あれが私の家族だ
間に合った!
山頂に着いたとき、健在のニアたちを見て僕はそう思ったが、すぐにその考えを改める。
山頂にうごめく巨大な蛇を見たからだ。
その蛇はにゅるにゅるとうごめきながら、大きな狼を締め上げていた。
その美しい銀毛はリルさんの髪の色とそっくりであった。
凜としたたたずまいもリルさんそのものであった。
確認するまでもなく、その狼が神威を解き放ったリルさんなのだろう、そう確信した僕は剣をかまえる。
リルさんを絞め殺そうとするウロボロスに制止するよう忠告するが、ウロボロスは締め上げる力を強めることで返答した。
「ワオーン!」
と苦しげな声を上げるリルさん。
僕は考えるよりも先に動いていた。
風と一体化したような速度でウロボロスに近寄ると僕は力一杯聖剣を振り上げた。
ウロボロスの皮膚を切り裂く。
加減などしない。どこまでも深く、剣の限界まで皮膚にめり込ませる。
その一撃によってウロボロスはびくりと身体を震わせると、リルさんは解放された。
しかし、彼女はぐでんとしている。動く様子がない。
「まさか、死んだ……のか……?」
最悪の想像が駆け巡るか、よく観察すると背中が上下していた。呼吸している。生きてはいるのだろう。
安堵する僕だが、気は抜かなかった。
ウロボロスが健在だからだ。
ウロボロスは僕を殺そうと尾を振り下ろしてくるが、僕はそれを避けると、尾の上に乗る。 僕はウロボロスの上を駆け上がりながら、剣を突き立て、ウロボロスの皮膚の上を駆け上がっていった。
僕が駆け上がるごとに、僕が歩みを進めるごとに、悲鳴を上げるウロボロス。だが容赦はしない。この男が今までやってきたことに比べればこの程度の苦痛など苦痛には入らなかった。
「この蛇野郎には地獄さえぬるいよ、クロム」
聖剣の言葉を肯定するかのように僕は剣をさらに深々と突き立てた。
ウロボロスはのたうち回るがそれでも僕を振り落とすことはできない。
僕はまっすぐにウロボロスの頭部へ向かった。
そこまでたどり着き、やつの頭部に必殺技をぶち込む。それが僕の作戦であった。
無論、僕ごときの必殺技で神獣を倒せるわけがないが、今の僕には多くの人の力があった。
ここに来る途中、僕はカチュアに全魔力付与してもらった魔法石をもらった。
カチュアだけでなく、ニアとルミナスにも魔力をもらった。
三人分の魔力、それに僕の生命力をすべて注ぎ込めば、神獣とて倒れるはず、そのような計算をしていた。
僕はその計算を信じ、一心不乱にウロボロスの頭部を目指した。
気がつけばリルの神威はいつの間にか解除されていた。
元の人間の姿に戻っていた。あまりのダメージで神威を維持できなくなったのだろう。当然といえば当然であった。
ウロボロスの頭部を駆け上がる少年の姿を薄れいくぼやけた視界で見つめるリル。
クロムのその姿はまさしく小さな英雄であった。
ほんの数ヶ月前までレベル1だった少年とは思えない威風堂々とした姿であった。
思わず笑みが漏れる。
この少年は私が育てた。そう叫びたくなった。
その願いを叶えるために、ではないだろうが、リルはいつの間にか少女に介抱されていた。この国の第三王女に膝枕されていた。
ユーフォニアはリルに必死に回復魔法を掛けてくれていた。
全身の骨が砕け、肺に肋骨が突き刺さっている。
このままではリルは確実に死ぬだろうが、それでもリルは言葉を発したかった。
最後の力を振り絞り、伝えておきたいことがあった。
リルはユーフォニアの制止を振り切り、言葉を発する。
クロムを指さし、大声を上げる。
「見てくれ、あれが私の少年だ。あれが私の家族だ! すごいだろう!」
その言葉を発すると、リルは目を閉じた。
以後、言葉を発することはなかった。
リルさんがそう叫んだ言葉は僕の耳には入らなかった。
しかし、彼女の魂は、彼女の思いは僕の中に入り込み、同化したのかもしれない。
僕はウロボロスの頭部まで駆け上がると、そこで魔法石を解放した。
僕の体内に送り込まれる膨大な魔力、その中にリルさんの魔力も込められているような気がした。
僕はそれを解き放つだけでいい。
それをやつの頭部にぶつけるだけでよかった。
そうすれば自然とやつは倒れる。
ウロボロスはくたばる。
そう確信ながら、僕は聖剣の力を解放した。
「いっけええええええええええぇぇぇぇ!!」
その叫び声を言い終え、僕の中の魔力をすべて解き放ったとき、ウロボロスは倒れていた。
神話の中から抜け出てきたかのような巨大な蛇は、ずしんと大きな音を立て、地面に突き伏した。
こうして僕は神獣ウロボロスを倒した。
王弟の手先となり、ミリシャを襲い、ニアの命を狙い、リルさんを苦しめた悪をこの手で倒したのだ。
僕はウロボロスが倒れたと同時にリルさんのもとへ走った。
この喜びを彼女に伝えるため、彼女の笑顔をもう一度見るため、全速力で彼女のもとへ向かった。




