スネーク
動く鎧との戦闘は続く。
「二一! ……二二! ……二三!!」
あれから一〇分ほど戦闘を重ね、六体の動く鎧を破壊した。
動く鎧自体、それほど強敵ではなかったが、さすがにこの数を一気に相手にはできない。
僕は少し後退し、狭隘な地形を見つけるとそこに一体一体鎧を誘い出し、各個撃破した。
この作戦は幼き頃、祖父に習ったものだ。
「いいか、クロム、大人数と喧嘩するときのコツを教えてやろう。一〇〇人の敵と戦うとき、同時に戦ったのでは勝ち目はない。しかし、一〇〇人をひとりずつ呼び出し、タイマン勝負を挑めばなんとか戦えるものだ」
祖父の忠告は改めて正しかった、今日、試してみて分かった。
ただ、祖父は僕に伝えなかったことがある。
人間の体力には限界があること。動く鎧にはないことだ。
動く鎧は強力な魔法生物ではないが、魔法生物には体力という概念がない。
一方、僕はすでに肩で息をしてた。
この差は如実に表れる。
僕はなんでもない鎧の斬撃を喰らってしまった。
――無論、ミリシャの作ってくれたダマスカス鋼の鎧が防いでくれるが、鎧は万能ではない。このまま戦闘を継続すればいつか致命傷を喰らうだろう。
それを知ってか、予測してか、スニークは余裕しゃくしゃくに腕を組み、にやついていた。
あの顔に拳をめり込ませたくなったが、それはとっておく。
今、僕がしなければいけないのは、活路を開くことであった。
(――よし、一〇分経ったな)
そろそろ下山し、カチュアのあとを追っても良い頃合いだ。
今ならばカチュアも準備を整えているだろう。
もしかしたらクロム君は遅いと頬を膨らませてるかもしれない。
このままカチュアのもとに向かえればすべて計算通りであるが、すべてが計算通りに動かないのが人生であった。
僕の周りはすでに鎧で囲まれていた。
どうやら鎧たちは後方から迂回をし、僕の後背をとっていたようだ。
すでに退路はなく、追い詰められていた。
「……くそ、甘く見ていたか」
これはスニークの差配であろうか、それとも鎧たちの判断であろうか。どちらかは分からないが、僕が絶体絶命になったのはたしかである。
これは昼食一〇〇回かな。
そんな弱気な言葉が頭をよぎるが、否定するものがいた。
手に握りしめていた聖剣である。
「クロム、なにを弱気になっているの! 勝負はこれからだよ! 絶体絶命のピンチを脱してこその英雄だよ!」
「……分かっている。でも」
「デモもストライキもないの! クロムならやれる! 自分の力を信じて」
「自分の力か」
「そう、クロムはたったの数ヶ月でレベルを何十も上げた。必殺技も覚えた。クロムならこんなやつらに負けないよ」
「分かった。ダメ元でやってみる」
僕はそう言うと剣に魔法を込めた。
最大の破壊力を生む炎の魔法ではなく、斬撃を強化する風の魔法を。《風の刃》、ウィンド・カッターと呼ばれる魔法をエクスの刀身に込めるとそれを放った。
動く鎧にではなく、その後方にある巨木に。
巨木にめり込んだ風の刃は巨木の幹、半分まで食い込んだ。そして巨木はゆっくりと倒れる。こちら側に。
僕に剣を突き刺そうとしていた動く鎧を五体、押し潰すと、僕はそのまま巨木に乗り、駆けだした。
後方が手薄になったと感じたからだ。
僕はそのまま木々に紛れるように山を下りる。
動く鎧たちは不気味に光る眼をたずさえ、僕を追ってくる。その動きはのろく、緩慢であったが、着実に僕を追い詰める。
有限の体力の人間と無限の体力の魔法生物の追いかけっこ、分は圧倒的に後者にあった。しかし、彼らとの追いかけっこは無限に続くわけではない。カチュアが待ち受けているであろう峡谷までたどり着けばいいのである。
「でも、そうそう上手くいくのかな。谷の上から石を落として鎧を潰すなんて」
「さてね、それは分からない」
「えー。クロム、この期に及んでそれはないよ」
「冗談だよ。上手くいかせるしかないよ。こんなところで負けていられるか」
僕は唇をかみしめると走る速度を速めた。
五分後――
例の谷に到着する。
谷の上を眺める。そこには今にも落ちてきそうな巨石があった。
そのそばに魔術師のローブを着たカチュアがいる。
彼女と視線が交錯すると彼女はこくりとうなずく。
準備は整っているようだ。
あとは巨石を落とすタイミングだが――。
もちろん、すべての動く鎧が巨石よりも下を通過してから落としたほうが効率的であるが、あまり欲張りすぎるとその前に僕がやられる可能性もあった。
しかし、僕は欲張る。
石よりも一〇〇メートル下に陣取ると、そこでエクスをかまえ、敵がやってくるのを待った。
「クロム、欲張りすぎじゃない」
「ノーペイン・ノーゲイン」
僕がそう言うとエクスは「ん?」という顔をする。
「横文字は分からないよ」
「痛みをともわなければ利益は得られないという意味の言葉だよ」
つまり、と続けると動く鎧が剣を突き立ててくる。
僕の太ももをかすめた。そこは鎧に覆われておらずその斬撃は直接のダメージとなる。
「ここがふんばりどきということさ!」
そう言うとエクスを力いっぱい振り下ろし、僕を攻撃した鎧を真っ二つにする。
「やるね、クロム、これで【斬鉄】のスキルも上がりまくりなんじゃない」
「確認するのはあとにしてくれ、今、タイミングを計っているんだ」
僕は意識を耳に集中する。
するとそこからエルフのささやきが聞こえる。
「クロム君、そそそろ岩を落とすわよ。このままだと君がやられちゃいそう」
先ほどから一〇回は聞いた言葉であるが、その都度、拒否してきた。だが、今こそ首を縦に振るときだろう。
僕は意識を唇に集中させると、
「カチュア、いまだ!」
と叫んだ。
その言葉は魔法によって風に乗る。
風精霊によって一〇〇メートル以上離れた場所にいるカチュアの耳に届く。
それと同時にカチュアは使役していた土精霊に命令をする。
「今よ! 土精霊! この巨石を動かしなさい!」
カチュアによって召喚された土精霊は命令を実行する。巨石の一部を砕くと巨石はぐらりと揺れる。あとはこの世界の物理法則に従うだけだった。
水は高きから低きに流れる。岩も同様に。
もともと、真球に近い形をしていた岩は面白いように転がり、谷底に落ちていった。
そして落ちた先にも傾斜はある。山肌を転がるように落ちる。
当然、その進路の先にいる鎧はひとたまりもない。
鎧は金属でできているが、あの大きさの巨石に耐えられるような強度はなかった。次々とぺしゃんこになっていく。
巨石が通ったあとにできあがるスクラップの山。金属回収業者が見ればよだれを流すだろうが、残念ながらこの場所にはいない。
僕はそれをはた目から見るが、いつまでも見物人を気取ってはいられなかった。
なぜならば巨石の進路の先に僕自身がいるからだ。
あれを避けられなければ僕もぺしゃんことなるだろう。クロムの轢死体の完成である。田舎道によくある馬車に轢かれたカエルを思い出しながら、僕は回避動作に入った。
幸いなことに岩は簡単に避けることができた。
直前まで回避行動を我慢し、一体でも多くの鎧を破壊することに成功した。
その光景を見ていたカチュアは小躍りしながら飛んでくる。
「そこに行ったら頑張ったご褒美にキスをしてあげる」
とのことだが、まだまだ油断はできなかった。
鎧が数体、残っていたし、その操者も健在だったからだ。
カチュアが改めて戦列に加わるのを待つと、僕は彼女と協力しながら、残りの鎧を破壊した。
次々と破壊される鎧。
それを冷静に見つめるスニーク。
僕は違和感を覚えた。
数十メートル先にいる男、スニーク。彼とは数か月前に刃を交えた仲である。しかし、彼は今しているような余裕ある表情をできる男ではなかったはず。
虎の子の鎧を蹴散らされ、数的優位を失っても冷静でいられるほどの胆力はなかったはずだ。
なのにどうして彼はあのような表情を浮かべるのだろうか。
僕の背中にたらりと冷たいものが走る。
不安に駆られた僕は疾風のような速度でスニークの懐に入り込むとスニークのショート・ソードを弾き飛ばした。
そしてやつの首を締めあげるとこう言った。
「おまえら! リルさんになにかしたな! もしもリルさんになにかあったら、絶対に殺す!!」
その言葉でスニークはやっと表情を変えたが、すぐに強気が戻る。
にたり、と口元を歪めると言った。
「ふ、そんな脅しに乗るものか。それよりも早く山頂へ行った方がいいんじゃないか? 今頃、お前の大切な神獣様は我が主に絞殺されていることだろう」
「どういう意味だ!」
「そのままの意味だよ。我が主はこの山で神威を解放させる。真のお姿を取り戻す」
「それってもしかして、ウロボロスのやつは巨大な蛇の姿に変化するってこと?」
カチュアが訪ねる。
「その通り。しかし、お前たちの主はそれはできない」
「リルさんだってピンチになればフェンリルになる」
「くくく、フェンリルか、たしかにリルも神威を解き放つことはできるかもしれないが、ウロボロス様の神威はあんな犬とは比べ物にならぬ、今頃、のど輪を締められ、もがき――」
スニークは最後まで言葉を発せられなかった。
なぜならばカチュアが怒りの鉄拳を加えたからだ。
失神するスニーク。
僕はカチュアを見つめる。
「ちょっと淑女らしくなかったわね。でも、こいつの顔があまりにもむかついたから。失望した?」
「まさか、もしもあと一秒遅かったら、僕が殴っていたよ」
その言葉にカチュアは満足したのだろう。にこりと笑った。
僕たちはそのまま山頂に上る。
――はずだったのだが、それはできなかった。
なぜならば山頂からぞろぞろと動く鎧が現れたからだ。
その数三〇――。
先ほどの激戦のあとだ。その増援は想定外だった。
しかし、想定外だとはいえ臆すことはなかった。
僕たちはリルさんを救うため、ニアを守るため、全力で動く鎧に斬りかかった。




