クロムの奇策
リルさんが去り、この場に残されたのは僕とカチュアだけになる。
無論、スニークと彼率いる一〇〇体の鎧に囲まれているのは変わらないが。
その光景を見てカチュアはポツリと漏らす。
「絶景かな、絶景かな。まさか百体の鎧に囲まれる日がくるとは思っていなかったわ」
「騎士団に入ればよくある光景なのだろうけど」
「クロム君はあたしの性別と種族を知っているでしょ」
たしかに女エルフが騎士になったという話を聞いたことがない。エルフは筋力で劣るので重い鎧を装備できないので騎士には向かないのかもしれない。
「まあ、頼まれても入りたくないけどね。あたし、集団行動は苦手」
彼女はそうまとめると、「ところで」と付け加える。
「さっき、リルさんとぶちゅーっとしてたけど、あれってずるくない」
「……今、そのことに触れる?」
「今、触れなくてどうするの」
「あれは挨拶みたいなものだよ」
「この国では未婚の男女は軽々しくキスをしないことになっているはずだけど」
「……リルさんは神獣だから」
「ふーん、まあ、いいけど。あとでどさくさに紛れてあたしも真似するから」
「…………」
この国では未婚の男女は軽々しくキスしないんじゃないのか、そう思ったが口にはしなかった。
言っても無駄だとというのもあるが、十数メートルほど先にいるスニークが甲高い声を上げたからだ。
「神獣フェンリルは逃げたか! だが、まあよい。あのような小娘がひとり駆けつけたところでウロボロス様にはかなうまい」
「それはどうかな。リルさんの強さは別格だ」
「ふ、ほざきよる。貴様は自分の心配でもするのだな」
「お前こそ自分の心配をしろ。今の僕は怒っている。それにこの数だ。峰打ちをする余裕もないかもしれない」
「本当に口が達者だな。あのときの借りもある、この場で殺してやりたいが、ウロボロス様よりお前は殺すな、と仰せつかっている。運が良かったな」
「……僕を殺さない?」
意外だ。今回の関係者で一番始末してもなんの問題もなさそうな僕の命を奪わない理由などあるのだろうか。僕は尋ねてみる。
スニークは知るか、と言う。
「俺はお前を殺せとウロボロス様に再三申し上げたのだ。だが、ウロボロス様は首を横に振った。それがすべてだ」
だが、とスニークはいやらしく口元を歪める。
「殺すな、という命令は受けているが、いたぶるな、という命令は受けていない。首と胴が繋がっていればなんの問題もないだろう。両手両足を切り落とし、それをお前に食わせてやる」
よくもまあそんな残酷なことを考えるものだ。
だが悪党らしくていい。もしも彼に剣を振り上げたとき、振り下ろすことを躊躇わなくてすむ。
スニークの悪意はカチュアにも及ぶ。
「それにそこにいる娘は、俺の玩具にしてやろう。貧相な体付きだが、まあ、慰みものにはなる」
「おあいにく様、あんたにいいようにされるくらいなら、そこらにいるオークに身を任せるわ」
「ほざいたな、あとで後悔するなよ」
スニークはそう言うと右手に持っている剣をかざした。
それが振り下ろされたとき、一〇〇の鎧は一斉に襲いかかってくるだろう。
僕はカチュアにだけ届くように小声で話した。
「……カチュア、僕に考えがある」
「結婚指輪は真銀、結婚式は質素に、新婚旅行は隣国、マイホームは木の上、子供は三人欲しいわ」
「…………」
「将来の考えじゃないの?」
「もっと近い将来だよ」
「拝聴しましょう」
「これから僕が切り込むから、カチュアは隙を見て後退して下山して」
「……まさか、クロム君、ひとりで戦う気じゃ」
「まさかそんな勇気ないよ。カチュアは下山するだけじゃない。道中、仕掛けを作ってもらう」
「仕掛け?」
「ここに来る途中、切り立った崖があったでしょ」
「あったわね」
「そこに今にも落ちそうな大岩があった」
「あったわ」
「それを今すぐにでも落ちそうな大岩に変えて欲しい。精霊魔法が使えるカチュアならできるだろ」
「もちろん、でも、一〇分は掛かるかも」
「分かった、それくらいならなんとか持たせる」
「それじゃあ、一〇分後、崖の麓で待ってる。もしもこなかったら、分かってるでしょうね」
「分かってる。ランチを奢るよ。一〇〇食分」
「よろしい。じゃあ、絶対に負けないでよね」
カチュアは僕に激励をすると、下山の準備を始めた。
僕は隙を作るため、飛び出す。
それと同時にスニークが攻撃の命令を出す。
こういうときの初撃は大事であった。
一〇一対二。圧倒的に不利なのはこちらであるが、こちらに有利な点があるとすれば、それは思う存分戦えるという点だ。
味方の被害を気にすることなく、最大の一撃をお見舞いできる。
まず僕が見本を見せる。
手に持っている聖剣に力を送り込む。
僕が放てる最強の魔法、(比較的)得意な炎の魔法を込める。
それに剣閃を加えれば必殺技ファイア・ブレードの完成である。
斬撃と炎の破壊力が加わったその一撃は、爆発的なまでの殺傷力を得て、鎧の一団に向かう。
その一撃で動く鎧五体が破壊された。
三体は熱によって鎧をひしゃげさせ、二体は斬撃によって行動不能となった。
なかなかのものだが、そのあとに続くカチュアの一撃はもっと凄かった。
彼女は呪文を詠唱すると、動く鎧の中心に火柱を打ち立てる。何本も。
鍛冶屋の炉のような火力を山腹に出現させると、何体もの鎧をもとの鉄の塊に戻した。
カチュアの《炎柱》の魔法によって一〇体は葬り去っただろうか。
カチュアは片目をつぶり言う。
「魔術師の面目躍如ね。魔術師は一対多数に強いのよ」
たしかにそのとおりだ。味方への被害を気にしないでいいときの魔術師はまさしく戦術級兵器であった。
僕は改めて感心したが、見ほれることなく、手近にいた動く鎧に斬りかかる。
「カチュア、いまだ!」
今ならば下山できる。そういう意味を込めた。
彼女もそれを察したのか、なにやら呪文を詠唱している。いや、精霊語を話し、精霊たちと会話している。
彼女は風精霊の力を借り、半透明となり、風に溶け込む。
さらに風に身を任せるようにふわりと浮くと、そのまま鎧の上を通過していった。
スニークは、
「っち」
と舌打ちをしたが、追撃の構えは見せなかった。
どうやら捕縛したいのは僕だけらしい。
僕にどのような価値があるのだろうか。僕を人質にし、リルさんと交渉する気か。それとも他に価値でもあるのだろうか。
「……貧乏貴族の僕を捕まえても身代金は期待できないよな」
確かめるように冗談を漏らすと、僕は二体目の動く鎧を切り捨てた。
これ一七体の動く鎧を破壊した。
緒戦にして上場の結果であるが、冷静に計算すればあと八三体も破壊せねばならない。
僕はカチャカチャ音を立てる鎧を見て、大きなため息を漏らした。




