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神獣のおまじない

 僕たちは第一〇階層に到着した。

 大切な仲間の助力のもと、献身の末に――。

 振り返ればいるはずの仲間はそこにはいない。

 心の中に秋風が吹くような寂寥感を覚える。

 僕の心中を察したのか、カチュアがつとめて明るい笑顔で言った。


「なに深刻になっているのよ。そんな顔していると本当に仲間死亡フラグが立つわよ」


 それは困るので表情を作り直すとリルさんの方を見た。


 リルさんはクンクンと臭いをかぎ、自身の犬耳に手のひらを添え、音を収集している。


 彼女の戦士としての腕前は身にしみて知っていたが、彼女の探索能力もまた神様級であった。犬系の神獣であることを再確認させてくれる。


「良かった、血の臭いはしない。それに鉄がぶつかる音もしない」


「つまりそれはまだ戦闘が行なわれていない、ということですね」


「そうなるな。ただ、逆にニアたちの居場所をさぐるのが難しくなるが」


「そうですね。それはそれで困るか……」


「だが大丈夫、ここは少年のセンサーを頼ろう」


「僕のセンサー?」


「少年のラブラブセンサーだ。少年の愛の力があれば、おそらく、お姫様のもとに我々を導いてくれるだろう。さあ、少年、西か東か、はたまた南か北か。好きな方向を選べ」


 リルさんは大仰に東西南北それぞれを指さす。


 ラブラブセンサーなど存在しないと思うが、そう主張しても無駄なので、僕は神経を研ぎ澄ました。


 いや、軽く推理をした。エルトリア伯爵の言葉を思い出す。

 ニアはこの第一〇階層にある翼竜の討伐にきた、と――。

 ならば彼女は翼竜のいそうな場所にいるはず。

 僕は周囲を見渡し、山がないか確認した。

 西方に大きな山が見えた。

 僕は迷うことなく西に進んだ。



 迷宮第一〇階層はただの階層ではない。

 第九階層から一下っただけの場所ではないのだ。

 とリルさんは説明してくれる。


「まず階層の桁がひとつ増える。それは多くの冒険者にとって心理的な節目になる。そしてこの迷宮を創作した神にとっても」


「この迷宮は神様が作ったんですか」


「さてね、それは神獣である私も知らない。私が生まれる遙か以前からあったものだからな」


 カチュアが補足する。


「この迷宮はね、今の新しき神々が生まれる前に存在した唯一神が作ったという伝承があるの。他にもこの世界が誕生したときから存在したとか、古代魔法文明の遺物だとか、まあ、諸説は色々あるわね」


「なるほど」


「珍しいところではこんな説もあるわ」


 カチュアは天を指さす。


「この迷宮は天からの贈り物だ。宇宙人が乗ってきた箱船である、と主張する学者もいるわ」


「宇宙人……」


 一気に胡散臭くなったが、その説は冗談ではなく、学会では真面目に議論されているらしい。


「まあ、どれが本当かはおいておいて、リルさんの言うとおり、この第一〇階層は節目よ。この階層から魔物は明らかに強くなる。それに迷宮はさらに広大になったり、複雑になったりする」


「たしかにこの階層は広そうだ」


 低階層にも山はあったが、山脈はなかった。各階層、それぞれの地形に特化していた節があある。


 一方、この第一〇階層は西に山脈、東に湖、北に森、南に平原と、あらゆる地形が揃っているようだ。


 この階層で迷子になり、遭難するパーティーが多いというのもちゃんと理由があるようだ。


 僕たちは遭難したり、はぐれたりしないようになるべく密着して歩を進めた。



 山に登ること数時間、僕たちは異変に気がつく。

 まずはリルさんが尻尾をぴくりとさせ、カチュアが耳をぴんと立てた。


 リルさんは狼、カチュアはエルフ。どちらも五感が鋭い種族である。なにかを感じ取ったのだろう。


 僕でさえもうなじのあたりがぞわぞわした。

 やばいものがやってくるそんな気がした。

 その予測を言葉としてリルさんが説明してくれる。


「ここから一キロほど先で戦闘が行なわれている。鉄と鉄がこすれる音がする」

「ニアたちが補足されたんですね」


「おそらくは」


 ならば早く応援に駆けつけないと、そう思ったが、山頂から降りてくる一団を見つけた。


 重武装の鎧――、ただし、中には誰も入っていない一団を引き連れた男だった。

 見たことがある顔だ。

 たしか昔、フェンリルの館で会ったことがある。


 ウロボロスが奸計によってフェンリル・ギルドを乗っ取ろうとしたとき、その手先として現れた男だ。名をたしかスニークと言っただろうか。


 男の名をつぶやくと、男はにたりと笑った。まるで蛇のような笑いだった。


「これはこれは、今をときめく冒険者、聖剣使いのクロム様に名を覚えて頂けるとは光栄の極み」


「忘れるものか。お前のような卑劣な男を」


「これは手厳しいな」


「お前は奸計を弄して僕たちのギルドを奪おうとした。今度はニア暗殺に荷担してこの国を揺るがそうとしている。もはや許すことはできない」


 断言すると腰から聖剣を抜く。

 きらりと光るエクス。


「これは交渉の余地はなしかな。ウロボロス様からお前らの矛を収めさせるように言いつかったのだが」


「我々が悪党と交渉することはない」


 リルさんも断言し、拳を構える。

 戦う気まんまんのようだが、僕は言う。


「リルさん、ここは僕に任せて、リルさんは山頂を目指してください」


 どうしてだ? とは問われなかった。

 僕が気がついているくらいだ、リルさんはとうに承知なのだろう。

 だが、それでもリルさんは文句を言いたいようだ。


「たしかに私が山頂におもむかなければ大変なことになるだろう。山頂にはおそらく、……いや、必ずウロボロスのやつがいるからな」


「そうです。ウロボロスと互角に戦えるのはリルさんだけです」


「お前はジュカやセリシュ、ミリシャがしたことをそのまま自分でするつもりだろう。ここでスニークたちを足止めし、ニア救出への最短ルートを切りひらく」


「分かっているのならば早く山頂へ」


「そうはいかない。なぜならばお前がやろうとしていることはミリシャとは正反対だからだ。彼らは未来を切りひらくために居残った。だが、お前は自殺するために居残ろうとしているとしか思えない」


 リルさんはそう言い切ると周囲を見渡した。

 そこには動く鎧が一〇〇体ほどいた。

 リルさんは冷静に諭す。


「この数だ。いくらお前でも。いや、どんな熟練冒険者でも敵うまい。もはや敵は軍隊に等しい」


 その言葉を聞き、スニークは再び蛇のように笑った。


「勘違いしないでください、リルさん。僕はなにも自殺などする気はありません。勝算があって僕がここに居残るんです」


「勝算があるだと?」


「はい」


「ひとりで軍隊になったつもりか。少年は成長したが、うぬぼれるほどではない」


「まさか、僕もひとりでこの数を倒すことはできません。ですが、僕には仲間がいます」


 金色の髪のエルフを見つめる。

 カチュアはにこりと微笑んだ。屈託のない笑顔だった。


「僕たちコンビは最強です」


 それに、と続ける。


「なにも一〇〇体もの動く鎧をすべて倒す必要はないです。リルさんが山頂におもむき、ウロボロスを倒すまでの間だけ戦っていればいい」


「…………」


「動く鎧からはスニークと同じ臭いがする。あの魔法の光の目は明らかに蛇の瞳そのものだ。つまり、あの動く鎧はウロボロスから魔力供給を受けているはず。違いますか?」


「違わない」


「ならば僕の作戦に賭ける方が圧倒的に勝率が高い。違いますか」


「違わない」


 だが、とリルさんは続ける。


「……断腸の思いだ。身を引き裂かれる思いだ。小賢しくなった少年に小一時間ほど説教してやりたいが、その時間も惜しい。私はこれから山頂に走るが、少年、ひとつだけ約束して欲しい」


「なんでしょうか?」


「死ぬな! 絶対に生きて戻ってこい」


「分かりました」


 即答すると、リルさんは賭けだした。

 しかし、数メートルほど走ると、くるりときびすを返し戻ってくる。

 そして流れるような動作で僕の頬にキスをする。


「な、なっ……」


 驚く僕にリルさんは平然と言った。


「これは神獣のおまじないだ。もしも少年と無事再会できたら、もっといいことをしてやろう」


 神獣様は茶目っ気を織り交ぜて言うと、再びきびすを返し、山頂へと向かった。

 僕はその後ろ姿を目に焼き付けると、再び剣をかまえた。

 カチュアも杖を握りしめ、臨戦態勢になった。

 こうして僕たちとウロボロス・ギルドの激闘が始まった。

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