皆の命
リルさんのもとに向かう。
するとそこには涙を流している少女がいた。
ユーフォニアだった。
なぜ、彼女が泣いているのだろうか。
彼女は強い人間だ。ちょっとやそっとのことで人前で泣くような女の子ではなかった。
僕はニアの膝の上で目をつぶっているリルさんを見つめた。
彼女の全身はぼろぼろであった。まるでぼろ雑巾のようであった。
全身に痣があり、いたるところから出血している。骨がだらんと折れている箇所も散見された。
僕はリルさんのもとに駆け寄るとニアに言った。
「ニア、冗談はやめてくれ、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだ。どうして泣いているんだ。それじゃあまるでリルさんが今にも死ぬみたいじゃないか。リルさんのお葬式をやっているみたいじゃないか」
ニアは僕の顔を見たが、それでもとめどなく涙を流していた。
「……ごめんなさい、わたくしのせいです。わたくしにもっと力があれば。リルさんを癒やすことができれば」
「……大丈夫、まだ大丈夫だよ。僕には聖剣がある」
僕はそう言うと聖剣をリルさんに握らせた。
聖剣には不思議な力がある。
【自動回復小】というスキルがあり、僕の命を何度も救ってくれた。その力を使えばリルさんは助かるはず。僕はそう思った。
しかし、聖剣を握らせても、時間が経過してもなにも変化は訪れなかった。
僕は聖剣を叱りつける。
「どうしてだ。エクス、そうしてリルさんを助けてくれないんだよ」
エクスは申し訳なさそうに言った。
「……ごめん、クロム。ボクは使い手を選ぶんだ。それにリルさんはボクを装備するのにステータスが足らない。ボクはステータスがオールAないと装備できないんだ」
「リルさんは神獣だぞ」
「でもクロムのように【なんでも装備可能】のスキルは持っていない」
「お願いだ、エクス、今だけでいい。今だけでいいからその力をリルさんに」
僕の必死の願いも届かない。エクスの言うとおり、聖剣を装備できるのは資格があるものだけ。神獣といえどもステータスが足りなければ装備できないのだ。
ここまでなのか? 必死で迷宮を駆け回り、命がけで戦った末にたどり着いた運命がこれだというのか?
天に向かってそう叫ぶ。
するとその声を聞き入れてくれたのだろうか、絶妙のタイミングで現れる女性がいた。
彼女は僕たちの仲間、琥珀の癒やし手セリシュだった。
彼女はその二つ名に相応しい琥珀色の目で僕を見つめる。後ろには双剣使いのジュカ、ミリシャもいた。
セリシュは言葉を紡ぐ。
「クロム、諦めては駄目。まだリルさんを救うことができるわ」
彼女の言葉に驚く僕。
「私は琥珀の癒し手、その異名に相応しい力を持っている。人を蘇生させることができるの。ただし、蘇らせることができるのは死にゆく定めにないものだけ」
「ならばお願いします。リルさんはこんなところで死ぬべき女性ではない」
「私もそう思う。でも、この《復活》の魔法を使うには代償がいるの。あなたはそれを支払える?」
「代償?」
「人の寿命よ。この魔法は人の寿命を代償にするの」
「ならば僕の寿命を捧げます。リルさんが蘇るのならばこの命、少しも惜しくない」
「本気?」
「はい」
僕はわずかの迷いもなく返す。
セリシュはしばし僕の顔を見つめると、大きく頷いた。
「分かったわ。ちょっと待って」
セリシュはそう言うとその白い手をかざしてくるが、それをとめるものがいる。
ニアである。
彼女は僕よりも先にセリシュの手を掴むと、それを自身の胸に当てる。
「寿命ならばわたくしのも差し上げます。さすればクロムさんの負担も小さくなりましょう」
「ニア!」
僕が叫ぶとニアは微笑みをたずさえながら首を横に振る。
「この命はリルさまとクロムさんに救ってもらったようなもの。ならばこの命を分け与えるのは当然でしょう」
再び僕は注意するが、彼女の決意は固そうであった。
横にいる彼女の侍女ルミナスに助けを求めても、彼女は、
「おひいさまのお好きなように」
としか言わなかった。
いや、それどころかセリシュがニアの生命エネルギーを吸収し終えると、次は自身の胸を差し出した。
「このルミナスの命も捧げましょう」
ルミナスがそう言うと、この場に生き残ったニアの配下たちは、俺も私もと大挙して押し寄せてきた。
「リル様に命を救われたのは王女だけではありません。それにリル様はこの迷宮都市に必要なお方、皆の命を差し出す価値があるお方」
と、ニアの配下全員が生命を差し出した。
これあるを予期していたのか、琥珀の癒し手セリシュは、にこりと微笑む。
「これだけの人数ならば、寿命が半年縮まるだけで済みますよ」
そう笑った。
「半年なんてエルフにとっては一日も一緒ね」
とカチュアも参戦してくる。
それに双剣使いのジュカも。
要はこの場にいる全員が命を差し出してくれたわけだ。
僕はその光景を見て涙ぐむ。
まだ息を吹き返していないリルさんに向かって言った。
「リルさん、これでここにいる全員がリルさんの家族になりました。比喩ではなく、文字通り血を分けた家族になったんです。目を覚ましたら、今後も僕たちを導いてくださいね」
僕は結ぶと、セリシュに命を差し出す。
彼女の手のひらから吸われる生命。
まるで熱い血潮が流れ落ちるような感覚だったが、不快ではない。むしろ、これでリルさんの命が助かると思うと、心地よい気持ちさえ芽生える。
寿命が少しだけ縮んだ僕は少し足下がおぼつかなかったが、それでも僕はセリシュが集めた生命力をリルさんに注ぐところを見逃さなかった。
セリシュの手が琥珀色に光る。
するとリルさんの胸が黄金色に輝き、やがてリルさんの胸は上下し始める。
息を吹き返した証拠だった。
おお! と漏れ出る歓喜の渦。
リルさんはしばらくすると上半身をむくりと起こし、不思議そうな顔でこう言った。
「せっかく、格好良く死ぬのに冥土から強制送還させおって。死者の安らぎを乱したのは誰だ」
クロムさんですよ、とセリシュは冗談めかしながら言った。
「やはり少年か。ならば少年に罰を与えねばならないな」
そう言うとリルさんはお腹をさすりながら言う。
「取りあえず冥土から帰ってきたら小腹が空いた。早く家に帰ってメイドさんの料理が食べたい。家までおぶってくれ」
彼女はそう言うと、ぐう~、という大きな音を鳴らした。
その音を聞き、僕は心の底から安堵した。
リルさんが蘇ったことを実感できたからだ。
僕は「はい」というと彼女を背中に乗せ、家路についた。
背中に乗せたリルさんはとても軽かった。
まるで羽毛のような軽さで、とても先ほどまで魔狼として戦っていたとは思えない。
僕は彼女が少しでも早くもうちょっと重くなるよう急いだ。
家に帰還できれば、そこには笑顔の絶えないメイドさんがいて、温かい暖炉があって、温かい料理があるからだ。
僕も一刻も早く、家族みんなでカレンの作ったシチューを食べたかった。




