クロムの仁徳
伯爵はこの一件に関わらないこと。
フェンリル・ギルドは解散し、個々人それぞれが義と勇をもってニアを守ること。
そして今回の事件の実行犯であるウロボロスを倒すこと。
伯爵との会談によってその方針が決まった。
エルトリア伯爵は僕たちの決意を聞いたとき、感涙にむせんだ。
冷静で武骨な貴族に見えたが、その実、とても義に熱い人なのかもしれない。
「表立って貴殿らを支援することはできない。だが、貴殿らの活動を裏で支えよう」
「そいつはありがたい。少年、スポンサーができたぞ。取り合えず武器や防具は買い放題だ」
「ミリシャさんに新調してもらったばかりですよ」
僕はダマスカス鋼でできた鎧を触る。
「ふ、欲のない少年だ」
まあいい、と続けるとエルトリア伯爵に尋ねた。
「ところで肝心のニアはどこにいる?」
「王女は今、迷宮第十階層にいる」
「なんだって!?」
驚くリルさん。
「なにをそんなに悠長に言っているのだ。お姫様が狙われているのだぞ」
「安心しろ。王女の周りにいるのは凄腕の護衛と冒険者ばかりだ。彼らを襲うなど、軍隊を襲うようなもの」
「しかし……」
「それに今、使いを出した。ニアはすぐに帰還するだろう。この屋敷に戻ってくれば防備はなお硬くなる。この屋敷を襲うことなど王弟の親衛隊でも不可能である」
「ならば敵はこの屋敷に到着する前に勝負を決めてくるんじゃ?」
僕も控えめにリルさんに同意すると、伯爵も少し動揺する。
「……道理ではあるな。使いを増やすか」
そう言い執事に二三、指示をすると、執事はうやうやしく頭をたれ、執務室を出ていく。
しかし、彼は一分も経たないうちに戻ってきた。
深刻な表情を引き連れて。
彼は敬愛する主に耳打ちする。
その耳打ちを聞いた伯爵は見る見るうちに顔を青ざめさせた。
伯爵は沈痛な面持ちでこちらを見つめる。
しばし沈黙すると、言葉を選ぶかのように口を開いた。
「……たった今、使いに出したものから報告があった。現在、転移の間の使用が禁じられているらしい」
「転移の間が使えない? そんなことあり得るんですか?」
僕はリルさんを見つめる。
彼女は答えてくれる。
「よくあることだ。転移の間は壊れやすい。繊細な魔術装置を使っている。だから定期的に点検を重ね、メンテ中ばっかりだとクレームがくる」
もっとも、メンテナンスを怠れば転送事故が増えて、困るのは冒険者なのだが、と冒険者協会を擁護する。
「転移装置の事故は悲惨よ。ハエと混ざってしまってハエ男になった冒険者や、異次元に飛ばされて永遠に亜空間をさまよっている冒険者、怪談の類に事欠かないわ」
カチュアも補足してくれる。
「ならば転移の間が使えないのは不自然ではないのか……、ってそんなことあるわけないですよね」
「その通りだ、少年。通常、とある階層の転移の間が使えないということはあるが、すべての転移の間が使えないということはあり得ない」
「やはり人為的、作為的な使用禁止でしょうか」
「十中八九な。つまり、王弟とウロボロスはそれくらい冒険者協会。いや、この迷宮都市の評議会を掌握しているということだろう」
「……分が悪いですね」
「そう悲観するものじゃないさ。なにもこの迷宮都市の人間すべてが蛇印というわけではない。我々には仲間がいる」
と、その仲間の名を列挙し始めた。
「いつも我々を助けてくれるユニコーン・ギルドの連中。彼らも事情を話せば味方してくれるだろう。ユニコーンのやつは不正をなによりも憎む。
セイレーンも同じだ。クーデレなる属性を自称しているが、その実、あの娘のうちに宿る正義の心は私などよりもずっと熱く、激しい。
それに今回、親しくなったサティロスも力添えしてくれよう」
「ですが、今回はギルドの人たちを巻き込みたくありません。もしも今回の騒動が大ごとになったら彼らも処罰される。それだけは避けたい」
「累が及ぶのは避けたい、というわけか」
リルさんは神妙にうなずくが、首を横に振る。
「たしかに私と少年も同意見だったが。それは手遅れだな」
「どういう意味です」
「窓の外を見てみろ」
彼女の指示に従う、すると窓の下には見慣れた連中がいた。
今口にしたギルドのメンツである。
ユニコーン・ギルドからは双剣使いのジュカが駆けつけてくれた。
彼はドラゴン退治のときも、ディアブロ討伐のときも駆けつけてくれた。
今回もなんの躊躇もなくやってきてくれた。
窓の下から彼は大声で言う。
「二回も一緒に死線を超えたんだ。今回だけ仲間外れとか悲しいことを言うなよな」
にかり、と歯を見せて笑ってくれる。
その笑顔にとても救われた。
次に声を上げてくれたのはセイレーン・ギルドの女冒険者だった。
彼女は琥珀の守り手と呼ばれる回復術師で名をセリシュという。デーモン討伐のとき、その聖なる力を大いに発揮し仲間を守ってくれた。
今回も協力してくれるのならばその回復魔法は大いに役立ってくれるに違いない。
そして腕を組み、笑顔でこちらを見上げているのはサティロス・ギルドのミリシャであった。
彼女についてはもはやなにも語るまい。
その実力、義侠心、すべてにおいて僕は信頼していた。
そんな彼女たちが協力してくれるのならば、ニア救出作戦は成功したようなものだ。そう思った。




