ギルドの歴史
こうしてFランク冒険者ギルド【フェンリルの咆哮】に入ったわけだけど、まだ正式にはギルドのメンバーではない。
正式にギルドに加入するには迷宮都市の評議会に届け出を出さなければいけない。
「評議会?」
なにそれ? おいしいの? 的な質問を投げかけてきたのは、腰にぶら下げている聖剣だった。
彼女に説明する。
「評議会というのは、この迷宮都市の運営をエルンベルク王国から委託されている自治会かな。大商人や大冒険者、貴族や亜人の族長たちによって構成されているんだ」
「へえ」
と感心するエクス。
「その権力は絶大で、この迷宮都市はなかば自治権を要していて、エルンベルク王国の重臣でもなかなか口出しをできないんだ。評議会のお仕事は基本的に街の統治、住人の保護、経済活動の保証、それに各ギルドの監視だね」
「監視?」
「ギルドは強力な組織だからね。暴走して国に迷惑を掛けたり、王国に反逆を企てたりしないように目を見張っているんだよ」
「なるほど。だからクロムのような新米冒険者の加入にも許可がいるんだね」
うんうん、と納得するエクス。
もちろん、彼女は剣なので首を縦に振ったりしないが、軽く刀身を前後させる。
人間みたいな剣だが、彼女が人間ぽいのは今に始まったことではないので気にせず紅茶に口を付ける。
新鮮な牛乳をそそいだミルクティーはまろやかでとても美味しかった。
その旨を紅茶をそそいでくれたメイドさんに伝えると、彼女は花のように顔をほころばせた。
「どういたしまして、クロムさま」
メイドさん――、カレンさんはお代わりはどうですか?
と、勧めてくる。
丁重にお断りする。
「あら、お気に召しませんでしたか? 美味しくお入れしたつもりなんですが」
「まさか、とても美味しかったですよ。ですが、これ以上飲むとお腹が水ぶくれしてしまって」
軽く身体をゆらすと胃袋からたぷんという音が聞こえそうだった。
それくらいすでに紅茶をお代わりしているのだ。
「ふふふ、すでに5杯も飲んでいますもんね」
「もうお腹いっぱいです」
「ですね。これ以上お茶を飲んでしまったら、これから用意する御馳走を食べられなくなってしまいます」
「御馳走?」
「ええ、クロムさまの入団祝いの御馳走です。先ほどから準備だけはしているのですが」
「肝心のギルドマスターが帰ってこない?」
「そうです。クロムさまの入団届け書類を持ってでかけて早数時間、なんの音沙汰もありません」
「また行き倒れているとか……?」
「まさか、リルさまは大変、燃費の悪い神獣さまですが、それでもこんなに短期間に二回も倒れられるほど間抜けじゃありませんよ。今回はちゃんとリルさまの大好物のおにぎりを渡しておきました」
こーんなに大きいやつです、とカレンは大げさに両手でおにぎりを描く。
「ならば倒れている可能性は低いですね。書類に不備があったのかな?」
「ありえますでしょうか? 書類は事前にわたしとクロムさま、それに念のためにエクスさまにも見てもらいましたが」
「たしかにありえないか」
ならばどうしてこんなに遅いのだろう。頭をひねらせていると、カレンはこんな可能性を言及してきた。
「まさかとは思いますが、他の冒険者ギルドに嫌がらせをされているとか」
「嫌がらせ?」
「はい」
「冒険者ギルドが他のギルドに嫌がらせをするんですか?」
「するんです。とくにうちみたいな目立つギルドはその対象になりやすくて」
例えば、と彼女は続ける。
「先日も珍しくこのギルドに入団したいという人が現れたのですが、入団した三日後にはよそに引き抜かれてしまいました。理由は単純で、このギルドの構成メンバーをゼロにして解散させるためです」
「ひどい」
「ひどいです。鬼です。悪魔です。冒険者ギルドは半年以上メンバーがゼロだと自動的に解散させられてしまいますからね」
「なんでそんな嫌がらせを」
「それは我がフェンリルの咆哮が目障りだからでしょう」
「目障り? このギルドはたしかFランクですよね。そんなギルドを潰したところでなにか得があるんですか?」
「今はFランクですが、かつてはAランクですよ。このギルドはかつて、迷宮都市の6大ギルドの一角をなしていたのです。往時の勢いはすさまじく、もっともSランクに近いギルドともいわれていました」
「そんなにすごいギルドだったんですか?」
「そんなにすごいギルドだったのです」
カレンはそこで言葉を句切ると続ける。
「しかし、リルさまはあまりにも目立ちすぎました。ギルド制度が誕生して以来、数えるほどのギルドしか到達できなかったSランクに王手をかけた。この迷宮都市の最深部に到達するのは我が『フェンリルの咆哮』しかないと謳われたものです」
彼女はそう断言すると、ららら~♪ と当時流行した吟遊詩人の賛歌をそらんじてみせる。
とても音痴だったが、それでもこのギルドのすごさが伝わってきた。
「つまりそんなにすごいギルドだったから、周囲の嫉妬を買ってしまった、ということですね」
「その通りです。神獣さまとは案外、嫉妬深い生き物なのです。彼らは意地でも我がギルドをSランクにはしまいとあらゆる手を使いました。評議会に賄賂を送ったり、迷宮都市中に悪い噂を流したり、有力な冒険者を法外な値段で引き抜いたり、それこそやりたい放題です」
「それでそれに屈してしまって今の状態に?」
そう問うと、カレンは首を横に振る。
「まさか、リルさまがそんなことに屈するわけがありません。我がギルドがこんなにも没落してしまったのはとある冒険者が迷宮の最深部から帰ってこなかったからです。彼は当時のフェンリルの咆哮のリーダー格の男性で、やがてはこの国の英雄になると謳われた逸材でした」
「中核となる人物が死んでしまったから没落してしまったのか――」
「死んだかは分かりません。ただ、彼は迷宮から帰還しなかった。そしてそれが不幸の始まりのように他のギルドの妨害工作が成就し、我がギルドはみるみる衰微。たったの十数年でAランクからFランクに転げ落ちてしまったのです」
「壮絶な話ですね」
「壮絶なんです」
カレンはそう言い切るが、僕はとあることに気がつく。
「それにしてもカレンさんは詳しいですね。まるで何十年もリルさんと一緒にいるみたいの語り口です」
「そう聞こえますか?」
「はい。まあ、でも、ありえませんよね。何十年も一緒にいるということは、カレンさんは僕よりも何十歳も年上ということになる。カレンはどう見ても僕と同い年か、ちょっと年上くらいにしかみえない」
「うふふ、ありがとうございます」
彼女はそう笑みを漏らすだけで、自分の年齢は明かさなかった。
僕もあえて尋ねない。
田舎の姉さんによく注意されていたからだ。
「いい? クロム。あなたはデリカシーがないからあらかじめ注意しておくけど、女性に年齢を尋ねるのは厳禁ですからね」
姉の言葉が頭に反芻される。
僕は姉の訓告を忠実に守ると、沈黙を貫いた。
カレンはにこにこと僕を見つめていた。
その数分後、フェンリルの咆哮の館の扉が開かれる。
無論、新しい入団希望者ではなく、入ってきたのはこの館の主であった。
リルさんは不機嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。
やはりカレンの言うとおり、嫌がらせにでもあったのだろう。
そのことを予感していたカレンは、リルさんにハーブティーをそそぐ。
館の客間は香草の香りに包まれた。




