしめる。リルさんに意識が宿る。
彼女は眠い目をこすりながらこう言った。
「――ううーん、なんだか長い夢を見ていたようだ。私が天界に帰ってしまった夢だ」
僕はその素っ頓狂な台詞にこう返答した。
「それは夢ですよ。今日からはずっと一緒です。僕たちフェンリル・ギルドは永久に不滅です」
そう断言すると、フェンリル・ギルドの仲間たちはそれぞれに視線を合わせ、うなずき合った。
こうして僕たちの物語は終わり、新たな歴史が始まる。




